第37話 料簡
還俗させられ、与えられた俗名が……罪名。
罪を刻まれたその名が、呪縛となったという事なのだろうか。
……確かに……。
消そうとしても消せないものであったなら、その汚名は耐え難い苦だ。他に名を与えられようとも、一度与えられた名は残り続ける。
その名を聞けば、誰しもが咎ある者だと気づく名となった……。
そしてその名は、なんとしてでも消し去りたい事だっただろう。それは、その名が残る限り、名を与えた者に対しての怨みも消えはしない。義絶された身であると、黒僧……いや、然曉が言っていた事を思えば、兄であった当時の国主は、自身と繋がりを示すような、同じ姓など与えはしなかったはずだ。
罪名……そもそもが……怨みを込めた名であった……。
そしてそれが、更なる怨みを生んだという事だ。
黒僧と呼ばれ、国主の代わりとなれる程に統制を敷く事が出来たのも、怨みが膨らんだ結果でもあると……。
……黒僧。
あ……これって……。
僕の目線が神祇伯へと移る。
「依……気づいたか?」
僕の目線が動いた事に、蓮が笑みを見せた。
「……はい」
神祇伯の表情に変化はなく、ただじっと住職の方を見ていた。それは回向も同じで、強くも感じる目線には、ようやく自身の思いに辿り着いたという確かなものがあった。
蓮は、羽矢さんへと目を向けながら、静かに僕に告げる。
「『国の中から国を潰す術』神祇伯がそれを知っていると回向が言った時に、それが二つある事には気づいていた。ただそれが神祇伯とどう繋がるのかは、事象に掛かっていたけどな」
「それで……あの時、神社の人形を使ったのは、神祇伯が火を点けるかどうかを……」
僕の言葉に、蓮はクスリと笑う。
回向の隣に立つ高宮が、蓮の笑みを見て、少し困ったようにも苦笑を見せていた。
『……策士ですね。いつ、そのような策を立てたのですか』
『火、点けちまったじゃねえか、あの神祇伯が』
『点けさせた、の間違いでしょう。その為に人形を使ったのでは?』
あの神社に、当主様ではなく、住職が現れた事も。
あの時の蓮と高宮の会話も。
……今になって、成程と深く納得した。
続けられる蓮の言葉に耳を傾けながら、僕は皆の表情を目に映していく。
「神祇伯が本当に国を潰すつもりなら、調伏の為の火を点けはしない。放っておけばいい事だ。逆に、一時的にもあの神社の宮司となっていたのなら、その怨念も利用しない手はないだろう。『私に従え、従わなければ即刻、焼き殺す』その言葉で表情が変わった事で、確信出来たんだ。神祇伯自身も……」
蓮の言葉が、胸に深く沁みてくる。
「その汚名を晴らす為に、身代わりになっているってな……」
……蓮……。
他の何も、誰も傷つけはしない。
ただ……時の流れに従って、無理に推し進めようともしない。
それに対して、時の流れこそが存在を示す証だと、蓮は高宮に言っていた。
『だからこそ……その存在を急かすのでは?』
『急かす……ね。はは。答えが出たじゃねえか』
再度、高宮へと目線が向いた僕は、高宮と目線が重なった。
高宮は、クスリと笑みを漏らすと、蓮に目線を変え、声は出さなかったが、口を動かした。
その口の動きに言葉が読み取れる。
(策士……ですね)
高宮が蓮に向けた言葉を頭に浮かべる僕は、その策があってこそ為せるものだと、彼が蓮を誇らしげに見る事が、自身の事のように嬉しく思えた。
『紫条さん……あなたは、陰陽師……でしたね』




