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処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第四章 堂と廟
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第10話 図画

 骨骸を絡め取っていた回向が、急に羂索を解いた。

 どうしたのだろうと、不思議に思う中、回向は直ぐに印契を結び始めた。

 印契を結んだ手を振り切ると、捲れた衣の袖から種子字が現れ始める。

 回向は更に腕を振り、現れた種子字を空間に放った。


 その様子に蓮がクスリと笑みを漏らした。

「成程ね……」

 深く頷く蓮に羽矢さんも納得を示す。

「理解出来ない者には、理解出来る法で開示する……強みだな」

「ああ、これは最強だろ。羽矢」

「そうだな。この処にも無かったもの……それを開示するとはね……」

「まあ……これは回向にしか出来ねえもんだしな」


 空間に放たれた種子字が、洞穴の岩壁に張り付き、刻まれていく。

 それを見つめながら羽矢さんが呟く。

図画(とが)……か。だが……」

 羽矢さんの目線がちらりと明鏡を見た。


 岩壁に種子字が刻まれると、回向が法を説き始める。

「|説一切法清浄句門《せいっせいほうせいせいくもん 》 所謂(そい)……」


 振り上げた手を止めると同時に、回向の声が止んだ。

 明鏡を振り向く回向は、手をゆっくりと下ろす。

 岩壁に全て刻まれる前に、種子字が消えてしまった。


 回向は、思い直すようにも深く息をつくと、明鏡の元へと歩み寄った。

 明鏡は、顔を伏せ、両手をギュッと握り締めている。

「弥勒……」

 回向が明鏡の肩を掴んだ。

「やっぱり……お前がやれ」

 回向の言葉にも明鏡は顔を上げる事なく、ただ手を握り締めているだけだった。

「お前がやれよ、弥勒」

「……深読みする事もなく、それがこの処にとって最も適しているのだと……だからその一つを手に入れたかったんだ」

「分かっている……設害三界一切有情せっかいさんかいいっせいゆうせい 不堕悪趣(ふだあくしゅ)……だろ」

「ああ。だけど……」

 ゆっくりと顔を上げる明鏡。回向は、明鏡の肩をポンポンと軽く叩いた。

 ……それでも迷いはあるのだろう。

 正しい導きが途絶えた、この処の因がはっきりと見えた時に、回向が持っているものでなければ適わないのではないかと……。


 何処からともなく、バサバサと翼を広げた鳥が、天蓋の上を飛び回り、ギャアギャアと耳に障る鳴き声をあげた。


「なんか……乱れてんなあ……。羽矢、お前の言った通り、試されたな」

 蓮が天を見上げながら、そう呟いた。そうは言っても、のんびりとした口調が余裕のある事を示している。

「ああ。武装し、兵となろうとも僧侶は僧侶だ。然暁の門弟であるなら、灌頂は受けているだろうからな」

「腐っても鯛、的な。か?」

 ははっと笑って言った蓮の言葉に、羽矢さんの表情が、苦笑を交えて引き攣った。

「蓮……俺、そういうのあんまり好きじゃない……。微妙だが、それ……褒め言葉だって知ってるよな……?」

「ははは。確かに微妙なもんだな。僧侶という名に品格があるなら、その法名が諡号同様、鎧となるんじゃないのか?」

 蓮は、ニヤリと意味を含めた笑みを見せる。

「それ……いい意味で言っていないよな? まあ……感覚的に理解出来るがね」

「ふん……だが、末法を危機的に感じていたなら、主な理由はここにあったって事だろ。なあ……羽矢」


 蓮は、見上げたままの姿勢で羽矢さんに言う。

「後一つってさ……渡さないんだったよな? だが、それを知らない訳ではないんだろ?」

「まあ……渡さないと言うより、そのままでは渡せないって事だ。言うならば、問いを理解しようとせずに、単純に答えだけを求める。釈経だけって事だよ」

「釈経だけ、ねえ……それは面白くねえな。人の道具借りて仕事してんのと変わんねえしな」

「まあな。だが、そもそもの秘密は文字だけでは理解出来ない。図にして文字を理解し、文字にして図を理解する。それが回向の持つ中でも最強の図画(とが)……曼荼羅だ。蓮、お前だって言っていただろ。理解出来る者にしか理解させない、それが秘密だってな」

「ああ、そうだな」


 明鏡が天を仰ぎ、意を決したように深く息をつく。

 天蓋の周りを飛び交う鳥たちの鳴き声が、心地よい響きをもって音を奏でるようだった。

 明鏡の様子が変わった事に、蓮と羽矢さんはふっと穏やかな笑みを見せた。

 羽矢さんは、明鏡を見守るようにじっと見つめると、こう言った。


「門を開く者は、他門の方が優れているとは思いはしない。自身が決めた道に迷わない事だ」

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