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しらないひと  作者: 近衛モモ
3/3

死別る

 

「もしも、このおまじないが危険だと感じた場合は、用意しておいた塩水を息継ぎをせずに一気に飲み干してください。塩分が強い結界を張ります。


 それから喚び出してしまった生霊の人物の名前を呼び、お帰りくださいと三回唱えましょう。」


 声に出して早口に読み上げた。

 もう隠れている場所は須藤さんに気付かれているだろう。

 見つかってしまった状態に等しい。それでもいい。終わりにしたい。今すぐ辞めたい。

 軽はずみに手を出さなければ良かった!

 おまじないは、本物なのだ。

(塩水を飲んで…!)

 大急ぎでコップを口に運ぶ。勢いが強すぎて、コップのフチが歯に当たった。


 ガチッ


 と強烈な音がする。かなり痛い。前歯が欠けたかもしれない。

 それでもいい。十叶は体育の授業の後みたいに、コップの水をゴクゴクと音をたてて飲み干した。

 本に書いてあった通りだ。息継ぎをせずに、イッキ飲みをした。

「ぶあっ…はあっ…す、須藤さん、お帰りください!」

 大きな声が出た。

 それも、クローゼットの中はやたらに声が響く。

 自分でも吃驚するような大声で、十叶は本に書いてある呪文を唱えた。頭の中は真っ白だ。

 ただ、急がなければ命に関わると、心から思った。これはもう、遊びではないと。

「須藤さん、お帰りください!」

 自分の声が震えているのを、どこか遠くで聴いているような。妙な感じだ。

「須藤さん、おっ…」

 クローゼットの中は狭いので、ふいに扉が開くと、外にごろんと転がり出てしまう。

 扉が空いた。クローゼットの。

 この瞬間だけ、世界の動きがゆっくりになるような感覚がする。一瞬のことなので、見えるはずはないのだが、クローゼットの扉が開かれる瞬間をゆっくりとした映像で見たような気がした。

 月光で明かりを取ろうと、扉に体重を預けていたので、その扉が開くと支えを失い転げ出てしまう。

 ゴロン。

(……あ!)

 と思った時には絨毯の上に寝転がっていた。無意識でよくわからないが足を動かしたようで、それをたった今まで隠れていたクローゼットにぶつけたようで、また痛みが走る。

(痛っ!)

 と思う、ここまでの流れがコンマ数秒だ。


『すぎなみ とうか…。』


 ゆらーりとゆっくり動く影。それはまるで天井からぶら下がっているかのような角度で、床に転がった十叶を見下ろしていた。

 くまのぬいぐるみ、ではない。

 人だ。人。

 長い髪をだらっと顔の前に垂らした女。長ーいワンピースのような、ひとつながりの服を着ているようだ。

 ノースリーブ。細い腕は肩から剥き出しで、スカートの下から本来出ているはずの足はない。


 思考が停止している。脳の処理が止まっている。今、この瞬間、言葉は一言も出てこない。


「誰…?」

 ようやく溢れた十叶の声は、掠れていた。声になっていない声だ。

 部屋が乾燥しているわけでもないのに喉がカラカラで、言葉が出ないほど固まっていたはずの脳が、無責任に一つの答えを打ち出した。

「須藤さんじゃないのぉ…?」

 カサカサの声。ほとんど、音として出ていない声。


 そもそも、おまじないが成功するという保証はないのだ。


 これは恋のライバルを生霊として呼び出して、その状態で間接的に恋のライバルを攻撃するおまじないで。

 邪魔物を蹴落として恋を成就させようとするおまじないで。

 そのおまじないが載っていた本は市販の物で。そのおまじないを実践した十叶はどこにでもいる普通の女の子だ。

 漫画でよくある霊力だとか魔力だとか、そういった類いのものは何一つ持っていない。

 有り合わせの道具でチャチャッと始めたおまじないの儀式で、そのあたりにいる悪意を持った浮幽霊が、気分を害して橫入りしてくることなど、珍しくともなんともない。


 十叶は、何から隠れていた?

 誰とかくれんぼをしていた?


 答えは全然、知らない人だ。


「おか、と、おかえりくだしゃ…」

 涙が出ているらしい。泣いているらしい。怖いから泣く、くらいの筋の通ったことが出来るだけの理性はあるようだ。

 しかし、誰だか知らない人なので、当然だが名前も知らない。


『見ーつけた。』


 自分の視界に覆い被さっている女の顔が、全然知らない誰かの顔が、そう言ってにやりと笑ったのが見えた。

 真っ赤な唇に、不揃いな歯だ。

 それが結局誰だったのか、この先も分かることは無かった。



 杉並十叶は中学生の女の子だ。

 お喋りと、コスメが好きだ。最近はスタイルも良くなって、痩せたというより、やつれてきている。

 中学生なのに色付きのリップを使っているので、学年内では目立っていて、先生に注意されることもしばしばだ。

 本人は至って毎日愉しげだが、とても健康的には見えない顔色を、周囲の友達は心配している。

「杉並さんてさ、そんな感じだったっけ? 前の方が良かったよ。なんか、おとなしいけどさ、礼儀正しくて、可愛い感じだったの、覚えてる…。」

 ふいに誰かがそんな事を言った。隣のクラスの須藤さんだ。

 十叶は話した事もない生徒で、話しかけられた理由もわからない。

「あははははは。」

 ただ、毎日が愉しい。恋はまだしていない。


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