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処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第三章 内と外
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第21話 当来

 僕たちの方へと目線を向け、回向はニヤリと意味を含んだ笑みを見せた。

 再度、力強く構える檜扇を大きく振り上げ、炎の勢いを強める風を巻き起こす。

 風に煽られる炎は気泡を包み、それ以上、蘇る事なく、光を弾けさせて天に昇るように消えていった。


 ……凄い……あれ程の数をたった一人で……。


 大きな動きを見せる回向とは逆に、明鏡は救いを求める手に絡まれながら、静かに目を閉じ続けていた。


 大蛇の背に乗ったままの住職は、その様を静観するようにじっと見下ろしている。

 当主様もまた、この状況を見守っているようだった。



「……おい……羽矢」

 暫くの間、回向と明鏡の様子を見守るように見つめていたが、蓮が口を開いた。

 羽矢さんは、ちらりと蓮に目を向けると、目線を戻して言葉を返す。

「……何を……与えたか、か。蓮」

「……ああ」

 蓮の頷きに羽矢さんは、深く息をついた。

 蓮は、少し翳りを見せる羽矢さんを横目に、言葉を続けた。


「閻王は……功徳を以てして清浄(しょうじょう)にしてみせよ……と言っていたよな」

「そう……だな」

 羽矢さんの目が、再度、蓮へと動く。また直ぐに目線を回向たちの方へ戻すと、呟くように静かに答える。


「だが、蓮……『聖王』になると誓願したのは弥勒じゃない。弥勒は記別を受けているんだからな……それならば当然、王ではなく、仏になるというのが誓願だ」

「過去仏でもなく、現在仏でもなく、当来仏ね……成程」

 蓮は、ふっと笑みを漏らすと、羽矢さんに答えた。


()()()()()、既に『菩薩』じゃなくて、『如来』という訳か」


『弥勒菩薩』ではなく、『弥勒如来』……か。


「そういう事。だが……蓮」

「ああ、羽矢」

 蓮と羽矢さんの足が、一歩前に出た。

 それというのも、回向と明鏡へと救いを求めて集まる亡者の中で、どちらにも向かわず、獄卒の責苦を受け続ける亡者があったからだろう。

 それを見る僕は、ぞくっと体を震わせた。


 ああ……そうだ、ここは……。

 廃仏を行なった者が落ちる地獄。



「弥勒っ……!!」

 回向が明鏡をそう呼び叫んだ。

 だが、明鏡はその場に坐すと、膝上で手を組み、目を閉じた。

 その口元は、感情を抑えるようにも固く閉じてはいたが、震えが見える。


 救いを求める亡者は後を絶たず、それは意図でもあったのか、回向と明鏡へと向かう亡者は群れとなり、救いを求めない亡者へと手を伸ばす事が出来なくなった。

 神祇伯も檜扇を手にするが、群れとなった亡者は我れ先にと救いを求め、伸ばされる手が他への救いを阻み、状況が乱れ始めた。


「……父上」

 蓮の呼び声に当主様は、静かに頷く。

 羽矢さんは、了承を求めるように住職へと目を向け、住職も当主様と同じに頷きを見せた。

「行くぞ……蓮」

「ああ」

 蓮と羽矢さんは、強く地を蹴り、中へと向かっていく。

 不安になる僕の足も、二人を追おうとしたが、当主様の手がそっと肩に乗る。

「……当主様」

 僕は、当主様を振り向く。

 当主様は、蓮と羽矢さんに任せておきなさいと言うように、穏やかに笑みを見せた。

 頷く僕は、中へと向かって行った蓮と羽矢さんを目で追った。



 救いを求めない亡者……。

 地に沈めば、再び蘇り、責苦を受ける。

 その様に僕は、息を飲んだ。


 多くの亡者が回向と明鏡に向かった為に、その責苦を一身に受けている。

 まるで、全ての罪を一人で背負うかのように。

 その亡者は……。



 ……黒僧だった。

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