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処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第三章 内と外
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第27話 意趣

 黒僧の姿が、地に飲み込まれていくように沈んでいった。

 明鏡が握り締めた部分だけ、僅かに残った黒僧の紫衣。明鏡は顔を伏せたまま、それをギュッと握り締めていた。

 姿勢を変えず、俯き続ける明鏡に回向が近づき、何も言わずにそっと明鏡の隣に座る。その気配に気づいた明鏡は、俯いたまま呟くように呼んだ。


「……回向」

「分かっていたよ」

「……ああ、分かっている」

 頷く明鏡に回向は、ふうっと長く息をつくと、手にしていた檜扇をそっと撫でた。

 そして、ゆっくりとした口調で話を始める。


「神仏分離も廃仏毀釈も……前聖王が令を出した訳じゃない」


 続く回向の話に、蓮と羽矢さんが二人の後ろにそっと近づいた。

 蓮が僕へと向ける頷きに、僕は蓮の元へと歩を進める。

 回向と明鏡の後ろに立つ僕たちは、回向の話に耳を傾けた。


 回向の言うように、神仏分離も廃仏毀釈も、前聖王の令ではない……前聖王が国主の座に就く以前に行なわれていた事である事は、時から見ても分かる事であり、一度、分離させたものを元に戻すというのは、中々に困難な事だ。廃寺に追い込まれた寺は幾つもあり、反感を買うのは寺側にしても神社側にしても同じ事だろう。

 そして、泰山王の不在。冥府の番人『死神』に託された地蔵菩薩。

 地蔵菩薩が羽矢さんの寺院に移された事から始まった事のように思えていたが、その時には既に事は起きていた。

 それは、前聖王が国主の座に就いた時に起きていた事だろう。

 その真実が語られ始めた。


「そもそも前聖王は廃仏派ではなかった……それは弥勒、お前はよく分かっているはずだろう」

「……ああ」

「右京……」

 回向の呼び声に、高宮が回向の隣に立った。回向は、目線を明鏡の手元に戻すと言葉を続けた。


「国主の座に就いた後、直ぐに前聖王は病に伏した。国主の座に就く者、その国主の補佐をする者を呪うみたいにな……神殿の床下に埋められていた宝剣と、崩御した元国主……黒僧が宝剣に厭魅を掛けたのも、その棺ごと埋めたのも、全てが怨みだ。だが……その怨みは時の国主の怨みを増長させた……それがあの呪いの神社に繋がったと、知った事だろう?」

 回向は、檜扇を高宮へと差し出す。高宮がそれを受け取ると、回向はうっすらと笑みを見せ、更に言葉を続けた。


「右京の父親が亡くなり、前聖王も病に伏した事に対し、因縁を疑うに(ほか)はない。だから俺は……」

 回向の手がギュッと握られる。その様子に高宮は、回向の肩にそっと手を置いた。

 回向は、肩越しに高宮を振り向き、静かに笑みを見せる。

 そんな二人の様子に、あの時の高宮の言葉と、回向が断壊を行なった意味を深く理解した。


『私の命一つで済むのなら……』


 ……懸けていたんだ。回向は高宮に、高宮は回向に。

 ああ……この二人が現れた事に、神祇伯も含め、国主を倒す為だと感じた事があったのは、神殿の床下に埋められていた国主の怨念に対しての思いだったんだ。


「……親父」

 回向は、目線を向ける事はなかったが、神祇伯に言った。きっと、面と向かって言う事は、照れ臭くもあったのだろう。


「悪かったな……隠しておきたかったんだろう? 本当は。前聖王が病に伏した事も、右京が後継であった事も……弥勒の事も……だ」

「これ以上……死人を出したくはなかったからな」

「そっか……だったら、守られる側ではなく、守る側にいさせてくれ。守る為に誤解を生んだとしても……」

 回向は、そう言って立ち上がると、肩越しに神祇伯を振り向いて言った。

 その言葉を言った回向の表情は、穏やかな笑みを見せていた。



「苦悩を背負った『悪人』でいい」

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