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処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第三章 内と外
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第23話 拓落

「冥府の番人、死神。その名は、閻王そのものであると知れ」



 羽矢さんの足が歩を進めると、獄卒たちが左右に散り、道を開けた。

 まるで閻王の声のように、強く、重さを持って響いた声とその言葉、そして獄卒たちの様子に、僕は驚く。

 蓮が羽矢さんの隣に並び、共に歩を進めて行く。

 獄卒たちが二人の背後に、従うように着いて行く事に、僕は更に驚いた。


 二人が向かうは、黒僧の元だった。

 黒僧から離れずにいた獄卒が、執拗に責苦を与え続けている。


「下がれ」


 羽矢さんの声に振り向いた獄卒だったが、直ぐに黒僧へと向き直ると、黒僧の首元を掴み上げた。


「聞こえなかったか?」

 低く、静かにも、圧を感じさせる羽矢さんの声に、背後にいる獄卒たちが(ざわ)めき始めたが、黒僧を掴み上げる獄卒だけは聞く耳を持たないようだった。


 その様を眺める当主様が、ふふっと笑みを漏らすと、困ったようにこう言った。


「どの界に於いても、手を焼く者がいるものだ」

「殆どの獄卒が羽矢さんに従っているというのに……あの獄卒は従わないという事ですか……?」

 僕の言葉に当主様は、僕を振り向いて、少し悲しげな笑みを見せた。

「依」

「はい」

 当主様は、従わない獄卒へと目線を戻して言った。


「人が鬼になる事もあるんだよ」

「あ……」

 ……そうだ。


 尸解に失敗した者は、神になる事は出来ず、鬼に変わる。


 以前に蓮が言っていた。

『足掻けば足掻く程、失敗すると、誰か教えてやらなかったのかよ。誰もが神になれると思うなよ?』


 そして、蓮の言葉に羽矢さんは、こう答えていた。

『失敗したら失敗したで、それでも自身の価値に敵うんだろーが』


 ……自身の価値に敵う。


 神になれなくとも、鬼にはなれる。

 それはまた、違う意味での理想となる……。

 尸解出来たとしても、まだ生きている状態から尸解するのと、死してから尸解するのとでは格が違うという。

 生きているのか、死んでいるのか……尸解した時の状態がどうであったのかという事……。


 そして……天といえども、天は欲界だ。その寿命が尽きれば、転生し、地獄にも落ちる事があるのだから。



 羽矢さんの言葉に耳を貸さない獄卒に、蓮の手が動きを見せる。

 黒僧の身を(むさぼ)るように喰らいついている獄卒へと向かって、蓮の指が向いた。

 パチンと蓮の指が弾かれ、バリッと稲光のような光が走り、獄卒に絡んだ。

 呻き声をあげる獄卒は、苦しさからか、黒僧を掴む手を離し、身に絡みつく光を払おうと踠き出す。

 バリバリと全身を掻き(むし)る音が、次第に静かになってくると、獄卒の姿が人の姿と変わっていた。亡者ではあるが、それでも人の姿に戻ったといった方がいいのだろう。


 蓮と羽矢さんが、その人の姿に近づいた。

 亡者は、二人が近づいても目線を向ける事なく、地に伏せ、頭を抱えながらブツブツと同じ言葉を繰り返していた。


「神も仏もあるものか……人が人に与え、与えられたものを人が奪う。欲するものを手にすれば、そこに向いた羨望は怨みに変わる……欲界に於いての懇願など、当然、欲で成り立つもの……神も仏も……ただ信じろというだけで……」


 ……これは……。

 怨めしく流れる声に、体が震える。

 黒僧に執拗に責苦を与えていた事も。

 廃仏を行なった者が落ちるこの地獄で。

 この処の鬼となる事は、この者の思いに釣り合うというのだろうか。



「生きる糧など与えない」

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