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処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第四章 堂と廟
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第1話 要偈

「だから、なんでなんだよ?」


 蓮の不機嫌そうな声に、羽矢さんが口の動きを抑えながら、小声で言う。

「……黙れって」

「お前……俺を暇だと思ってるだろ」

「だから……黙れって」

 二人はそう小声で話しながらも、目線は一定だ。会話の内容とは裏腹に、表情は穏やかさを保ち、真っ直ぐに前を見ている。

「そもそも、何処から()き出たんだよ?」

「涌き出たとか言うな。元々いただろ」

「元々だったか? お前、得意だろ。『地涌(じゆ)』」

 地涌……その地から涌き出たって……。

 僕は、二人の会話を聞きながら、苦笑するばかりだった。

「俺じゃねえ、それが得意なのは……」

 蓮と羽矢さんの目線が、同じ方向へと向いた。


「弥勒だろ」


 二人の目線を受けて、明鏡が笑みを見せる。

 満足そうな明鏡の笑みに、蓮と羽矢さんは目線を前に戻すと、同時に溜息をついた。

 そんな中、時を止める事なく、住職の声が流れている。


 僕たちはまた、住職の説法を本堂で聞く事となった。

 そしてそこには、少し離れた位置で説法を聞く、明鏡がいた。


 あの後、僕たちは、住職の後をついて冥府を後にした。

 下界へと戻る道を暫く歩いて戻った僕たちだったが、歩く中で目にしたものには感慨深いものがあった。

 無数の淡い光の玉が、四方八方に散っていく。

 下界に於いて死した者が、何処に向かうかなど、誰も知る由がないだろう。 

 だが……。

 死者の処……それが浄界であっても、地獄であっても、魂が流れゆくのを見送りながら歩を進める中、救いを求めているのか、還る事を望んでいるのか、下界へと向かう僕たちの肩や手に触れながら、それぞれ向かうべき処へと流れて行った。

 向かう先は、僕たちとは反対で。


 その出口は、生と死を分けた。


「廃寺を建て直そうと思う」


 下界へと戻った時、別れ際に明鏡はそう言った。

 その言葉を聞いて住職は、今日のこの説法の場を設けたのだ。

 明鏡の師となる僧侶は、もうこの世にはいない。その教えを受け継いだ明鏡ではあるが、それでもやはり門を開くとなれば、誰かの支えは必要だ。実の父親であった然暁は、住職と神祇伯の師であった事もあり、住職にしても明鏡が門を開く事に力を添えたいと思った事だろう。

 だからこその説法でもあった訳だが……。


究竟大乗浄土門くきょうだいじょうじょうどもん 諸行往生称名勝しょぎょうおうじょうしょうみょうしょう 我閣万行選仏名がかくまんぎょうせんぶつみょう 往生浄土見尊体おうじょうじょうどけんぞんたい


 住職は要偈(ようげ)を伝えていた。

 それは、法門を伝授する伝法であり、住職の門に於いて最も重要なものであるが、明鏡は明鏡自身の門を開く事だろう。

 それでも住職が明鏡にその偈文を伝えた事は、明鏡を信じ、認めての事だ。


 住職は、明鏡へと真っ直ぐに目線を向けた。

「これが我が門の『選択』です。貴方は貴方の『選択』に揺るぎなく、自信を持って門をお開き下さい」

 住職はそう言って一礼すると、本堂を後にした。

 明鏡は、住職の姿が見えなくなるまで、深く頭を下げていた。


 住職の説法後、本堂を出た僕たちは、明鏡も共に、羽矢さんに連れられて寺院内の墓地へと向かった。

 羽矢さんは、墓地を見渡しながら静かに口を開く。

「安穏なる処……浄界を望むのは、死者だけじゃない」

 そよぐ風が(こう)の匂いを連れてくる。供えられる花が、寂しげにも地に馴染むような墓石を、はっきりと映し出すようだった。

 墓を前に手を合わせる遺族。この時期は特に多くなる。


「彼岸というこの中日には、彼らには見えはしないが、他世への門が自然に開く」

 墓参りをする遺族を見つめながら、羽矢さんがそう言うと、隣に明鏡が並んだ。

 明鏡は、羽矢さんが見る方向を同じに見ているようだった。

 僕と蓮にもその門は見えない。

 だが、自身の門を開くと決めた明鏡には、羽矢さんと同じに見えている事だろう。


 続けられた羽矢さんの言葉に、明鏡は穏やかな笑みを見せながら、深く頷いた。


「浄界への門が……ね」

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