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処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第三章 内と外
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第41話 白道

 発遣(はっけん)招喚(しょうかん)……。


「……成程」

 羽矢さんの言葉に、回向が頷く。

 クスリと笑みを見せる回向に、蓮にも笑みが浮かんだ。

「浄界への道も自らの足を以て、進ませる……か」

 回向の呟きに、蓮が答える。

「ああ。自身が信じる声に向かってな。どっちにしたって、道は一つしかない。戻るも進むも己自身だ」

 蓮の言葉に、住職から聞いた羽矢さんの言葉が思い起こされた。

 それを今、僕たちも目にしているみたいだ。


 閻王を前に、羽矢さんが説く。

 堂々とした様子で、閻王の前に立つ羽矢さんの姿。


『俺は、一つの道を進んで来た。それが間違いだと言うのなら、下界に戻る理由はない』


「前にも後にも道は一つ……だが、行手には……」


 閻王に伝える言葉は違えども、それは同じ道である事だろう。


「左右により、水河が道を阻み、炎河が道を阻む。どちらにしても対岸に向かうには困難だ。引き返す事なく、向かうと決めれば行先へと導く白き道が現れるが、その道は歩を進ませる決意を与える程の道幅はない。水は渦巻き、炎は燃え盛る。行き場を失い、足を止めれば、後方からは進めと背中を押す声が上がり、向かい側からは来たれと迎える声が聞こえる。同時にその声に惑わされるなと、疑念を抱かせる声も後方から上がってはいるが……」


 羽矢さんが説くのは……二河白道(にがびゃくどう)だ。

 それは、発遣と招喚を譬えた物語りであり、功徳を以てして浄界への道に進む、有縁の法を示している。

 背中を押す声は発遣であり、迎える声は招喚だ。


 羽矢さんの声が流れる中、回向が明鏡へと向かい、羽矢さんの元へ行けと背中を押した。明鏡がゆっくりと歩を進め始め、住職が側へと招き入れる。

 発遣と招喚……明鏡が発遣であるならば、羽矢さんが招喚と閻王に示すのだろう。

 そしてそれは、明鏡の存在を示すものでもあり、そこに羽矢さんが入る事で、閻王の信頼を得る……。

 寺も庵もない明鏡が、自身が開く門の中で、弔われる事もない死者を置き続ける訳にもいかない。


「ふ……羽矢らしいな」

 そう呟きながら蓮は、羽矢さんを誇らしげに見る。

「はい。本当に」


 羽矢さんは、明鏡が共に並んだ事に気づくと、更に言葉を続けた。


「迷い、立ち止まったところで、水に飲まれ、炎に焼かれるのは確かな事……先に進む事を引き止める声に引き返せば、処に惑う。細き道に恐れを抱きも、進め、来たれと励ます声に支えを得て進める歩には、襲い来る水火に身を奪われる事もなく、浄土の門も開くというもの」


 羽矢さんの説法を聞き終えた閻王は、羽矢さんに言う。


「ならば……羽矢。一つ……論ずるとしよう」

「如何に」

 羽矢さんは、どのような問いとなっても、答えられると自信を持って返事をした。

 閻王は鬼籍から手を離し、台に両肘をつくと身を乗り出すようにも手を組み、羽矢さんを試すかのようにニヤリと笑みを浮かべる。


「縁無き者も、縁を得る方便とは、宿業を肯定させるか。それは輪廻の肯定ともなり()る。輪廻があるならば順次(じゅんし)と言うには無理があり、別時にはならぬか」

 直ぐに往生出来る訳ではなく、輪廻を経てしての往生と……。


「……閻王も難儀な事を口にするな……」

 回向は、少し困ったような顔を見せたが、蓮は、ははっと笑うと回向に言う。

「回向……即身成仏義のお前には、そう捉えられるか? 当の本人は、そうは思っていないようだがな」


 羽矢さんは、クスリと笑うと閻王に告げた。



「如何に。弘誓に於いて、法を説く。南無阿弥陀仏の六字名号を唱えるは、願行具足の法を得る」 

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