第14話 再燃
「全てをたった一人で……ね」
羽矢さんは、そう呟くとクスリと笑った。
強い目を向け、羽矢さんは住職に答える。
「それは面白え」
ニヤリと笑みを見せる羽矢さんに、住職は表情を変えず、抑制するように厳しくも、低い声を響かせる。
「羽矢」
その声に羽矢さんは笑みを止めたが、強さを見せる目は変わらなかった。
「自身の力を驕るつもりはない。だが、俺は……」
真っ直ぐに住職を見つめながら言った言葉に、住職は深く頷いた。
「進む道は一つでも、俺にとってはこれが最高の教えだと、誇りをもって言える」
住職の言葉からも、全ての道を知り、その力を持っている事に、それ以上の強さを感じさせた。
だけど……。
蓮も羽矢さんも回向も。
それぞれが進んだ道で得た力は、誰にも劣る事のない強さだ。
それでも浮かび上がったその影が、その全てをたった一人で持っているという事に、やはり不安は消せなかった。
「蓮、依、行こう」
「羽矢……」
「……羽矢さん」
羽矢さんは、ゆっくりと立ち上がった。歩を進め始めながら、呟くように口にした言葉は、住職に残していくようだった。
それは……誓願だ。
「設我得仏 国土清浄 皆悉照見 十方一切 無量無數 不可思議 諸仏世界 猶如明鏡 覩其面像 若不爾者 不取正覚」
先を行く羽矢さん。僕と蓮は、返答を得るように住職へと目線を向けた。
深く頷きを見せる住職に、僕と蓮は羽矢さんの後を追った。
本堂を出ても、羽矢さんは足を止めず、僕たちを振り向く事もなかった。
「待てよ、羽矢!」
蓮の呼び声に、ようやく足を止める羽矢さんだったが、振り向きはしない。
「羽矢」
蓮は、羽矢さんの肩をグッと掴んだ。
「蓮……ずっと不可解だったんだよ」
「ああ。分かっている。呪殺される側の者は、その命と引き換えに『神』になれると約束される……だろ」
「准えているというなら、それもまた、重なるものなんだろう。……怖いな」
「おい……羽矢」
蓮を振り向く羽矢さんは、寂しげにも見える笑みを見せていた。
「……羽矢」
滅多に見せないその表情に、僕と蓮は困惑する。
羽矢さんは、そんな僕たちの顔を見ると、ふっと笑った。
「別に相手を恐れて言っている訳じゃない。俺の進んでいる道の終着点は『成仏』だ。読んで字の如く、仏に成るって事なんだよ」
「だがお前は、浄界へと導く為に、やらなければならない事が出来なければ、自分も仏にはならないと誓っているだろう。さっきもそれを口にしただろ。それが分かるのは住職だけじゃない、俺も依も理解している」
蓮の言葉に、羽矢さんは苦笑を漏らした。
「そっか」
にっこりと笑みを見せて答えた羽矢さんに、僕は少しホッとした。
だけど、その表情を見せたのは、僅かな時だけで、真顔に変えると言葉を続けた。
「相手だって同じじゃねえか? やらなければならない事が出来なければ、神にはならない。出来るという確信があるなら、それも約束されるんだろう。ましてや、俺たちが持っている全てを持っているというんだからな」
「社も堂もなくても……か」
「ああ。全ての神社、寺院に立ち入る事が出来る総代が、その処に立ち入る事が出来ず、見つけられないはずがないだろう?」
「そうだな……なあ、羽矢」
「ああ、そうだよ、蓮」
踏み進める僕たちの足は、同じ速度を保っていた。
そして、僕が思った事と、蓮と羽矢さんが口にした言葉が同時に重なった。
「「その一人の存在だけで、神仏混淆が成り立っているんだよ」」




