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処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第三章 内と外
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第35話 把捉

 蓮が回向と交わした約束……。

 仲が悪そうに見えても、互いが互いを尊重している。


 地蔵菩薩が羽矢さんの寺院に移されて行ったあの日。

 (から)になった堂の前で蓮は言った。


『仏も神だと言われたのは、神の姿は仏の化身だと言われていたからだ。そうだとしたら、どちらかが消えても、どちらかは存在する事が出来る。どちらかが存在していれば、どちらも存在しているのと同じ……そう思わないか、依』


 今思えばその言葉は……回向との事を思い出しながら言っていたのだろう。


『あいつが……水景 回向か』


 蓮は回向を知っていたというのは、あの時のその言葉で明らかな事だった。

 霊山の頂上、無数の魂と戯れるようにも、その地に腰を下ろしていた回向。あの時が……再会だったんだ。



 全ての存在は実体を有しない(くう)であり、全ての事象は因縁によって生じる()である。空と仮を前提とし、すべての存在や事象は真実の相を示しているとする(ちゅう)は、この世の有り(よう)を浮かび上がらせる。


 羽矢さんは言った。

「蓮が、依……お前を見つけたのは偶然なんかじゃないんだ」

 その言葉に僕は、言葉の続きを聞こうと、羽矢さんを振り向いた。

 羽矢さんは、蓮と回向が口論になっていても、それを微笑ましく見つめていた。

 そんな様子でも、安心を得ている事が不思議ではあったが、それが蓮と回向の距離感がない事を気づかせていた。

 それは高宮にしても、明鏡にしても同じであったのだろう。止める事もせず、笑みを見せ合い、二人を見ていた。


 僕は、二人を見つめながらも、話を続ける羽矢さんの言葉に耳を傾ける。

「登拝道があったとはいえ、子供の足では頂上まで行き着くには過酷だ。依……お前だってあの霊山に蓮と二人で登った時、どうだったんだ?」

「あ……」

 思わず漏らした声に、羽矢さんはちらりと僕を見ると、ふっと笑みを見せ、言葉を続ける。

「長い年月を経て、禁足地となっていた霊山を登るのは、大人であっても苦行も同然だ。その厳しさは、登拝道があっても子供の足で登るのと同じものだろう」

「……はい」

 確かに僕は、一歩を踏み出すのも、やっとの思いで登っていた。

「登拝道とはいえ、楽に登れるようになっている訳じゃない。上へと登る訳だから、高低差の度合いは大きい。現に、枝でも掴まなければ登れはしない段差が、至る所にあっただろう?」

「ええ。当時に道として整えられていたならば、その跡は残っていたはずです。ですが、元々、整えられてはいなかったと……登拝する人の足が道を作っていただけで、その道も今は木々に覆われてしまったのですから」

「探したんだよ」

「え……?」

「蓮は……それでもあちこち探し回って、お前を見つけたんだ。必ず見つけると蓮が決めたのは、回向の為でもあり、回向を信じたからなんだよ」

 蓮と回向の口論が続く中、羽矢さんは二人を見つめながらこう言った。


「実体を有しない空と、因縁によって生じる仮は平等だ。だから、お前を見つける事が出来た事は……」

 そう言いながら羽矢さんは、蓮と回向に近づいていく。そして、二人の肩にポンと手を置いた。

「「なんだよ? 羽矢」」

 蓮と回向は、同時に羽矢さんを振り向き、同時にそう言った。


 羽矢さんは、ははっと笑うと、二人に言う。その言葉は、僕に話していた事の続きでもあったのだろうが……。

 得意げにニヤリと笑みを浮かべる羽矢さんに、蓮と回向が不快に顔を歪めた。


「俺という存在が溶けあってこそ、真実を示す事が出来るという訳だ。だって俺、『無量』だから」


 うーん……羽矢さんらしい。


 蓮と回向が顔を見合わせ、呆れたようにも大きく溜息をつく。


「ここに三諦を絡めるなら、把捉(はそく)してからものを言え」

 回向がそう言うと、蓮が頷く。

「同感だ」


 だけど……。

 思わず笑みが漏れた。

 なんだかんだ言っても、互いの立場を保ちながら溶け合い、一体となっている。


 正しく円融……そう思ったからだ。

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