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処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第三章 内と外
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第38話 会通

 鬼籍を手にしたまま、羽矢さんが明鏡の元へと向かった。

 与えられた俗名が罪名と聞き、明鏡だけが俯いていたからだろう。

 羽矢さんは、僕と蓮の脇を過ぎ、明鏡へと向かいながら、言葉を発する。


「浄界……それは報土か化土か。報なり、化なり、報にして化に(あら)ず。罪悪生死(ざいあくしょうじ)凡夫(ぼんぶ)も報土に往生出来る、凡入報土(ぼんにゅうほうど)

 報土とは、衆生救済の誓願を立てて、実現を目指す為に修行を重ね、その報いとして仏の身となったものの処だ。

 誓願によって報われた処か、機根に応じて変現された処か、か……。

 それでも、罪悪生死……転生を繰り返す、罪がある者でさえも、機根を疑う事なく、報土に往生出来るという救済の平等。

 それを知っているだろう明鏡に伝える事に、大きな意味がある事は分かったが……。


 羽矢さんは、明鏡の前で立ち止まり、鬼籍を渡す。

 開かれたまま渡された鬼籍に視線を落とした瞬間、明鏡の手に力が籠った。

 明鏡の変化に気づく蓮の目線が、明鏡の近くにいる回向へと向く。言葉を交わすように目線を合わせ、頷きを見せる回向に、蓮が返答するように頷き返した。

「……蓮……?」

 どうしたのかと蓮を見る僕に、蓮は静かに答える。


「記されているんだよ、罪名を与えた兄の名が……な」

「……そう……ですか」

 なんだか切なくも感じたが、続けられた蓮の言葉に、感情が大きく揺さぶられる。

「依……お前も見ているだろう、然暁の兄を」

「え……?」

 それはいつと言いそうになったが、蓮は間を置かずに直ぐに答えた。


「黒僧……然暁に最後まで喰らいついていた『鬼』だ」


「……っ……!」

 驚く僕は、言葉に詰まった。


 理解していた事だ。だから理解に難はなかった。

 それが驚きになったのは、目にしたものとの完全な一致となったからだ。


『依……人が鬼になる事もあるんだよ』

 悲しげにも言った当主様の言葉、その時の事と今の蓮の言葉が一気に理解を促し、その全てが重なり合った。


 神になれなくとも、鬼にはなれる。

 それはまた、違う意味での理想……。


 仏像を焼き、経典を焼き、僧坊にまでも害を与えた者が……落ちる地獄。

 その罪を……その責苦を一身に請け負うように、抵抗もせずにいた然暁の姿を思うと涙が溢れた。

 そして、あの鬼が怨みを込めた声で言った言葉も思い起こされ、感情が波を立てる。

 それが血を分けた兄弟だと思えば、尚更に。


『神も仏もあるものか……人が人に与え、与えられたものを人が奪う。欲するものを手にすれば、そこに向いた羨望は怨みに変わる……欲界に於いての懇願など、当然、欲で成り立つもの……神も仏も……ただ信じろというだけで、生きる糧など与えない』


 耳について離れない程の怨みを持った声色と言葉が、振り切ろうとしても追い掛けてくるようだった。

 それは明鏡にしても同じであっただろうか。

 それでも、あの時の明鏡は、その真意を深く追い求めているように見えた。


「今一度、訊く」

 羽矢さんの問いが、明鏡に強く向けられる。

 その問いの受け止め方の相違が、明鏡にあったのだろうか。


「救いを捨てた者を救う事に、意味を見出せるか?」


 ……だけど。

 羽矢さんの問い掛けが、今に至るものとして変化する。


「いや……閻王の面前に於いて、それは『因』より先に『果』として知り得たものを置き、答える事を望もうか」


 その言葉に、明鏡の目線がゆっくりと上がる。

 羽矢さんの目を真っ直ぐに捉える明鏡は、その問いに答える覚悟は決めていた事だろう。



「救いを捨てた者を()()()事に、意味を()()()()か?」

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