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しらないひと  作者: 近衛モモ
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出会う


 用意するものは、お気に入りのぬいぐるみと、ペーパーナイフ、角砂糖に塩水だけ。

「これだけで本当に恋が叶うのかなぁ?」

 書店で購入したばかりのおまじないの本を開いて、十叶は呟いた。

 中学に上がり、クラス内でも誰が誰を好きといった話は、よく耳にするようになってきた。

 隣のクラスであまり話したこともないが、十叶にも気になる男の子がいる。将棋部の中村くんだ。

 同じ小学校で、六年生の時は同じクラスだった。明るく仲間思いの性格で、人見知りで本の虫の十叶とは正反対の人物だ。

「全く取り柄も魅力も無い私と、学年一人気の中村くん。まぁ結果は見えているけど、近づきたいって思うくらいは自由だよね…?」

 開いている本のページには、恋が叶うおまじないと大きく書かれている。恋の叶え方にも色々とあるようだが、 親にもばれないように内密に準備できるものは限られている。

 ぬいぐるみや塩水といった、家にあるもので用意できるおまじないは、このページにあるものだけだ。

「恋のおまじないをしているなんて恥ずかしいし、誰にも知られなくて良かった。」

 朝まで誰も入って来ないように、部屋の鍵をかけておく。時刻は夜の十時。

 本に書いてある通り、部屋の真ん中にローテーブルを置き、そこに用意した道具を並べた。

「ええっと。なになに…。まずはぬいぐるみに自分の名前と、好きな相手を教えます…? ええっ? 結構恥ずかしいことするなー。」

 用意したのは、幼稚園の頃から大切にしているくまのぬいぐるみだ。今は亡き祖父からの贈り物でもある。

 コホンと咳払いして、十叶は慎重に口を開いた。

「私の名前は杉並十叶。隣のクラスの中村喜一くんが、少しいいなって思ってます。…うひゃあ、恥ずかしい~。」

 誰もいない部屋なのはわかっているのだが、一気に照れ臭さが顔まで上がってくる。

「顔が熱いよぅー。」

 言いながら手でパタパタ扇いで顔を冷ましつつ、十叶は本の続きを読む。

「はい、次、次! その恋の障害となりそうな人物を思い浮かべます。うーん…誰だろう…。」

 中村くんは、同じ将棋部の橋田くんと仲がいい。二人は学校でいつも一緒だ。

 恋のライバルにはならないが、中村くんが十叶と過ごす時間は、彼がいる限り作れそうにない。

「橋田くんが邪魔だなぁ…。でも、二人は友達なんだし、恋の障害っていうのとは違うかも。」

 上手くすれば協力者になる可能性もあると、目敏いことを考えた。

「それよりは須藤さんかな。彼女、中村くんの事が好きみたいだし。」

 須藤さんというのは、こちらも十叶の隣のクラスの生徒で、明るい髪色にポップな小物やアクセを多目にぶら下げている女子生徒だ。

 派手目なグループの中心的存在に君臨している。以前、廊下で掃除中にぶつかってしまい、十叶は慌てて謝ったのだが、声が小さく届かなかったようで、

「なに? ぶつかっておいて無視? 無いわ。」

 と誤解されてしまってから、十叶は少し彼女が苦手だ。

 いや、自分しかいない部屋でまでお上品に自分の心を偽るのはよそう。十叶は須藤さんが大嫌いだ。

 何度か中村くんと話しているのも見たことがあるし、彼女に友達がたくさんいるのもわかっている。世間的には十叶のような消極的な人間より、彼女のような積極性が評価されることも。だから嫌いだ。

 十叶にとって須藤さんは、自分よりも優れていて、世間的に評価を受ける側の、感じの悪い女なのだ。

「思い浮かべた。」

 嫌々、思い浮かべました。

「思い浮かべた人物の名前の文字数と、同じ数の角砂糖を、ぬいぐるみのお腹の中に入れます…。ええ…。大切にしているぬいぐるみだけど、仕方ない。」

 スドウマイで五文字。

 十叶はぬいぐるみのくまに謝ってから、ペーパーナイフでお腹を裂き、そこに角砂糖を五個詰めた。

 裂いたところからこぼれてこないように、中綿の奥へと指でグイグイ詰め込む。

 その間くまのぬいぐるみは、うらめしそうに十叶を見上げていた。

「最後に思い浮かべた人物の名前でぬいぐるみを呼び、かくれんぼしましょうと呼び掛けたら、準備完了です。部屋の電気を消して、どこかへ隠れましょう、か…。」

 残ったアイテムであるコップの塩水と、おまじないの本を持ち、十叶は立ち上がった。

「須藤さん、かくれんぼしましょう?」

 それから、部屋の電気を消すと、クローゼットの中へ隠れる。


 杉並十叶の恋を叶えるための、おまじないが始まった。

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