第21話 当来
僕たちの方へと目線を向け、回向はニヤリと意味を含んだ笑みを見せた。
再度、力強く構える檜扇を大きく振り上げ、炎の勢いを強める風を巻き起こす。
風に煽られる炎は気泡を包み、それ以上、蘇る事なく、光を弾けさせて天に昇るように消えていった。
……凄い……あれ程の数をたった一人で……。
大きな動きを見せる回向とは逆に、明鏡は救いを求める手に絡まれながら、静かに目を閉じ続けていた。
大蛇の背に乗ったままの住職は、その様を静観するようにじっと見下ろしている。
当主様もまた、この状況を見守っているようだった。
「……おい……羽矢」
暫くの間、回向と明鏡の様子を見守るように見つめていたが、蓮が口を開いた。
羽矢さんは、ちらりと蓮に目を向けると、目線を戻して言葉を返す。
「……何を……与えたか、か。蓮」
「……ああ」
蓮の頷きに羽矢さんは、深く息をついた。
蓮は、少し翳りを見せる羽矢さんを横目に、言葉を続けた。
「閻王は……功徳を以てして清浄にしてみせよ……と言っていたよな」
「そう……だな」
羽矢さんの目が、再度、蓮へと動く。また直ぐに目線を回向たちの方へ戻すと、呟くように静かに答える。
「だが、蓮……『聖王』になると誓願したのは弥勒じゃない。弥勒は記別を受けているんだからな……それならば当然、王ではなく、仏になるというのが誓願だ」
「過去仏でもなく、現在仏でもなく、当来仏ね……成程」
蓮は、ふっと笑みを漏らすと、羽矢さんに答えた。
「それならば、既に『菩薩』じゃなくて、『如来』という訳か」
『弥勒菩薩』ではなく、『弥勒如来』……か。
「そういう事。だが……蓮」
「ああ、羽矢」
蓮と羽矢さんの足が、一歩前に出た。
それというのも、回向と明鏡へと救いを求めて集まる亡者の中で、どちらにも向かわず、獄卒の責苦を受け続ける亡者があったからだろう。
それを見る僕は、ぞくっと体を震わせた。
ああ……そうだ、ここは……。
廃仏を行なった者が落ちる地獄。
「弥勒っ……!!」
回向が明鏡をそう呼び叫んだ。
だが、明鏡はその場に坐すと、膝上で手を組み、目を閉じた。
その口元は、感情を抑えるようにも固く閉じてはいたが、震えが見える。
救いを求める亡者は後を絶たず、それは意図でもあったのか、回向と明鏡へと向かう亡者は群れとなり、救いを求めない亡者へと手を伸ばす事が出来なくなった。
神祇伯も檜扇を手にするが、群れとなった亡者は我れ先にと救いを求め、伸ばされる手が他への救いを阻み、状況が乱れ始めた。
「……父上」
蓮の呼び声に当主様は、静かに頷く。
羽矢さんは、了承を求めるように住職へと目を向け、住職も当主様と同じに頷きを見せた。
「行くぞ……蓮」
「ああ」
蓮と羽矢さんは、強く地を蹴り、中へと向かっていく。
不安になる僕の足も、二人を追おうとしたが、当主様の手がそっと肩に乗る。
「……当主様」
僕は、当主様を振り向く。
当主様は、蓮と羽矢さんに任せておきなさいと言うように、穏やかに笑みを見せた。
頷く僕は、中へと向かって行った蓮と羽矢さんを目で追った。
救いを求めない亡者……。
地に沈めば、再び蘇り、責苦を受ける。
その様に僕は、息を飲んだ。
多くの亡者が回向と明鏡に向かった為に、その責苦を一身に受けている。
まるで、全ての罪を一人で背負うかのように。
その亡者は……。
……黒僧だった。




