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処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第三章 内と外
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第31話 不還

 存在が名を表すのか、名が存在を現すのか……。

 当主様の言葉が、僕の全身を包むようだった。


『……おいで』


 あの時、あの場所にいた、たった一つの存在。

 当主様の元へと降り立つ柊。その様を皆が微笑ましく見つめる中、僕の目線は蓮へと動く。


 僕の名は……僕が名乗った訳ではなかった。そもそも、あの処にいた僕に、名はあったのだろうか。


『依』


 だけど自然にそれは受け入れられていた。それが当たり前であるかのように、なんの違和感もなく、ごく普通に……。


 蓮を見つめる僕。視線に気づいたのか、蓮が振り向いた。

 ハッとする僕に、蓮が穏やかな笑みを見せる。



 互いに結び合った呪縛を解く術など、ありはしない。

 僕が、蓮が、この名を捨てない限り、いや……与えられた名に結びつく存在を、正しく消し去る事など出来はしないんだ。

 そっと差し出された蓮の手。


 ああ……そうだ、僕は……。


 僕の手が蓮の手を掴むと同時に、蓮は僕にこう言った。


「『回向堂』」


 少し驚いた顔で蓮を見る僕に、蓮は笑みを見せる。

「覚えていただろう? 登拝道に行く前には参拝道があり、そこには神木が立ち(そび)えていた。神木を過ぎて門を抜けると神社があった。その神社には、仏の像が置かれていたんだ。神社と名を称した社の中に、阿弥陀如来の像が置かれていた。それが回向堂……そう呼ばれていたんだ」

「……回向堂……」

 僕の目が思わず回向へと向いた。回向は、明鏡を交え、高宮と何やら話をしていた。


『俺の名は親父が付けたんだ』

 ふいに浮かんだ回向の言葉に、以前、高宮が僕を捕まえようとしていた理由が結び付いた気がした。



 回向を見続ける僕。視線を感じたのだろう、回向の目線がゆっくりと僕へと向いた。

 僕と目線が合った回向は、ふっと笑みを見せる。そして、その目線が蓮へと向くと顎を上げ、得意げにもニヤリと笑って、斜めに蓮を見る仕草を見せた。

 蓮は、ははっと笑うと回向に言う。


「渡さねえからな?」

「ふん……別に取り合う気はねえよ」

「ふうん……?」

「なんだよ?」

 蓮の目線が高宮と明鏡を見た後、回向へと目線を戻した。

「いや……」

 蓮の揶揄うような目線に、回向は不快にも顔を歪める。蓮は、構わず回向にこう言った。

「気が多い事で」

「……っ……! ばっ……紫条っ……お前っ……! 馬鹿な事、言うんじゃねえっ」

 慌てる回向に、高宮と明鏡が笑う。

 そんな中、一人、不機嫌そうな顔をする……。


「なんだよ? 羽矢」

 無言のまま、蓮の肩に肘を乗せる羽矢さんを蓮が横目で見る。

「別になんでもねえけど?」

「なんでもねえって顔してねえけど?」

「ははー。それは蓮」

 笑いながら蓮の肩に乗せた肘に、羽矢さんは体重をグッと掛ける。

「痛えだろっ。馬鹿羽矢」

 蓮が羽矢さんの肘を振り切ったと同時に、僕と手が離れた。

 直ぐ様、羽矢さんが僕の手を掴む。


「は……羽矢さん……?」

 僕の手を両手で掴む羽矢さんは、僕をじっと見る。

「じゃあ、後は蓮たちに任せて帰ろうか、依」

「え……っと……羽矢さん……あの……僕は……いえ……その……」

「うん? 蓮の事なら気にしなくて大丈夫だから」

「いえ……だからその……後ろ……」

「後ろ?」

「はい……後ろに……」


「羽矢……」


「蓮が……」

 蓮が羽矢さんの襟首を掴む。

 ギクッと羽矢さんの顔が少し強張った。

 蓮は、羽矢さんを強引に僕から引き離す。


「流石は『死神』……その名の通り、この地獄に永遠に棲みつきたいようだな? 生憎、俺は地獄を見せる事は出来るが、地獄から救う術は持ち合わせていない。丁度いいだろ、 なあ、羽矢?」



「死神をも裁くとは、閻王以上だな」


 蓮と羽矢さんの様を見て、回向が笑いながらそう言った。

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