第17話 等活
うっすらとも赤い光が、ゆらりゆらりと揺れながら、神祇伯たちが進める歩の速度と並ぶ。
まるで……葬列が始まったかのように。
高宮と明鏡が同じ位置に並んだところで、それぞれの足が止まった。
互いに連なっていた光が大きく膨らむように円を作り、互いに溶け込んでいく。
その瞬間に火花が散り、激しく燃え上がる。
真っ赤に染まった空間に、思うものは一つだけで。
それは……。
笑みを交えた閻王の声だけが、はっきり示される事に、思った言葉を浮き上がらせる。
「往生を説かぬものに解脱は得られぬ。各々の持つべくして持つその方便……如何にして聖意を得るか、得られるか、明らかなる処で挑んでみるがよい」
……地獄に落ちた……という事だ。
この地獄の様を俯瞰的にも見ているのは、僕と蓮と当主様だけで、羽矢さんたちの姿はなかった。
耳を貫くような叫び声が、四方八方から響いている。
苦痛を訴える叫びと共に、相手を詰る声も聞こえていた。
真っ赤に染まった空間が、そこで何が起こっているのかを映し出し始めた。
……鬼が責苦を与えているのかと思っていた。
人が人を傷つけ、その血肉を喰らい、骨となっていく。
目を背けたくなる程の凄惨な光景であったが、人が人を殺すという事は、下界に於いても起こり得ている事だ。
それがこの地獄でも同じように行われている事が、応報を頷かせる、現実そのものを映し出しているようだ。
互いに互いを苦しめ、その身にあるもの全てを奪う。身も……心もだ。
だが……。
骨となれば、地を殴りつけるように叩く音が響き渡り、地を震わせ、骨と成り果てていようとも、土に還る事など許されず、再び人という形を蘇らせる。
……その繰り返しだ。
何度も、何度も。
苦しむ為だけに、その処に生まれ、その処に於いて死を迫られる。
その身を切り刻まれ、焼かれ、更には骨さえも砕かれ、粉々に散ろうとも、苦しみから逃れる事など出来はせず、自業自得の果を植え付ける。
……これが……地獄。
逃げ道などない。木も、土も、空気でさえも、この空間にあるもの全てが、苦痛を与える為だけに存在している。
炎に身を焼かれれば、水を求めて河へと走るが、水はその身を冷やす事なく溶岩と変化し、浸かった身は骨までも溶かした。
救いを求めても、求めたものに悉く裏切られていく……。
熱を帯びた風が燃え上がる炎を揺らし、人の形を映し出した。
羽矢さんたちが救済に現れたのかと思った。
そう思ったのも、その人の姿は、炎に身を焼かれる事もなく、その姿に救いを求めるように亡者が集まり始めたからだ。
「自業の網に繫縛せられたるなり。人能く汝を救うものなし。大海の中にして、ただ一掬の水を取らんに、この苦は一掬の如く、後の苦は大海の如し」
終わる事のない苦しみを表している文言が流れ、その声を聞く当主様の息遣いに変化がみられた。
「……父上」
当主様の様子を察する蓮は、懐に忍ばせている符へと手を伸ばした。
「……いや、待ちなさい」
蓮の動きを当主様が止める。
「蓮……羽矢から聞いた事はなかったか」
当主様は、燃え盛る炎を見つめながら、そう蓮に訊いた。
「地獄の様相……ですか」
蓮の言葉に当主様は、静かに頷く。
「ふふ……閻王も傍目の悪い事を……」
困ったようにも笑う当主様は、余裕を感じさせるが……。
目の前に広がる光景は変わる事なく、救いのない酷たらしい光景が続いている。
「この様では仕方がない……」
え……当主様……。
当主様の指が動きを見せる。蓮が僕を支えるように、両手でグッと体を掴んだ。
「蓮」
当主様の呼び声に蓮は、はっきりと答える。
「問題ありません」
「ならば……」
続けられた当主様の言葉は、先程、聞こえてきた言葉に返答するようだった。
「この苦は一掬の如く……後の苦は大海にあらば、この処の底根の底まで見るに能う厭離穢土……」
当主様はクスリと笑みを漏らすと、指で空を切る。そして、その指が地を差すようにゆっくりと下りた。
「……依……しっかり掴まっていろよ」
僅かに緊張を見せる蓮。僕は、ただ頷く。
地割れの響きが空間を震わせ、体が地に沈んでいくような重圧を感じさせる。
当主様の声が、重くも静かに流れた。
「その最底の処まで……落とせ」




