第30話 真正
蓮と羽矢さんの言葉に、彼はしっかりと耳を傾けている。目を伏せ、うっすらと見せる笑み。そんな小さな所作も美しい。溢れ出すような品格は隠せはしないが、控えめな雰囲気を感じさせるのも、彼そのものの表れであるのだろう。
元よりその地を治めていた、郡司の末裔……。
姓が臣から朝臣に変わったというなら、永代続いている家柄だ。品格があるのも頷ける。
「郡司……樟陰 八雲……」
回向は呟きながら、思い返すように考え始めた。
「ああーっ……! 思い出した。お前、右京が神司をしていた時、あの神社に来ていた事あったよな?」
蓮が片手で頭を抱え、これはダメだと溜息をつく。
「なんだよ? 紫条」
「……いや。同じ神職者とは思えねえなと思ってな……」
「おい、紫条。それを言うなら、お前も同じだからな。口の悪さは俺以上だろ」
「それ以前の問題を言ってんだよ……」
蓮は、再び大きな溜息をついた。
八雲は、優しげな笑みを見せながら、穏やかな口調で回向に答える。
「ええ、一度だけですが。確か……呪いの神社だと……」
回向は、蓮を振り向き、じっと見つめる。
「なんだよ? 回向」
「……悪意……ないよな?」
回向は、八雲を指差す。
「ないだろ。大抵の奴はそう答えるから安心しろ」
「嘘だろ」
「それよりもお前……人に向けて指差してんじゃねえよっ」
蓮は、回向が八雲を指差す手を叩き落とした。
「痛ってえ……!」
神祇伯が呆れた顔を見せ、大きな溜息をつく。
「私の用は済んだようだから、私はもう帰るぞ。回向……お前も宮司なら宮司なりの話があるだろう。身体機能だけではなく、心的機能もあるのだから十分に使え」
「なんだよ……心的機能って。人を馬鹿みてえに言うな」
「いや、馬鹿だろ、お前。神祇伯は、頭使えって言ってんだよ」
あっさりと答える蓮を、回向は横目で睨む。
「そのくらい分かってんだよ! 説明など求めてねえ」
「回向。交渉は済んでいるのだから、その証が何かは、お前に任せるぞ」
そう言うと、神祇伯はこの場を後にし始める。
過ぎ去って行く神祇伯に、明鏡と八雲は深く頭を下げた。
「証が何かは、分かっているだろうな? 回向」
蓮の言葉に回向は、真顔になると深く頷いた。
「……ああ。勿論だ」
回向は、八雲へと距離を縮め始めると、八雲もまた回向へと距離を縮め、二人は真っ直ぐに向き合った。
羽矢さんと明鏡は、回向と八雲からある程度の距離を置き、見守るようではあったが、直視せず、二人とも目を伏せていた。
互いが真っ直ぐに向き合うと、八雲が先に言葉を発した。
「時の移り変わりと……参じた際には、目を覆いたくなる状況に、お会いする事なく去りました」
「だから……呪いの神社と言ったんだな……成程、紫条の言った通りだな」
回向は蓮を振り向くが、蓮は前を向いていろと、回向に合図する。
「はい。私が参じたのは、その時の一度だけでしたので」
「一度となったのは……右京……いや、祭祀者がその後、いなくなったからだろ。廃社同然となったあの神社には、呪詛だけが残ったんだ」
「ええ……知っています。勿論、その後の事も」
「……そうか。時の移り変わり、か……その時には、既に決めていたという事か?」
「いえ、そのような事ではないのです。元より来生様に……ですが、来生様は……」
「継承権を失ったから、だろ」
「……はい。ですが……国譲りは既に済んでおりました。これが……その証です」
八雲はそっと跪き、地を撫でるように手を滑らせた。
ふわっと土埃が舞い、それを掴むように八雲の手が動く。
あれは……。
八雲は、跪いたままの姿勢で、捧げるように回向へと両手を掲げた。
「『神剣』を奉ります。勿論……本体です」




