表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処の境界 拮抗篇  作者: 成橋 阿樹
第三章 内と外
110/181

第17話 等活

 うっすらとも赤い光が、ゆらりゆらりと揺れながら、神祇伯たちが進める歩の速度と並ぶ。

 まるで……葬列が始まったかのように。


 高宮と明鏡が同じ位置に並んだところで、それぞれの足が止まった。

 互いに連なっていた光が大きく膨らむように円を作り、互いに溶け込んでいく。

 その瞬間に火花が散り、激しく燃え上がる。

 真っ赤に染まった空間に、思うものは一つだけで。

 それは……。


 笑みを交えた閻王の声だけが、はっきり示される事に、思った言葉を浮き上がらせる。

「往生を説かぬものに解脱は得られぬ。各々の持つべくして持つその方便……如何にして聖意(しょうい)を得るか、得られるか、明らかなる処で挑んでみるがよい」



 ……地獄に落ちた……という事だ。


 この地獄の様を俯瞰的にも見ているのは、僕と蓮と当主様だけで、羽矢さんたちの姿はなかった。


 耳を貫くような叫び声が、四方八方から響いている。

 苦痛を訴える叫びと共に、相手を(なじ)る声も聞こえていた。

 真っ赤に染まった空間が、そこで何が起こっているのかを映し出し始めた。


 ……鬼が責苦を与えているのかと思っていた。


 人が人を傷つけ、その血肉を喰らい、骨となっていく。

 目を背けたくなる程の凄惨な光景であったが、人が人を殺すという事は、下界に於いても起こり得ている事だ。

 それがこの地獄でも同じように行われている事が、応報を頷かせる、現実そのものを映し出しているようだ。

 互いに互いを苦しめ、その身にあるもの全てを奪う。身も……心もだ。

 だが……。

 骨となれば、地を殴りつけるように叩く音が響き渡り、地を震わせ、骨と成り果てていようとも、土に還る事など許されず、再び人という形を蘇らせる。

 ……その繰り返しだ。

 何度も、何度も。

 苦しむ為だけに、その処に生まれ、その処に於いて死を迫られる。

 その身を切り刻まれ、焼かれ、更には骨さえも砕かれ、粉々に散ろうとも、苦しみから逃れる事など出来はせず、自業自得の果を植え付ける。


 ……これが……地獄。


 逃げ道などない。木も、土も、空気でさえも、この空間にあるもの全てが、苦痛を与える為だけに存在している。

 炎に身を焼かれれば、水を求めて河へと走るが、水はその身を冷やす事なく溶岩と変化し、浸かった身は骨までも溶かした。

 救いを求めても、求めたものに(ことごと)く裏切られていく……。



 熱を帯びた風が燃え上がる炎を揺らし、人の形を映し出した。

 羽矢さんたちが救済に現れたのかと思った。

 そう思ったのも、その人の姿は、炎に身を焼かれる事もなく、その姿に救いを求めるように亡者が集まり始めたからだ。



「自業の網に繫縛(けばく)せられたるなり。人()く汝を救うものなし。大海の中にして、ただ一掬(ひときく)の水を取らんに、この苦は一掬の如く、(のち)の苦は大海の如し」


 終わる事のない苦しみを表している文言が流れ、その声を聞く当主様の息遣いに変化がみられた。

「……父上」

 当主様の様子を察する蓮は、懐に忍ばせている符へと手を伸ばした。

「……いや、待ちなさい」

 蓮の動きを当主様が止める。

「蓮……羽矢から聞いた事はなかったか」

 当主様は、燃え盛る炎を見つめながら、そう蓮に訊いた。

「地獄の様相……ですか」

 蓮の言葉に当主様は、静かに頷く。

「ふふ……閻王も傍目(はため)の悪い事を……」

 困ったようにも笑う当主様は、余裕を感じさせるが……。

 目の前に広がる光景は変わる事なく、救いのない(むご)たらしい光景が続いている。

「この様では仕方がない……」

 え……当主様……。

 当主様の指が動きを見せる。蓮が僕を支えるように、両手でグッと体を掴んだ。


「蓮」

 当主様の呼び声に蓮は、はっきりと答える。

「問題ありません」

「ならば……」

 続けられた当主様の言葉は、先程、聞こえてきた言葉に返答するようだった。

「この苦は一掬の如く……後の苦は大海にあらば、この処の底根の底まで見るに(あた)厭離穢土(えんりえど)……」

 当主様はクスリと笑みを漏らすと、指で空を切る。そして、その指が地を差すようにゆっくりと下りた。



「……依……しっかり掴まっていろよ」

 僅かに緊張を見せる蓮。僕は、ただ頷く。


 地割れの響きが空間を震わせ、体が地に沈んでいくような重圧を感じさせる。


 当主様の声が、重くも静かに流れた。



「その最底の処まで……()()()

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ