第33話 布石
「だから……お前も行け、回向」
「ああ。紫条……弥勒を頼む」
「分かっている。心配するな」
蓮の言葉に回向は頷くと、この場を後にしていった。
「もういいぞ、羽矢、弥勒」
離れた位置にいた二人を蓮が呼ぶ。
「ふう……息をするのもまずいかと思ったよ、蓮」
「なにを言っている。そこまで僧侶を阻んでいる訳じゃねえぞ。その処にはその処の、持つべき境界があるだけだ。それは互いに認めるべきものにもなるという訳だろ」
「分かっているって。だから俺も弥勒も、神剣を直視するのを避けたんだろ。それにしても……」
言いながら羽矢さんは、辺りを見回した。
「習合され、同一とされた神仏を判然した、見事な遷座だ」
雲一つない澄んだ空。陽の光の柔らかな暖かさを纏った、緩やかな風が心地よく流れていく。
「護法善神として勧請し、結界を張ったのなら、結界が破れたならば分離される。況してや、混淆が否定された処だ。そうなれば遷座は当然だろ。そのままにしていい訳がない」
「まあ……それはそうだが、よく分かったな? 蓮?」
羽矢さんは、蓮の真意を窺うように、うっすらと笑みを見せる。
「ふん……よく言うよ。そもそも、来生が河原に現れた時に、黄泉との絡みを明らかにしたのはお前だぞ?」
「冥府の抜け道を突き止めろと、お前に言われていたからな。それが河原にあると突き止められたのは、お前のお陰だしな」
「……そうか。だがそれも羽矢……お前じゃなければ出来なかった事だ」
「まあ、お前にとって俺は、なくてはならない存在だからな?」
ニヤリと笑う羽矢さんに、蓮はふっと笑みを返すと頷く。
「……そうだな」
「やけに素直だな、蓮。なんか逆に怖いな……」
「別になにもねえよ。八雲と話をつけるのは、大変だっただろうからな。たまには褒めてやろうかと思ってね」
「はは。そんな気遣いは無用だ。使い魔に追わせたら、直ぐに見つけられたし、なにより彼の理解を得るのは早かったからな」
「……そうか」
ふっと笑みを漏らす蓮に、羽矢さんは少し困ったような顔を見せた。
「八雲……ね。成程。随分と前から知っていたって訳か。どうせお前の事だ、疾うに策は講じていたんだろ? 逆手を打たせた時からかな……?」
蓮は、横目で羽矢さんをちらりと見る。
「……さあな」
惚けるような蓮の態度に、羽矢さんはクスリと笑った。
サアッと流れる風が葉を連れてくる。風に乗る葉を、蓮の指がなぞるようにそっと触れた。葉はそのまま風に乗って流れていき、蓮は手を下ろす。
「然暁が遁世し、開山したこの処は、然暁にしても民間にしても、寄り縋る事の出来る安穏の処になるはずだった。だが……遁世したとはいえ、当時は廃仏毀釈の真っ只中……その混乱がこの処に向くのは分かりきった事だっただろう」
蓮の目線が問うように明鏡に向く。その目線を受けて明鏡は、ハッとしたような表情を見せた。
「分かっていたんだよ、然暁は」
「……ああ……そうだな……」
明鏡は、両手をギュッと握り締め、顔を伏せる。
「全ての悪が自分に向く事を望み、奪われる事で示したかったんだろう……」
そう言うと蓮は空を眺め、ゆっくりと息をつく。
少し言葉の間が開いた。
空の遥か先を見るような目を向けながら、蓮の声が静かに流れた。
「天界の諸神は、地上に領域を作る。だが……十方界の諸仏は、地上に領域を作らない……ってな……」




