第24話 大神
蓮に迷いはない。
いつだって自分に真っ直ぐだ。
そんな蓮を僕は誇らしく思う。
だけど……。
黄泉の死神を迎えるようにも、蓮は手を差し伸べる。
「黄泉から戻れるのは神のみ。それは……国魂神だ」
いつか、手を伸ばしても届かない場所に行ってしまうのではないかと……そんな不安が僕を襲った。
蓮の衣をギュッと抱える僕に、回向の目線が向いた。
僕の頭に、ポンと軽く回向の手が乗る。目を合わせる僕に、回向はふっと穏やかな笑みを見せた。
「勘違いするなよ、依。陰陽師が式神を持つのが、当然という訳でもないだろ。現に紫条は、自身の呪力だけを使っている。だから、そこに顕現されるものはないし、顕現されないからこそ、使役もない。あいつにとって、呪力という神仏の力の領域には、主も従もないんだよ」
「……っ……」
主も従もない。
回向のその言葉が、大きく胸に響いた。
それは蓮の思いと合致している。そう確信出来るのも、蓮が僕に言った言葉があったからだ。
『俺は……お前を従者などとは思っていない』
込み上げる思いに、涙が溢れた。頭に乗せられた回向の手が、僕を宥めるようにポンポンと軽く弾む。
「……回向」
蓮が回向を振り向く目は、何故か睨みを見せている。
「俺は今、『交渉』しているんだよ。そんな最中にお前、依をなに泣かせてんだよ?」
蓮の言葉に、回向の表情が引き攣る。
「紫条……お前、それは大きな誤解だぞ」
「お前は誤解を招く天才だからな。まあ、弁明したところで、どうにもならねえけど?」
「チッ……なんか面倒くせえな。勝手に思え」
「あの……蓮……彼は何も……ただ僕が……」
蓮は、僕の手から上衣をスッと引き抜く。
「あ……」
上衣を目で追う僕だったが、舞うように揺れる上衣が僕の視界を遮る。そして再度、蓮は僕に頭から上衣をふわりと被せた。
蓮は、僕を上衣で包みながら言った。
「これは結界だ」
蓮のその言葉に、回向がふっと笑う。
「成程。じゃあ、お前以外、誰も依に近づけねえな? 紫条」
揶揄うような笑みを見せる回向に、蓮は真顔で答える。
「ふん……守ってくれるのは有り難いが、守り方を違えて貰っては困る。無名の神は、大いなる神の為の伏線として利用される。無名の神とは、土着した民間信仰の地主神だ。そのくらい、お前だって知っているだろ」
「ああ。その神を無名とするのは、信仰対象から引き離す為に国譲りをさせる事だ。それは王政を目指す為ものに繋がっている。国を統治するのは王であるとの表明。同時に、崇めるべきものの対象となる。王とは天津神の系統である事が重要であり、天津神への国譲りが済めば、天孫も難なく降臨出来るというものだ。だが……黄泉の死神……現国主である右京の姿を現したなら、その執念も俺と同じにあるのだろう」
回向が蓮と入れ替わるように前に出た。
「底根の界へと姿を隠した死神には、『尊』も『命』も与えられない。但し、鎮護国家の名の下に地上へと戻るというならば……」
言いながら、回向の手が印契を結ぶと、泉の水がゆらゆらと揺れる。
黄泉の主宰……死神との交渉って……。
印契を結んだ手を振り切ると、指の間には呪符が挟まれていた。
あれは……蓮が泉に浮かべた紙が呪符となったもの……?
そう思い、僕は蓮の表情を窺う。
蓮の口元には笑みが見えた。
「大いなる神と……祀り賜う」




