表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第四章 堂と廟
141/181

第5話 石経

 彼らにとっては入口……。

 洞穴の中に入れず、手前をウロウロする骨骸。その様子に、この間の地が境界を作っていた事を確信する。

 僕は、地面に目を向けた。

 ……礫石……。


 骨骸が現れるまで、この地には礫石が敷き詰められていた。礫石の下の地面の中に骨があったんだ。

 僕の思考が答えに結びつくと同時に、羽矢さんが口を開く。


「おそらくここには墓があった。ここを墓とした、と言った方が正しいだろう。然暁は弔うという事に対し、深い思いを抱いていたのは、弥勒の言葉からでも分かった事だったしな」

 羽矢さんと反対方向を見ながら、蓮は答える。

「ああ。国の中では適わぬ事……か」


『死は穢れ……神聖であるという神の概念が、葬送という儀礼を遠去ける。官僧は、穢れともなり()る罪業を滅するが為の教えを説くが、弔うという手立てはまた別の話……』


「見つけたか、蓮」

「お前こそ、どうなんだよ、羽矢」

「問題ない」

「俺もだ」

「じゃあ、行くぞ、蓮」

「ああ、羽矢」

 二人はそう答え合うと、同時にドンッと地を強く踏み締めた。

 蓮と羽矢さんの足元から石が二つ飛び出し、一つずつ二人の手に掴まれた。


 蓮と羽矢さんは背を向けた状態で、手にした石を互いに見せるように向けた。二人の間にいる僕は、同時に二つの石を見る事が出来た。

 掌程の大きさの扁平石。その石には文字が刻まれているが、蓮と羽矢さんの持つ石の文字は同じではない。

 これは……石に刻まれた経典、石経(せっけい)だ。それがこの地に埋められていたんだ。



「ふん……末法に至っての手立てもここまでとなると、親父が言った事も頷ける。確かに思惑を感じざるを得ないな」

 そう言いながら回向は、明鏡と共に洞穴を出た。洞穴の中に入れず、入口をウロウロとする骨骸をちらりと見る回向は、ふっと笑みを漏らすと、骨骸をするりと抜けて僕たちの方へと来る。回向に続いて明鏡も、骨骸を難なく擦り抜けた。

 地獄の亡者は、救いを求めて回向たちに群がったが、この地の骨骸は違う。回向たちがそこにいる事さえ気づいていないようだ。骨骸からしてみれば、まるで回向たちの方が霊のような存在のように、見えていないみたいだ。それはきっと僕たちも同じだろう。


 蓮と羽矢さんはこっちへと来る二人に背を向けたが、それは回向と明鏡の立つ位置を決めたかのようだった。

 回向は蓮と背中合わせに、明鏡は羽矢さんと背中合わせに立ち、間に僕を挟んだ。

「だからこそ必要だったんだろ。(ただ)しく法を理解する、完全なる後継者が。その為にも石経を埋めたんだろう」

 蓮がそう答えると、皆の足に力が込められた。ブワッと足元に風が舞い上がり、円を描くように皆の周りを回り始める。

「依。これを頼む」

 蓮から僕の手に石経が渡される。

「依、これもだ」

 羽矢さんからも石経を渡され、その二つを抱えるように持った瞬間、カッと光が弾けた。

 風が光を包んで回り、風の動きが目に見えて分かる。


 ……僕たちを囲むように……円が浮かんだ。


 洞穴の方ばかりに向いていた骨骸が、一斉にこっちを向いた。

「どうやら気を引く事が出来たようだな、羽矢」

「当然だろ、蓮」

「ああ、そうだな。当然だ」

 蓮と羽矢さんは、互いにちらりと目を向けてクスリと笑う。

 そして、同時に僕を振り向き、穏やかな笑みを向けた。

「依。お前はそこで見守っていてくれ」

 蓮の言葉に羽矢さんも同じだと、僕に伝えるように頷きを見せた。


「行くぞ」

 蓮の合図に、皆が歩を進め始めると、周りを囲んでいた光の円も、同調するように広がり始めた。

 堂々と、力強く地を踏み締め、円を広げながら四人同時に骨骸へと歩を進めて行く。

「先ずは……」

 羽矢さんのその声に、回向は答えるように衣の袖を振り、バサリと音を立てた。


 前を見据えて言葉を続けた羽矢さんを、肩越しにちらりと見る回向の口元が、ニヤリと笑みを見せる。



安心(あんじん)の門を開こうか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ