第8話 遊行
羽矢さんと回向の位置が入れ替わった。
……複合門。回向はそう羽矢さんに言っていた。
蓮が放った炎が、壁を作るように大きく上がる。
ただこちらを向いていただけの骨骸が、茎のように伸びた光を掴み始めると、蓮が僕の方へと戻って来る。
「俺の役割はここまでだ。後はあいつらが担う」
「全ての骨骸が……あの光を掴むまで……ですね」
骨骸が光を掴み始めてはいたが、それは全てではなかった。
洞穴を塞ぐように放たれた炎。近づかなくとも、やはり洞穴の方を気にしているようだった。
「まあ……そうだな。骨骸にとっては、こっち側から見える洞穴が入口だからな」
「入口……やはり……そうだったのですね」
僕は、骨骸をじっと見つめた。
光を掴もうとする者、光と炎を交互に振り向き、迷いを示している様子の者もいる。
「山中他界。蘇りを果たす処……山そのものが浄域であり、仏と神の処でもある。それはこの山も同じだ」
「では……あの石経も……」
蓮は、僕を振り向くと小さく頷く。ふっと穏やかな笑みを見せると、回向へと目線を向けた。
「この処に埋められていたものだ。それは功徳を与える為に残したものか、いずれ訪れる末法への対処故に、経典を残す為であったのか……どちらにしても、救済の為のものである事には違いはない。廻国聖……そもそもが半俗半僧というのも頷ける話だ。国に囲われる事もなく、民間への布教……つまりは民間の為に各地を渡り歩き、勧進と納骨を行う僧侶……遊行僧は大半が半俗だ」
「……納骨……」
「ああ、民間の為に……な」
「そうですね……往生の階位は、生前の行いによって分けられる……ですが、現実はそればかりではなく、この下界に於いて強いられた差別でもあるのでしょう。高位の者は当然のように救われ、民間に至っては、救われるという方法も知る事もなく、救われざる者と救いを諦め、地獄への往生を覚悟する……それでもそこに救いの手が差し伸べられたなら、せめてもの思いを他世に託す事でしょうね……」
「そうだな。遊行廻国は、陰陽師として父上も行っていた事がある。主に荒神祓いだったそうだ」
「荒神祓い……ですか。では……来な処があったのも……」
「ああ。民間信仰は融和するものだ。だからこそ、神仏混淆に違和はない」
……確かに……。
「そういえば先程、複合門と聞きましたが、それはどういう事でしょうか」
「そもそも羽矢は兼学だからな。門がどう融合しても対応出来る。一門を掲げていても、兼修し、複数の門を併せ持っている事は、珍しい事じゃない。多くて四門、全てで八門といったところか。羽矢は全て兼修したが。弥勒が全てを持っているというのも、兼修している事に違いはない」
「でしたら、羽矢さんにしても、一人で全てというのは同じなのでは」
「門だけならな」
蓮は、僕を振り向くと、笑みを見せた。
あ……そうだ。住職が言っていた。
『羽矢……御子息……全ての道を知っているだけでなく、その全てを力として持っているでしょう。秘密に限らず、無量も、そして御子息、流が持つものも全てです』
……『道』だ。
「そうでしたね……」
「加えて弥勒は回向と同様、元験者だからな」
蓮の目線が回向へと向いた。
「元験者、ねえ……?」
回向を見つめながら、蓮がクスリと笑みを見せる。
回向の手が何かを掴むように動くと、その手に羂索が握られた。
蓮の言葉が静かに流れる。
「隠された姓も、諡号に用いたのも理解出来る話だな。『真人』か……。国主は神も同然……それはその存在の永遠……その『道』を重ね合わせたか」
「永遠……ですか」
じっと見つめる蓮の視線に回向が気づき、羂索を構えながら、肩越しに蓮を振り向いた。
クスリと意味ありげな笑みを見せ、直ぐに目線を骨骸へと戻す。光へと手を伸ばそうとしていない骨骸へと向かって、羂索が投げられる。
蓮は、安心したようにも、ふうっと息をつくと、天を仰いで言った。
「『真人』……神仙だ」




