第13話 官僧
国師……。
住職に告げるようにも言った、羽矢さんの言葉を聞くと、住職は納得を示すように静かに頷いた。
「ご存じですよね……住職……?」
羽矢さんの口調が変わった。確信を得ての発言。その問いの答えを、はっきりと求めている。
冥府でその記録を目にしてきた羽矢さんだ。
それが違う事などないと、住職は誰よりも分かっている。
ピリッとした緊張を生む空気が走った事に、羽矢さんと住職の間に入る事は、蓮にも出来なかった。
僕たちは、ただ黙って羽矢さんと住職の様子を見つめていた。
「……羽矢」
住職は、答えを逸らす気などないと、強い目を向けて羽矢さんを見た。
互いに目線を重ねたまま、言葉なく間が開いていく。
……確かに……住職は知っている事だろう。
神道を推し進める為に、仏教者の力が必要だった。住職もその一人だったと、以前に羽矢さんが言っていた。
そもそも、神仏分離が行われる以前には、国に仕える僧侶、所謂『官僧』がいた。
その流れは、国の中にいた事のある住職なら、分かっている事だ。
そして国師は、国主に仏の道を説く僧侶に贈られる諡号なのだから……。
確かに回向が言ったように、高僧である事は間違いない。
その事に直ぐに気づいたのは、神祇伯との繋がりもあると知っていたからだろう。
当主様を初めに、住職も神祇伯も共に肩を並べていた。
そしてその中には、高宮の父親である来生も……。
複雑に絡まった見えない糸が、一つ一つ解けていく。
解けていけば、また新たな糸が絡み付いて、全てが解けてしまう事を食い止めているようだ。
だが、新たに絡み付いた糸は、解けていく事を阻んでも、その糸が何処から現れたのかを導いているようにも思えた。
当主様の痣が消えない事も、そこに繋がるのだろう。
だけどこれで……。
僕は、蓮へと目線を向けた。
住職へと目線を向けている蓮は、住職の言葉を待ちながらも、思い浮かべている事があるのだろう。
きっとそれは、神祇伯、水景 瑜伽の事だ。
神と仏。
呪力と法力を併せ持つのは、息子である回向も同じだが、瑜伽は神祇伯として国に仕えながらも、法力を使う。
神仏分離が行われた後も、法力を使う事を黙認している事は明らかであった。
住職は、そっと目を伏せると、うっすらと笑みを浮かべて呟く。
「よろしい」
伏せた目を上げ、羽矢さんへと目線を戻すと、静かな口調で話を始めた。
「官僧として国に仕えた者は、国師と号を与えられるまでに修得したものは数多い……」
住職が話す言葉に僕は、蓮と羽矢さんの表情に目が行ってしまう。
二人同時に、グッと手を握り締めるその様子には、抱えたものの大きさが表れていた。
「それが受け継がれているとするならば、羽矢……御子息……全ての道を知っているだけでなく、その全てを力として持っているでしょう。秘密に限らず、無量も、そして御子息、流が持つものも全てです。それは数人集まり、それぞれを受け継ぐものではなく……」
それぞれが持つ、呪力、法力。
各々がその道を真っ直ぐに進み、強さに変えていた。
『誰の前で見せようとも、決して奪われる事はないものだ』
……蓮。
『俺は一つの道を進んで来た』
……羽矢さん。
『理解が出来ない者に奪われる事など、あるはずがない』
回向……。
「たった一人で受け継ぐもの」




