第5話 石経
彼らにとっては入口……。
洞穴の中に入れず、手前をウロウロする骨骸。その様子に、この間の地が境界を作っていた事を確信する。
僕は、地面に目を向けた。
……礫石……。
骨骸が現れるまで、この地には礫石が敷き詰められていた。礫石の下の地面の中に骨があったんだ。
僕の思考が答えに結びつくと同時に、羽矢さんが口を開く。
「おそらくここには墓があった。ここを墓とした、と言った方が正しいだろう。然暁は弔うという事に対し、深い思いを抱いていたのは、弥勒の言葉からでも分かった事だったしな」
羽矢さんと反対方向を見ながら、蓮は答える。
「ああ。国の中では適わぬ事……か」
『死は穢れ……神聖であるという神の概念が、葬送という儀礼を遠去ける。官僧は、穢れともなり得る罪業を滅するが為の教えを説くが、弔うという手立てはまた別の話……』
「見つけたか、蓮」
「お前こそ、どうなんだよ、羽矢」
「問題ない」
「俺もだ」
「じゃあ、行くぞ、蓮」
「ああ、羽矢」
二人はそう答え合うと、同時にドンッと地を強く踏み締めた。
蓮と羽矢さんの足元から石が二つ飛び出し、一つずつ二人の手に掴まれた。
蓮と羽矢さんは背を向けた状態で、手にした石を互いに見せるように向けた。二人の間にいる僕は、同時に二つの石を見る事が出来た。
掌程の大きさの扁平石。その石には文字が刻まれているが、蓮と羽矢さんの持つ石の文字は同じではない。
これは……石に刻まれた経典、石経だ。それがこの地に埋められていたんだ。
「ふん……末法に至っての手立てもここまでとなると、親父が言った事も頷ける。確かに思惑を感じざるを得ないな」
そう言いながら回向は、明鏡と共に洞穴を出た。洞穴の中に入れず、入口をウロウロとする骨骸をちらりと見る回向は、ふっと笑みを漏らすと、骨骸をするりと抜けて僕たちの方へと来る。回向に続いて明鏡も、骨骸を難なく擦り抜けた。
地獄の亡者は、救いを求めて回向たちに群がったが、この地の骨骸は違う。回向たちがそこにいる事さえ気づいていないようだ。骨骸からしてみれば、まるで回向たちの方が霊のような存在のように、見えていないみたいだ。それはきっと僕たちも同じだろう。
蓮と羽矢さんはこっちへと来る二人に背を向けたが、それは回向と明鏡の立つ位置を決めたかのようだった。
回向は蓮と背中合わせに、明鏡は羽矢さんと背中合わせに立ち、間に僕を挟んだ。
「だからこそ必要だったんだろ。正しく法を理解する、完全なる後継者が。その為にも石経を埋めたんだろう」
蓮がそう答えると、皆の足に力が込められた。ブワッと足元に風が舞い上がり、円を描くように皆の周りを回り始める。
「依。これを頼む」
蓮から僕の手に石経が渡される。
「依、これもだ」
羽矢さんからも石経を渡され、その二つを抱えるように持った瞬間、カッと光が弾けた。
風が光を包んで回り、風の動きが目に見えて分かる。
……僕たちを囲むように……円が浮かんだ。
洞穴の方ばかりに向いていた骨骸が、一斉にこっちを向いた。
「どうやら気を引く事が出来たようだな、羽矢」
「当然だろ、蓮」
「ああ、そうだな。当然だ」
蓮と羽矢さんは、互いにちらりと目を向けてクスリと笑う。
そして、同時に僕を振り向き、穏やかな笑みを向けた。
「依。お前はそこで見守っていてくれ」
蓮の言葉に羽矢さんも同じだと、僕に伝えるように頷きを見せた。
「行くぞ」
蓮の合図に、皆が歩を進め始めると、周りを囲んでいた光の円も、同調するように広がり始めた。
堂々と、力強く地を踏み締め、円を広げながら四人同時に骨骸へと歩を進めて行く。
「先ずは……」
羽矢さんのその声に、回向は答えるように衣の袖を振り、バサリと音を立てた。
前を見据えて言葉を続けた羽矢さんを、肩越しにちらりと見る回向の口元が、ニヤリと笑みを見せる。
「安心の門を開こうか」




