第38話 招魂
「最後の『みくじ』を引こうか」
蓮の手が天へと向いた。
「お待ち下さい」
神職者の中から声があがったが、声の主を直ぐに目に捉えられなかった。
その声の主は、神職者たちが並ぶ後方から、前方へと出て来る。
斎服は正装でもあるが、斎服には階級がなく、同じ色の斎服に身を包んでいても、彼から醸し出される威厳さは神祇伯に並ぶようだ。歳も同じ程であるのだろう。
彼が蓮に一礼すると、蓮は無言のまま、掲げた手をゆっくりと下ろした。
「紫条宗家の御子息様とあらば、そのお力は重々存じ上げております。その宣託に、違うものなどない事も承知致しております。代々受け継がれるお力は、神をも調伏し、式神という神を顕現する事が出来る……。神のお力を請い、願い賜う私共とは違い、神のお力を我が物として使われる事が出来るのは、紫条宗家であるが故の事……」
「なにが……言いたい?」
……蓮の様子が変わった。
声色は低く落ち、冷ややかに動いた目が、怒りを滲ませていた。
「……羽矢さん……蓮の様子が……」
「『宗家』……蓮が、特に言われたくない言葉だ。宗家でなければ、力など得られはしない、宗家であるから力を得る事が出来るのも当然、その血脈が力そのものであるのだから、持っていて当然……ってな」
「そんな……蓮は……」
「ああ、俺だって分かっているよ、依。蓮は蓮だ。宗家だからじゃない、蓮だから、だ」
「……はい」
「どうした? 依。重い返答だな。お前らしくもない、そこは断言出来るところだろ?」
「いえ……そういう事ではないんです」
僕は、対峙するようにも向かい合う、蓮と神職者へと目線を戻した。
「あの方は……蓮も同様であると言わせたいのでしょう。聖王であるが故の証明も、宗家であるが故の証明も同じものであると……」
「ああ……そこか……。明らかなるものがあってこそ、という訳ね。聖王なら神剣、紫条宗家なら式神って?」
羽矢さんは、ふうっと長い息をつくと、にっこりと穏やかな笑みを僕に見せる。
「忘れた訳じゃねえだろ? 依」
「羽矢さん……」
「蓮が式神を持とうとしないのは、そういう事だよ」
「ですが……それでは……あの方が言おうとしている事を否定する事は、ここまでやり遂げてきた事も否定する事になってしまうのでは……」
「依。見てみな」
羽矢さんの目線が蓮に真っ直ぐに向く。
……蓮。
蓮は感情をあまり表に出さない。
そう……思っていた。
『俺が……紫条宗家の息子だからか?』
そう言った時に見せた目は、何処か悲しげにも見えた。
僕が勝手に、蓮との距離を感じていたからなのだろう。
だけど……今は違う。
あの時、僕は気づけなかっただけなんだ。
蓮が何を思い、何を考えて、何の為に行動しているかという事を。
再び蓮は、天へと手を向けた。
「言ったはずだ。この処には、神も仏もいないと」
蓮の指が空を切る。
「但し……」
眩い程の光が広がり、空からパラパラと無数の符が舞い降りた。
その符には文字が書かれている。だけど、神籤でも呪符でもなさそうだ。
ちらりちらりと見える文字……。
あれは……姓名……?
羽矢さんの目線が、僧侶側へと動いた。僧侶たちは一斉に目を伏せ、両手を合わせる。
無数の符が舞う中、蓮は、神職者を真っ直ぐに見つめて言葉を続けた。
「『祖霊』となれば……話は別だろ?」




