第7話 簡明
「誓によって生まれた……猶子なのですから」
……猶子……。
明鏡と重ねられるような当主様の言葉。後ろ姿しか見る事が出来ず、その表情は分からなかったが、黒僧の様子が変わったように感じた。
当主様は、黒僧をじっと見つめ、反応を窺いながら言葉を待っている。
だが、待っていても言葉が返ってくる様子はなかった。
当主様の目線が住職へと動き、合図を送るように眴をする。
住職の足が歩を踏み始め、閻王の元へと向かい始めた。
当主様は、黒僧の言葉の返りのない事に、自身の言葉を先にする。
「救済の術は時期に託すと……」
当主様の言葉が流れる中、住職は黒僧の脇を過ぎる際に一度、足を止め、黒僧に頭を下げると閻王の元へと向かって行く。
黒僧は、自身の脇を過ぎて行く住職を、目で追っているようだった。
当主様の声がはっきりと流れる。
「奎迦の力を頼る事により、その時を待つ事に致しました」
その言葉に、口を閉ざしていた黒僧が、ようやく口を開く。
「……地蔵菩薩……か」
口にしたくなさそうにも、重さをもって流れたその声に、当主様の声が穏やかに返される。
「ご存知でしたか」
当主様はそう答え、にっこりと笑みを見せた。
当主様のその様子に回向が呟く。
「……総代……この時までをも踏まえていたのか……」
「父上だけじゃない。住職も……神祇伯もだ。それに回向……お前、父上に答えただろ。『生きとし生けるもの全てを害したとしても、害した事が『因』であり、『我』ではなく、その因によって全ての界を流転する。因を調伏して滅せれば……』ってな」
「……ああ……そうだな。それは……親父が俺に教えてくれた事だからな……」
「だから……父上は、お前の頼みを断ったんだ」
回向は、ゆっくりと蓮を振り向いた。
「回向……お前自身が、その道を選んだんだろう? その教えを差し置き、他門の方が上だとでも思ったか?」
そう言って蓮は、揶揄うようにもニヤリと笑みを見せる。
「なにをまた馬鹿な事を……」
回向は、呆れた顔をしてそう答えた。
「まあ……上かどうかはさて置き……」
蓮は、羽矢さんを真っ直ぐに見ながら言葉を続けた。
「羽矢と違って俺は、理解が容易に出来るような、門を設けてはいないからな」
蓮の言葉に回向は、ふっと笑みを漏らして答える。
「『秘密』……か」
「ああ、秘密だ」
「理解出来る者しか理解させない、危険なもの……だろう?」
回向の言葉に蓮は、クスリと笑った。そして、深く息をつくと、言葉を続ける。
「一つも漏らす事なく、全て……浄界へと導く為の門は、閻王の審理さえも担う……か。その『方便』は、誰もが理解可能な寛大な導きだ。当の本人の頭の中には、数え切れない程の文字が詰まっているというのにな」
「それは、お前だって同じだろう、紫条」
「はは……羽矢と俺の明らかに違うものは……」
閻王の隣に立つ羽矢さんに目線を向けながら、淡々とした口調で話す蓮。
蓮が背負うものが、どれ程までに大きなものかを深く思う。
「俺の持つ術に、理解は不要……必要とされるのは、事物に対する吉凶と、祓う、鎮めるの禍い回避の可否だ。周囲が望むものは、術に関する理解よりも、吉と転ずる結果のみだからな……」
「ふん……お前らしいじゃないか」
「なんだよ? それ」
「はは。絶対に勝ちを譲らないお前には、結果こそ重視される術が性に合ってるだろ。負ける事を知ろうとしない、いや、負けるという言葉などない実力重視の処……。違う事などない。お前だって羽矢と同じだ」
その言葉に蓮は、苦笑を漏らしていたが、回向はこう続けた。
「結果だけが全てでも、生きとし生けるもの、全てを救うという事に繋がっているんだからな」
蓮は、少し驚いたような顔を見せ、回向を振り向いたが、回向は、素直に吐き出した自分の言葉に照れ臭くなったのか、蓮と目線を合わせる事なく、羽矢さんへと目を向けている。
そんな回向の様子に、蓮はクスッと笑った。




