第13話 法諱
羽矢さんと黒僧が、真っ直ぐに向き合う中、張り詰めるような空気感が緊張を呼んだ。
黒僧をじっと見据える羽矢さんの言葉が、ゆっくりと静かに流れる。
「諡号は死後に贈られる、生前の事績への評価に基づく名……諱は深くは実名を指す。危うく見落とすところだったよ……それが生前のものであったのか、死後のものであったのか、判別するに惑わされた。確かに諡号はあんたが贈った訳ではない。だが、法名だったらどうだ? その中に諱を入れるとは、流石は『黒僧』と呼ばれただけの事はある。ああ……いや、『国師』……だったな」
羽矢さんの言葉に、黒僧は苦笑を漏らした。
「ふふ……『国師』……か」
そう呟いた黒僧の目が住職へと向いた。
住職は、少しの表情の動きもなく、向けられた目線を受け止めている。
その様子に、僕は気づいた。
あの時の羽矢さんの言葉……その口調に不安を感じたのは僕だけではなかった……。
『ご存知ですよね……? 住職』
羽矢さんと住職の間に流れた、息を飲む程に、緊張感を持った空気。
見合う羽矢さんと住職の間に、蓮さえも入る事は出来なかった。
僕の目線が蓮へと動く。
蓮は、羽矢さんを見つめながら、クスリと小さく笑い、呟いた。
「成程。あいつ……この時を待っていたか」
僕を振り向く蓮は、笑みを見せながらこう言葉を続けた。
「あの時の様子からして、妙だとも思っていたが……危うくなどとは言ってはいるが、羽矢が見落とすはずがないからな」
「ええ。そうですね」
少し間が開き、羽矢さんの言葉が再度、流れ始めた。
「紫衣を纏うは高僧である証。黒僧と呼ばれる程になったのは、国主に代わってまでの統制を敷く事が出来る、言わば策士といったところか……。それ程までの力を得る事が出来たのも、鎮護国家の名の下だろう? 仏教布教にあたり、元々は『国家仏教』を推進していた時を過ぎたのも、国主は神も同然と、王政を目指した『国家神道』……仏教者の力が国主の力よりも上回っていたという、何よりの証になるんだからな。そうでなければ国を軸に、仏も神も国と名を置いてまで、強調する理由がないだろう?」
「確かに……同意だな」
黒僧は、そっと目を伏せ、静かに頷いた。
「諱……だが、これが法諱となると、出家する前の俗名は捨て去り、出家した後の新たな名となる。つまりは法名……当然、これは生前に於いての名だ」
そう言うと羽矢さんは、明鏡に目線を変えると、言葉を続けた。
続けられた羽矢さんの言葉を聞く僕は、深く納得する。
だから……前聖王が本当の『師』だと……。
明鏡は、憮然とした顔を見せてはいたが、気づかれる事を期待した上で口にした事だろう。
羽矢さんの言葉を聞きながら、僕と蓮は目線を合わせ、笑みを交わす。
「ほらな? 言った通りだろう? 羽矢が見落とす事など、一つもない」
「はい」
「紫水 明鏡……紫水を姓とは言っても、それは字……前聖王が僧侶であった時に与えられたなら、それは法字だ。法字を姓とし、法名を名とする……そしてそれは、禅僧であるという事を示している。法字と法名で姓名とするのは、禅僧だけだからな。『例え、その色を変えても』……か。まあ……そういう事で、始めから気づいていたけどな?」
そう言って羽矢さんは、クスリと笑みを見せた。




