第23話 国魂
朽ち果てていくその姿へと向かって、蓮は言った。
「国譲りと言えば聞こえはいいが、その承諾の経緯にあったものが善か悪かと問われたら、悪だよな?」
言葉の間が開いた。
蓮の問いに帰ってくる言葉はない。
朽ち果てていくだけのその姿は、もう声も持ちはしないのか……それとも……。
「……どういう事だ、紫条」
回向の声が間を割いた。
「回向……お前、分からなくて着いて来たのかよ?」
「いや……分からなくもないんだが……なんで右京の姿で現れたんだ? あれが『死神』なんだろ。だったら別に、現す姿は右京じゃなくてもよくねえか?」
「だから……自分で自分に呪縛を掛けるなと言っただろ。お前の念の深さが影響してんだよ。離れたくねえって思えば思う程に、その執着が領域へと引き込む、都合のいい縛りになるんだよ。現に、向こうに行きたくなっただろ?」
「じゃあ俺、向こう側に行ったら、戻って来られなかったって訳か?」
さっきの慌てた様子などなかったかのように、平然と言う回向を、蓮は冷めた目で見る。
「……」
「なんで黙るんだよ? 紫条」
「……呆れているんだよ。お前がここまで馬鹿だとは思わなかった……」
蓮は、片手で頭を抱えると大きな溜息をついたが、苛立ちが込み上げたのか、勢いよく回向を振り向く。
「戻って来られる訳ねえだろーがっ! 閻王の審理云々の、羽矢のような番人がいる訳じゃねえんだぞっ! 門を開くも閉じるも自在な訳でもねえ。大体、ここに門などあるかっ! あるのは境界だけで、だからといって許可が必要な訳でもねえし、向こうから結界を張っている訳でもねえ。結界を張るならこっちからだ。そもそも境界を作ったのは、こっちからなんだよ! だから、俺たちが向こうに踏み込むのは勝手な訳だ。入ったら入ったで、何度も言ってやるが、出られなくなるけどなっっ!!」
「そんなに怒らなくてもいいじゃねえかよ」
「じゃあお前、賽の河原を引き返し、下界に戻ったって話は聞くが、黄泉から戻ったって話は聞いた事があるか?」
蓮の言葉に回向は、うーんと唸りながら少し考えた後、ボソリと小さく答えた。
「……ねえな」
「あるんだよ」
回向の言葉に被せ気味に、蓮はそう言った。
答えた事が無駄だったと、回向は苛立った顔を見せ、舌打ちをする。
「紫条! お前なあっ!俺に散々言っておいて、なに言ってるんだよ! 分かってんなら訊くんじゃねえ!」
回向の荒立つ声など気にもせず、蓮の手が『死神』へと向いた。
「おい……紫条」
蓮の真剣な表情に、回向も真顔になる。
僕は、蓮の上衣をそっと頭から外し、守るような思いでギュッと抱えた。
……蓮。
地の底だというのに、体に纏わり付くような、生温い風を感じた。
朽ち果てた姿……『死神』の背後から、ぞろぞろと集まって来る者たちがいる。
あれは……鬼神……?
あの時の違和感はやはり……。
地上から消えたのは、地の底に潜ったからだったんだ。この地の底が住処となっていたのだろう。
黄泉の鬼……か。
攻撃するようにも蓮の手が、鬼たちへと向いている。
回向は、蓮の動きに目を見張り、いつでも援護出来るようにと身構えた。
だけど……。
「底根の界の主宰、『死神』となろうとも、黄泉から戻れるのは神のみ。それは……」
蓮は、ふっと静かに笑うと手の向きをそっと変え、迎えるかのように緩やかに手を差し出した。
その仕草は、蓮が僕を見つけた時と合い重なって。
「国魂神だ」
なんだか僕は、寂しさを感じた。




