第41話 白道
発遣と招喚……。
「……成程」
羽矢さんの言葉に、回向が頷く。
クスリと笑みを見せる回向に、蓮にも笑みが浮かんだ。
「浄界への道も自らの足を以て、進ませる……か」
回向の呟きに、蓮が答える。
「ああ。自身が信じる声に向かってな。どっちにしたって、道は一つしかない。戻るも進むも己自身だ」
蓮の言葉に、住職から聞いた羽矢さんの言葉が思い起こされた。
それを今、僕たちも目にしているみたいだ。
閻王を前に、羽矢さんが説く。
堂々とした様子で、閻王の前に立つ羽矢さんの姿。
『俺は、一つの道を進んで来た。それが間違いだと言うのなら、下界に戻る理由はない』
「前にも後にも道は一つ……だが、行手には……」
閻王に伝える言葉は違えども、それは同じ道である事だろう。
「左右により、水河が道を阻み、炎河が道を阻む。どちらにしても対岸に向かうには困難だ。引き返す事なく、向かうと決めれば行先へと導く白き道が現れるが、その道は歩を進ませる決意を与える程の道幅はない。水は渦巻き、炎は燃え盛る。行き場を失い、足を止めれば、後方からは進めと背中を押す声が上がり、向かい側からは来たれと迎える声が聞こえる。同時にその声に惑わされるなと、疑念を抱かせる声も後方から上がってはいるが……」
羽矢さんが説くのは……二河白道だ。
それは、発遣と招喚を譬えた物語りであり、功徳を以てして浄界への道に進む、有縁の法を示している。
背中を押す声は発遣であり、迎える声は招喚だ。
羽矢さんの声が流れる中、回向が明鏡へと向かい、羽矢さんの元へ行けと背中を押した。明鏡がゆっくりと歩を進め始め、住職が側へと招き入れる。
発遣と招喚……明鏡が発遣であるならば、羽矢さんが招喚と閻王に示すのだろう。
そしてそれは、明鏡の存在を示すものでもあり、そこに羽矢さんが入る事で、閻王の信頼を得る……。
寺も庵もない明鏡が、自身が開く門の中で、弔われる事もない死者を置き続ける訳にもいかない。
「ふ……羽矢らしいな」
そう呟きながら蓮は、羽矢さんを誇らしげに見る。
「はい。本当に」
羽矢さんは、明鏡が共に並んだ事に気づくと、更に言葉を続けた。
「迷い、立ち止まったところで、水に飲まれ、炎に焼かれるのは確かな事……先に進む事を引き止める声に引き返せば、処に惑う。細き道に恐れを抱きも、進め、来たれと励ます声に支えを得て進める歩には、襲い来る水火に身を奪われる事もなく、浄土の門も開くというもの」
羽矢さんの説法を聞き終えた閻王は、羽矢さんに言う。
「ならば……羽矢。一つ……論ずるとしよう」
「如何に」
羽矢さんは、どのような問いとなっても、答えられると自信を持って返事をした。
閻王は鬼籍から手を離し、台に両肘をつくと身を乗り出すようにも手を組み、羽矢さんを試すかのようにニヤリと笑みを浮かべる。
「縁無き者も、縁を得る方便とは、宿業を肯定させるか。それは輪廻の肯定ともなり得る。輪廻があるならば順次と言うには無理があり、別時にはならぬか」
直ぐに往生出来る訳ではなく、輪廻を経てしての往生と……。
「……閻王も難儀な事を口にするな……」
回向は、少し困ったような顔を見せたが、蓮は、ははっと笑うと回向に言う。
「回向……即身成仏義のお前には、そう捉えられるか? 当の本人は、そうは思っていないようだがな」
羽矢さんは、クスリと笑うと閻王に告げた。
「如何に。弘誓に於いて、法を説く。南無阿弥陀仏の六字名号を唱えるは、願行具足の法を得る」




