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処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第四章 堂と廟
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第29話 八雲

 あの時、闇が落ちたのは、神祇伯が拍手(かしわで)を打つのと同時に、彼が逆手を打ったからだと、蓮は言った。


 軽く纏められた白銀の髪が、端正な顔立ちに似合っている。

 蓮の言葉に笑みを見せるその表情は、とても柔らかで、優しくて。

 重ねた術で神官と共に身を隠した、ではなく、巻き込んだという、蓮のその言い方にも、彼に陰謀めいたものなどないと思えた。

 あの時の闇は、執着を思わせる暗い念の表れだった。

 確かに……神祇伯が打った拍手(かしわで)が、闇を落としたというのには疑念があった。

 ああ……そうだ。

 闇を目の前に、慌てるだけで何も出来ずにいた僕。そこに現れた住職が言っていた。


『悩ませ汚し、束縛し、覆う闇……断ち切るにも中々に難しいのでしょう。奥底に隠れたままの煩悩……働かずにも存在し、それはいずれ芽を出して現れる種のようなもの……』



 蓮も神祇伯も、彼を認めている。

 国津神の主宰神を祀る、その宮司に選んだのだから、やはり彼に疑念はないだろう。

 もしかして……この処にも現れた、あの黄泉の鬼神は……。

 巻き込んだという、その神官たちにも繋がっているという事ではないだろうか。

 変節し、神祇伯側に寝返った神官。そこに信用は置けないと、既に気づいていた。

 彼もまた同じに、神官たちを信用していなかったのだろう。


「あんた……凄いな。それ程の力を持ちながら、その力を隠し通してきたんだろう? あの神官たちは騙せても、俺には通用しないけどな?」

「そのお言葉は、同時に紫条さん……あなたも高い能力をお持ちだと仰っているのと変わりませんよ。勿論、私なんかよりも……です」

 穏やかな口調で答えた彼だったが、蓮は何かに気づいたような顔を見せると言う。

「なんか……荒魂を見せた時の皮肉な高宮と似てんな。ああでも、あいつは今も変わらず皮肉な奴か」

「紫条……右京を悪く言うんじゃねえ。国主に対しての暴言は謀反も同然だからな? 流すぞ、お前」

 睨みを見せる回向を横目に、蓮は、ははっと笑うと言う。

「お前にそんな権限あんのかよ? 本当に性格悪いな、回向。冗談も通じねえのか」

「お前にだけは言われたくねえ。誅殺されねえだけ有難いと思え」

「どうでもいいけど、いちいち口を挟んでくるな。今、話してんだろーが」

「お前がどうでもよくねえ事を、俺に振るように言ってんだよっ」

 蓮と回向のやりとりを、彼は微笑ましく見ていた。


 蓮は、目線を彼に戻し、話を続ける。

「まあ……でも。あんたの場合、あの神官たちに見せる必要もなかったって訳だ。同じ神官とはいえ、いいように使われるのは、あんたの意に反するだろ?」

「どうでしょう……私はただ、使いものにならないと(さげす)まれる事に、従っていただけです。現にそうでしたから」

 そう答えると彼は、苦笑を漏らしたが、蓮はニヤリと口元を歪めた。

「あんたが使いものにならないって? それは面白い。高慢な神官を叩き潰すには最もな策にもなるな? 叩き潰した時の反応が大きいからな。だがそれは、無理にも従わせられていた事に、従っていたって事だろう? 神に仕える者が、神をも重ねるようなその顔立ちも、一つの脅威であっただろうからな。初めから押さえ付けて、手懐けておかなければ、あんたの力を知った時には手遅れだ。悪意の中でそれに染まらず、染まったふりをし続けるのは、中々に難しい」

「褒め過ぎですよ」

「はは。事実だろう。それもあんたの出目が影響しているからだろ。あんたがいた処は、縦並びの処だからな、知らない神官はいなかっただろう。善きも悪きも、そこに絡む者によって変わる、切り札にもなり()るような存在だ」


 蓮の言葉に続き、羽矢さんの目が彼に向くと、羽矢さんは彼に言った。



樟陰 八雲(しょういん やくも)……(くすのき)の陰に八雲とは、実にいい名だよ。樟は、神社によく植えられる木であり、巨木になる。あんたの隠された(かばね)は『(おみ)』だが、後に朝臣(あそみ)に変わった、国造(くにのみやつこ)だ。つまりは郡司(こおりのつかさ)……その地を治めていた役主の末裔だろ」

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