第11話 黒僧
墓が何処にもないって……。
そう耳に入った瞬間に、高宮の顔が脳裏に浮かんだ。
高宮と初めて会った、霊園。奥都城と刻まれた墓石の前に、高宮はいた。
だが、その墓石には誰が亡くなったのか、名も無いどころか、家名さえも刻まれていなかった。
それは……来生の魂を導いた後の今でも……だ。
僕は、隣に座る蓮を振り向く。
僕の目線に気づく蓮は、心情を察したのだろう、心配するなと言うように、膝の上に置いた僕の手に自分の手を重ねた。
蓮が羽矢さんの話の先を促す。
「それで?」
羽矢さんの目線が蓮へと動いた。
「それで?」
羽矢さんは、小首を傾げ、ニヤリと笑みを見せると、蓮に同じに返した。
その仕草は、蓮が何を思うかに期待しているようだった。
蓮は、顔を顰めたが、ふうっと息をつくと、羽矢さんに答える。
「誄詞があったという事は、相当、昔の話になるだろう。それは神仏分離が行われる、もっと以前の事だ」
「それで?」
……羽矢さん。
蓮が返した言葉に満足そうではあったが、自分が答えるより先に、蓮にまた言葉を求める。言葉を求める毎に、羽矢さんの表情も真顔に変わっていく。
「……羽矢」
蓮がゆっくりと立ち上がると、羽矢さんも立ち上がる。
互いの元へと歩を進めるが、そう遠い距離にいる訳じゃない、直ぐに距離は縮まった。
距離が縮まると、互いに求めた言葉に答えが重なったようだ。
その後に言葉はなかったが、蓮の表情には納得が浮かんでいた。
「……誄詞……か。そうだな」
蓮は、そう呟くと、回向を振り向いた。
蓮と羽矢さんの目線が、自分に向くと分かっていたのだろう、回向は二人の目線を受け止め、羽矢さんに訊く。
「諡号は見えたか」
「ああ、見えたよ」
「それは、誄詞と共にあったか」
「ああ、そうだ」
「そうか。それならば……間違いないな」
回向は、目線を住職へと向けて、言葉を続けた。
「誄詞の際に諡号が贈られたなら、それは高位の者といっても、国主に限られます。そして、誄詞を奏した者は、高僧であったと思われます」
住職は、静かに二度、頷きを見せると口を開く。
「では……その流れはご存じですね?」
その流れ……。
その高僧からの流れという事か……。
「無論、存じています……ですが」
回向は、そっと目を伏せたが、直ぐに顔を上げ、こう答えた。
その言葉を聞く僕たちは、動かぬ闇がある事を知らされる。
それは……。
何度か耳にし、その言葉の重みと深さを知ったもの。
「設害三界一切有情 不堕悪趣……それを修得する事は……許されなかったはずです」
捉え方によっては危険であり、それは羽矢さんも当主様も、そして蓮も知っていた事だ。
許された者だけしか辿り着けない、それでもそこに辿り着くのは。
『秘密が多いのは、二派同様です。ですが、その一派には……特定の本尊はありません』
秘密を求める……秘密があるからだ。
「……回向……お前、狙われてるぞ」
蓮の言葉に、回向はふっと笑う。
「俺は還俗したんだぞ……それを使うのは、この道に反する」
「じゃあ……言い換える」
蓮が何を言うかは分かっている。蓮は、静かな口調で話す。
「同じ姓を持つ者は、その姓が力を示す。だがそれも、国主が基準となる。国主がそこにいなければ、国主を囲う氏族も力を示す事は出来ないというもの……社が成り立てば、そこにある力は同じ領域を広げる……」
回向は、目線を落としながら、自身が口にしたその言葉を聞いた。
「その秘密……それに、その過去……奪われるぞ」




