第42話 有縁
「南無阿弥陀仏の六字名号を唱えるは、願行具足の法を得る」
はっきりと、強く響いた羽矢さんの声。
羽矢さんと閻王の目線が一線に重なる。
互いに目線を動かす事なく、言葉もなかった。
一瞬、緊迫したかのような空気感にも思えたが。
「ははははは……!」
閻王の笑い声が間を割いた。
「冥府を矛に盾を為すとは、正にこの事か」
閻王はそう言うと、頬杖をつき、ここにいる者たちを見回すように目を動かした。
そして、目線を羽矢さんに戻すと、再び口を開く。
「その法で有縁を得るとなれば、我が冥府の門も広く口を開けようぞ。それは善きも悪きも……な」
意味を含めた強い目線を受け止めると、羽矢さんは一礼する。羽矢さんに並び、明鏡も頭を下げた。
羽矢さんは、軽く頭を下げたままの姿勢で、閻王に告げる。
「新たな門を開くにあたり、冥府との繋がりは切りようのない相対。末法に至っての法滅の回避は、正しき導きの継承に有り。その見極めも含め、冥府の門が大きく開く事は……」
羽矢さんが顔を上げる。
「我らにとっては願ってもない機会……かと」
閻王を真っ直ぐに捉えて、そう答えた羽矢さんの表情が容易に想像出来る。
地獄の門が大きく開こうとも、正しい導きを行なう事の表明である事だろう。羽矢さんが顔を上げて閻王にそう告げた事に、大きな自信が見えた。それは表情にも、そのまま表れている事だろう。
閻王にしても、門を大きく開くという事は、間違った導きが少しでもあるならば、容赦無く地獄へ送ると告げている。
門が増えれば増える程に、何処かでズレが生じ、正しく継承されず、誤った導きが行われる事もあるかもしれない。それは善きも悪きもだ。
閻王の言った善きも悪きもとは、そういう意味での事だろう。
「……奎迦」
羽矢さんを見ながら、閻王が住職を呼んだ。
「はい」
「お前が思うよりも、早くはなかったようだな」
「閻王……畏れながらそれ以上のお言葉は、この場では無用かと」
住職は、閻王の言葉の意味を直ぐに察し、そう答えた。
「ふふ……ならば、我の代わりにお前が言ってみるか?」
閻王は、意味ありげにも、横目で住職に目線を投げ掛ける。
笑みを浮かべた閻王の表情に、羽矢さんに対しての善き言葉があると、羽矢さんも勿論、皆、気づいた事だろう。
『冥府の番人、別名……死神。私は、こんなにも早くその座を羽矢に就かせる気はありませんでした。それでもその座に就かせたのには訳があります』
住職は、ふふっと静かに笑うと、穏やかな口調でこう答えた。
「『死神』と名を与えられたからには、閻王の後ろ盾があるとはいえ、地獄の門も浄土の門と同様に平等と。因果応報とは、善でも悪でも自業自得というもの……それを基として、誓願を生み、本願へと到達するというものですから、非想非非想処に昇るような事は、死神とはいえ、神と名を持とうとも、処に沿わぬかと」
住職のその言葉に蓮と回向が、同時にクッと肩を揺らして笑った。
回向が笑いを堪えながら口を開いた。
「流石は住職。上手い事を言う。非想非非想処とは……」
回向のその言葉が聞こえたのだろう、羽矢さんが振り向き、微妙な表情を見せる。
確かに……複雑……。
蓮と回向が声を揃えて言った言葉に、羽矢さんが黙れと言うように二人を睨んだ。
「「有頂天」」




