第23話 拓落
「冥府の番人、死神。その名は、閻王そのものであると知れ」
羽矢さんの足が歩を進めると、獄卒たちが左右に散り、道を開けた。
まるで閻王の声のように、強く、重さを持って響いた声とその言葉、そして獄卒たちの様子に、僕は驚く。
蓮が羽矢さんの隣に並び、共に歩を進めて行く。
獄卒たちが二人の背後に、従うように着いて行く事に、僕は更に驚いた。
二人が向かうは、黒僧の元だった。
黒僧から離れずにいた獄卒が、執拗に責苦を与え続けている。
「下がれ」
羽矢さんの声に振り向いた獄卒だったが、直ぐに黒僧へと向き直ると、黒僧の首元を掴み上げた。
「聞こえなかったか?」
低く、静かにも、圧を感じさせる羽矢さんの声に、背後にいる獄卒たちが騒めき始めたが、黒僧を掴み上げる獄卒だけは聞く耳を持たないようだった。
その様を眺める当主様が、ふふっと笑みを漏らすと、困ったようにこう言った。
「どの界に於いても、手を焼く者がいるものだ」
「殆どの獄卒が羽矢さんに従っているというのに……あの獄卒は従わないという事ですか……?」
僕の言葉に当主様は、僕を振り向いて、少し悲しげな笑みを見せた。
「依」
「はい」
当主様は、従わない獄卒へと目線を戻して言った。
「人が鬼になる事もあるんだよ」
「あ……」
……そうだ。
尸解に失敗した者は、神になる事は出来ず、鬼に変わる。
以前に蓮が言っていた。
『足掻けば足掻く程、失敗すると、誰か教えてやらなかったのかよ。誰もが神になれると思うなよ?』
そして、蓮の言葉に羽矢さんは、こう答えていた。
『失敗したら失敗したで、それでも自身の価値に敵うんだろーが』
……自身の価値に敵う。
神になれなくとも、鬼にはなれる。
それはまた、違う意味での理想となる……。
尸解出来たとしても、まだ生きている状態から尸解するのと、死してから尸解するのとでは格が違うという。
生きているのか、死んでいるのか……尸解した時の状態がどうであったのかという事……。
そして……天といえども、天は欲界だ。その寿命が尽きれば、転生し、地獄にも落ちる事があるのだから。
羽矢さんの言葉に耳を貸さない獄卒に、蓮の手が動きを見せる。
黒僧の身を貪るように喰らいついている獄卒へと向かって、蓮の指が向いた。
パチンと蓮の指が弾かれ、バリッと稲光のような光が走り、獄卒に絡んだ。
呻き声をあげる獄卒は、苦しさからか、黒僧を掴む手を離し、身に絡みつく光を払おうと踠き出す。
バリバリと全身を掻き毟る音が、次第に静かになってくると、獄卒の姿が人の姿と変わっていた。亡者ではあるが、それでも人の姿に戻ったといった方がいいのだろう。
蓮と羽矢さんが、その人の姿に近づいた。
亡者は、二人が近づいても目線を向ける事なく、地に伏せ、頭を抱えながらブツブツと同じ言葉を繰り返していた。
「神も仏もあるものか……人が人に与え、与えられたものを人が奪う。欲するものを手にすれば、そこに向いた羨望は怨みに変わる……欲界に於いての懇願など、当然、欲で成り立つもの……神も仏も……ただ信じろというだけで……」
……これは……。
怨めしく流れる声に、体が震える。
黒僧に執拗に責苦を与えていた事も。
廃仏を行なった者が落ちるこの地獄で。
この処の鬼となる事は、この者の思いに釣り合うというのだろうか。
「生きる糧など与えない」




