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処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第四章 堂と廟
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第17話 執著

『断壊を使ってまで勝ちを譲らなかったものを、その手で捨てたのは何故ですか』


 不意に神祇伯が然暁に問い掛けた言葉が、頭の中に流れた。

 そしてそれは、次に耳にする回向の言葉が、答えになったようで僕は少し驚いていた。


「弥勒に遺したかったものは、弥勒にとっての願いに通ずるものであるべき事に、然暁自身、その善悪に悩んだ事だろうな……。廃仏毀釈は、仏の道から言えば法難。廃仏派に転じた然暁の兄は、病平癒を仏ではなく、神に祈った事だろう。国主の座に就いたのは仏の力でも、その座に就いた途端に病に伏したとなれば、仏を呪うのも心理だろう。だが神仏混淆では、神も仏も同様だ。然暁にしてみれば、国主の座に就いた兄の力は、弥勒を救う手立てであり、その後ろ盾がなくなれば、この一生には適わない思いだ。統治もままならない程に病が進行していれば、崩御する前に国主の意向と、統制を敷く事が出来たのだろうが、病平癒が適わない事は、神官と官僧の論争を激化する原因にもなっただろう。況してや、新たに開いた寺は、その思いも虚しく末法を迎える。悉く裏切られたと、然暁は思った事だろう。神官にとっては、それはいい機会でもあったんじゃないか。遁世して開いた寺が標的となるには、十分な理由だったはずだ。だが……全てを捨てる覚悟も、次世への門を開く為というものだろ……」


 切なくも流れた回向の声に、蓮はふっと笑うと回向に言う。

「それは同情か?」

「同情……? どうだろうな……だったら……なんだよ……」

「廃仏毀釈は、神祇伯と来生がいたあの霊山でも起きた事だ。然暁の目の前で、神祇伯は仏の像の目を刳り貫いたんだろ。宮寺は廃寺となり、来生のいた神社は合祀されるまで残されたというが、その間に来生は他界した」

「それはもう知っていた事だ。俺は右京と共に、そこにいたんだぞ。同じ話をまた……」

「だったら、これも知っているよな? 廃仏毀釈が起きる前に、神木は既に移されていたはずだ。それは合祀以前に、神社も宮寺同様、残す事など出来るはずはなかったという事だろ。だからお前は廃仏毀釈後のあの時、神と仏を結び付けていた。俺が父上に連れられて、二度目にあの霊山に行った時には、堂と社の幾つかは残っていたんだ。それがお前と初めて会った、廃仏毀釈後のあの時だ」

「紫条……」


「堂と廟」

 回向の言葉を遮るように蓮は、はっきりとした口調でそう言った。

 蓮の言葉を続けるように、羽矢さんが口を開く。

「回向……お前が今、宮司を務めるあの神社は、権現造りだ。神仏混淆時の社殿様式だと、俺は前にも言ったよな?」

 羽矢さんは言葉を続ける。

「廟が神社と名を称するのは、祀っているのは人神だ。人神は、神号を与えられて神となる。例えば『天神』とかな。お前も同じ事を言っていただろう?」

「ああ。()()造りだからな……分かっているよ。お前たちの言いたい事は」

 回向は、そっと目を伏せ、小さく溜息をついた。

 そして、目線を真っ直ぐに戻すと、口を開いた。


「人神は、神号を与えられ、天神地祇(てんじんちぎ)と結びつく事で神号が確立し、神となる。神仏混淆、本地垂迹。仏に付会する神が唯一の神である事は……」

 緩やかな風が、僕たちを包むように流れていく。

 その風を纏いながら聞く回向の声は、回向自身の思いを遂げたという、穏やかなものだった。


「俺も右京も全てを失って……何も知らず純粋に、当然だと思っていた平穏な時が、唯一であった事に執心したんだ」

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