表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第三章 内と外
129/181

第36話 弘誓

 ここが地獄であるという事も忘れてしまったかのように、和やかにも感じていたが。



弘誓(ぐぜい)に依ての要門(ようもん)、等しく通じ得たか」


 空気を震わすような閻王の低い声が流れた後、目の前の光景が変わり、僕たちは閻王の前にいた。

 閻王は、先程まで目を通していたのか、鬼籍を閉じるとジロリとこちらを見たが、その目線は住職へと向いている。

 真っ直ぐな目線に言葉を感じ、住職は閻王の方へと歩を進めて行く。

 閻王の真向かいに立つ住職は、一礼すると閻王に答える。


「通じ得たかは、その鬼籍を見ればお分かりかと。ですが閻王……そう仰るのならば、既にお分かりだったのでは? もしくは、それがお望みであったかと」

 閻王は、ふふっと笑うと住職に鬼籍を渡す。

「そうだな……中々に面白いものが見られたが……」

 満足そうな閻王に住職は、鬼籍に目を通しながら、ふふっと笑みを漏らした。そして、鬼籍を閉じると閻王に言う。


「……閻王。浄界を望むが故の観想は、弘誓、つまりは誓願にあり、その誓願は等しく救うというもの。我が門に於いての誓願は、他門に於いての(かなめ)ともなり、浄界に通ずる要の門……故に要門と言い、それは弘誓と(つい)となるのも当然の事。そしてその弘誓は、どの門に於いても、同様のものを掲げているのですから、通る事の出来ない門ではありませんよ」


「ふふ……奎迦。随分と広い門を開いたものだな。生きとし生けるもの全て……死後に於いての追善も担うのも、また(せい)よりの執念か……?」

 随分と広い門を開いた……黒僧も同じ事を言っていた事を思い出す。

 クスリと、揶揄うようにも意味ありげな笑みを見せる閻王に、住職は穏やかに答える。

「念が(つい)えれば、継承も潰えるというもの……あるべきものを失う事もまた、法難と言えるでしょう。閻王……地獄というこの処と我が門は、切っても切れ得ない相対……故に、我が門が掲げる誓願は、閻王あってのものですから」


 閻王と話す住職を、じっと見つめる羽矢さんの表情は誇らしげだった。そんな羽矢さんを見る蓮の表情にも、笑みが浮かんでいた。


「奎迦……その継承は、事象に於いての因果を早期に見抜いていた。(まさ)に我の鏡も同然……我にとっても手放せぬ」

 閻王の言葉に住職は、ふっと笑みを漏らすと振り向く。


「羽矢」

 住職が羽矢さんを呼び、羽矢さんは住職の元へと歩を進めて行く。

 住職は、羽矢さんに鬼籍を手渡し、羽矢さんも鬼籍に目を通すと、僕たちを振り向いた。


「黒僧……法名『然暁(ぜんぎょう)』諡号は多々あり、元よりの俗名は出家と同時に捨て去ったが為か、その名が記されていなかった事に疑念があった」

 え……?

 確か羽矢さん……黒僧の俗名を見ていたはずでは……。じゃあ……その俗名って……。


『複雑な上に、厄介だったよ。出家し、僧侶となった上で法名を持つが、あんた……遁世する以前に一度、還俗しているんだな。その時の俗名も見つけたが……』



「諡号に法名は、その身に纏う鎧のようなものでもあるが、鬼籍に記されていた名は、還俗させられた時に与えられた俗名。だがそれは……」


 それは元より、生を受けた時に与えられた名でもなく、法名でもない。


 羽矢さんが続けた言葉に、僕は驚いていたが、蓮は、その言葉を聞くに至った事に、安心したようにもふっと笑みを漏らした。

 ああ……そうだ、蓮も羽矢さん同様、分かっていた事だった……。



「俗名といえども、『罪名』」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ