第29話 八雲
あの時、闇が落ちたのは、神祇伯が拍手を打つのと同時に、彼が逆手を打ったからだと、蓮は言った。
軽く纏められた白銀の髪が、端正な顔立ちに似合っている。
蓮の言葉に笑みを見せるその表情は、とても柔らかで、優しくて。
重ねた術で神官と共に身を隠した、ではなく、巻き込んだという、蓮のその言い方にも、彼に陰謀めいたものなどないと思えた。
あの時の闇は、執着を思わせる暗い念の表れだった。
確かに……神祇伯が打った拍手が、闇を落としたというのには疑念があった。
ああ……そうだ。
闇を目の前に、慌てるだけで何も出来ずにいた僕。そこに現れた住職が言っていた。
『悩ませ汚し、束縛し、覆う闇……断ち切るにも中々に難しいのでしょう。奥底に隠れたままの煩悩……働かずにも存在し、それはいずれ芽を出して現れる種のようなもの……』
蓮も神祇伯も、彼を認めている。
国津神の主宰神を祀る、その宮司に選んだのだから、やはり彼に疑念はないだろう。
もしかして……この処にも現れた、あの黄泉の鬼神は……。
巻き込んだという、その神官たちにも繋がっているという事ではないだろうか。
変節し、神祇伯側に寝返った神官。そこに信用は置けないと、既に気づいていた。
彼もまた同じに、神官たちを信用していなかったのだろう。
「あんた……凄いな。それ程の力を持ちながら、その力を隠し通してきたんだろう? あの神官たちは騙せても、俺には通用しないけどな?」
「そのお言葉は、同時に紫条さん……あなたも高い能力をお持ちだと仰っているのと変わりませんよ。勿論、私なんかよりも……です」
穏やかな口調で答えた彼だったが、蓮は何かに気づいたような顔を見せると言う。
「なんか……荒魂を見せた時の皮肉な高宮と似てんな。ああでも、あいつは今も変わらず皮肉な奴か」
「紫条……右京を悪く言うんじゃねえ。国主に対しての暴言は謀反も同然だからな? 流すぞ、お前」
睨みを見せる回向を横目に、蓮は、ははっと笑うと言う。
「お前にそんな権限あんのかよ? 本当に性格悪いな、回向。冗談も通じねえのか」
「お前にだけは言われたくねえ。誅殺されねえだけ有難いと思え」
「どうでもいいけど、いちいち口を挟んでくるな。今、話してんだろーが」
「お前がどうでもよくねえ事を、俺に振るように言ってんだよっ」
蓮と回向のやりとりを、彼は微笑ましく見ていた。
蓮は、目線を彼に戻し、話を続ける。
「まあ……でも。あんたの場合、あの神官たちに見せる必要もなかったって訳だ。同じ神官とはいえ、いいように使われるのは、あんたの意に反するだろ?」
「どうでしょう……私はただ、使いものにならないと蔑まれる事に、従っていただけです。現にそうでしたから」
そう答えると彼は、苦笑を漏らしたが、蓮はニヤリと口元を歪めた。
「あんたが使いものにならないって? それは面白い。高慢な神官を叩き潰すには最もな策にもなるな? 叩き潰した時の反応が大きいからな。だがそれは、無理にも従わせられていた事に、従っていたって事だろう? 神に仕える者が、神をも重ねるようなその顔立ちも、一つの脅威であっただろうからな。初めから押さえ付けて、手懐けておかなければ、あんたの力を知った時には手遅れだ。悪意の中でそれに染まらず、染まったふりをし続けるのは、中々に難しい」
「褒め過ぎですよ」
「はは。事実だろう。それもあんたの出目が影響しているからだろ。あんたがいた処は、縦並びの処だからな、知らない神官はいなかっただろう。善きも悪きも、そこに絡む者によって変わる、切り札にもなり得るような存在だ」
蓮の言葉に続き、羽矢さんの目が彼に向くと、羽矢さんは彼に言った。
「樟陰 八雲……樟の陰に八雲とは、実にいい名だよ。樟は、神社によく植えられる木であり、巨木になる。あんたの隠された姓は『臣』だが、後に朝臣に変わった、国造だ。つまりは郡司……その地を治めていた役主の末裔だろ」




