表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第三章 内と外
132/181

第39話 発遣

 救いを捨てた者を救う事。

 救いを捨てた者を救った事。

 その意味を見出せたかと、羽矢さんは明鏡に訊いた。

 それは、全てを救うという、羽矢さんの思いからでもあるだろう。



唯除五逆(ゆいじょごぎゃく) 誹謗正法(ひほうしょうぼう)

 法を誹謗した者、人を殺すという重い罪を犯した者は、除かなければならないと羽矢さんは説くが、これは抑止だ。


 この言葉だけを聞けば、救済の差も、機根も疑っているようにも聞こえるが、救わないという言葉にもならない。そして勿論、差別を生むものでもない。

 全てを救うという羽矢さんの思いは、変わりようのない信念であり、浄界へと導く為にも、罪を犯す事を止める『抑止(おくし)門』を、救済と同時に開いている。



 ああ……そうだ。然暁の言葉にも、それは表れていた。


 救いを求め、手を伸ばす者の手を引き導く、引摂(いんじょう)

 然暁が言ったあの言葉は、明鏡に伝えた……最後の教えだったのかもしれない。


『弥勒に脇侍はいない……そして、光もない。引摂もなければ、救済の差異もある。なれば、その五逆の罪の救済をどう説くか』


『その願いは、救済の差異があろうとも、上下の処を行き来出来るという、往還の両相を能うにあり。そしてそれは、末法に至っての衆生の救いとなる』


 生きとし生けるもの全てを救うという羽矢さんや回向と違い、救済の差異があるというのは、そこに輪廻があるからだ。

 浄界という、行ったまま還る事のない往生は、成仏という最終的な目的への到達であり、輪廻はない。

 だけど明鏡は、輪廻の肯定によって、導きを明確に示す事が出来る持経者だ。



 明鏡が静かに口を開く。

「……俺は」

 言葉を止めると、手渡された鬼籍を閉じ、羽矢さんへと返した。

 羽矢さんの手に鬼籍が戻されると、明鏡は羽矢さんの目を真っ直ぐに見て言葉を続けた。


「救いを求めるも、求めないも同じ事。教化の為に俺は法を受け継いだ」

 はっきりと、強さを持った声だった。そこに明鏡の信念が見える。

 羽矢さんを真っ直ぐに見るその目も、強く思いを伝えていた。


「俺が意味を見出す訳じゃない。俺に意味がなければ為せはしないというならば、それこそ持経者であるべきではないだろう?」

 そう答えた明鏡の表情に、自信が溢れる。

「ああ……そうだな」

 羽矢さんは頷くと、ふっと笑みを返した。求めた答えが返されるといった、安心したような表情だった。


 明鏡は、更にこう答えた。

「輪廻を肯定しようとも、救いを求める事の意味を見出すのは、救いを捨てた者の方だろ。その意味を見出させ、浄界へと導くその為に、俺は発遣(はっけん)されたんだから」


 教化の為に遣わされた……か。

 自信に満ちた表情で返された明鏡の言葉に、羽矢さんの問いの意味が大きく広がった。


 蓮がボソリと呟く。

「……羽矢の奴……住職に鍛えられているだけあるな」

 そう言うと蓮は、ははっと小さく笑った。そして、小声で僕に言う。

「問答とは、表面的な言葉だけで交わすものじゃないだろう? その問いにも答えにも、自身を先に置きはしない。自分が、ではなく、誰が、だ。羽矢の問いに弥勒がもし、自身を先に立てたなら、いくら羽矢が口添えしたとしても……」

 蓮は、閻王の表情をそっと窺う。

 僕も閻王へと目線を動かした。

 羽矢さんをじっと見る閻王は、満足そうな顔を見せていた。


 ああ……そうか。

 だから羽矢さんは、あんな言い方をしたんだ。


『閻王の面前に於いて……『因』より先に『果』として知り得たものを置き、答える事を望もうか』



「その審理は変わらなかっただろうな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ