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混乱の生誕祭

 ──ファーミット当日。


 今日は国境付近の地域を除いて、王国全土が熱気と笑顔に包まれる日。

 当然のことながら、ヴァング・イリューシェン王国の首都である王都もいつも以上の活気に満ち溢れ、それは普段は家に籠っているような人間であっても、外に出て踊り狂う程であった。


 天界教の聖典には、3000年前のこの日、主神グドリレートが虚空より天の世界に生まれ落ちたと記されている。

 グドリレートは生まれ落ちて2日後には言葉を話し、自身の両親や子供達を一晩で作り出したとされている。

 そしてその子供達が下界と上等界、そして生命を生み出した。


 簡単に言ってしまえば創造主である。

 そしてその創造主の生誕を祝うのがファーミットである。


 人々が優れた文明や倫理観を手にする以前は、夕刻に長男や長女を生贄として捧げることで神の生誕を祝っていたというが、王国ではとうにその習慣は廃された。


 子供の代わりに花を捧げ、屋台で買い物をし、パレードを見物することで、生誕を祝うようになったのである。


 今年も例に漏れず、王都の街道は人々が埋め尽くし、所狭しと出店が並び、商人や客の威勢の良い声が飛び交っている。


 荒くれ者の冒険者達もこの日は無邪気な少年に戻り、やんややんやと騒いでいる。

 警備に当たる警官達も、どこか浮かれ気味であった。


 家々は横断幕や花で飾りつけられ、まさにお祭り状態。

 あちこちで風船が飛び、クラッカーもパンパン音を立てていた。


 その人混みの中には、トゥピラとゾーリンゲン、そしてニルナのパーティもいた。

 両手に花と食べ歩き用の菓子を抱え、道端に座り込んでいる。


「買い食い最高であります! あむっ!」


「お前なあ……ちょっとは考えて買えよな? ソーセージ10本も買いやがって……。俺達の財布が空になる理由主にお前だからな」


「……嘆息」


 わいわい騒ぐニルナのパーティを見つめながら、スティック飴を齧るゾーリが言った。


 背中にはいつもの斧を背負い、さらに腰にはグラヴァ・ニーツェから譲り受けた魔剣"スレイヴ"を下げていた。


 そんな彼は新しく買い込んだ服を革の鞄に詰め、肩にかけている。


「緑も損してるよなあ。こんな時に日雇いの仕事始めるなんてよ」


「ほんと。別の日にすればいいのに。でもさ、今日は給料いいって言うじゃない? 働き手がほとんど休んじゃう日だし」


「そーなのか?」


 ゾーリンゲンはきょとんと首を傾げる。

 相変わらずおバカな親友に、トゥピラはため息をつくのだった。

 と、綿飴を持ったニルナが話題を変えた。


「まあそれは置いといて、パレードがもうすぐ来るッスよ! 今年も派手にやってくれるか楽しみッス!」


「そうね〜。あ、いつの間に綿飴買ったんだ」


「バカかぺったんこ。こいつが屋台でモノ買えるわきゃねえだろ。どーせそこら辺のガキから奪ったんだろ」


「ちょっと! 何でホントのこと言うんスか!」


 いつもの変わらない様子で、ファーミットを満喫するトゥピラ達であった。




 ★★★★★★




 トゥピラ達がファーミットを満喫しているすぐ近く。


 須郷綾音とミッチャーは建物の陰からその様子を窺っていた。


 彼女らの目的は監視であり、また護衛でもある。

 その対象は、鍵の破片が2つ潜り込んだ少女トゥピラであった。


 鍵の破片を狙う敵は多い。

 そんな状況下で、人の多い街中に出かけた彼女を放っておくわけにはいかないのだ。


 黙って、騒がしい街道を見つめる須郷。


「……」


「グリーンとブルーの怪我も治ってれば、姉御とあたしが動かなくてもよかったのにな。それより、キサオカさん、何してっかねえ」


「どうせコタノス絡みだ。竜の血と炸裂弾を与えた見返りに、何か頼み事でもされたんだろう。護衛か、暗殺か……貴族のやることだ、大体察しがつく」


 嘆息。


 仕方のないこととはいえ、同居人の護衛くらい自分でやってくれと心の中で毒づく須郷であった。




 ★★★★★★




 同刻、メインストリート。


 貴族や軍の高官、王政関係者、来賓の座る席の前を、パレードは通過していた。


 音楽隊と共に行進する軍人、華やかな鎧に身を包んだ王家衛兵隊、愉快な道化師、サーカス団の大きな馬車や飼い慣らされた異形種……。

 (いかめ)しいものからカラフルなもの、思わず笑ってしまうものまで、パレードは多種多様な人ともので構成されている。


 政治に疲れた貴族達にとって、このパレードは至高の娯楽であった。

 道化師を指さしてゲラゲラ笑い、兵士達に拍手を送るこの時間を、彼らがどれだけ待ち望んでいたかは計り知れない。


 コタノス伯爵も例外ではなかった。


 隣に座る同盟国リンドの使者と言葉を交わしながら、パレードを楽しんでいる。


「お招き頂きありがとうございます、コタノス伯爵。やはり王国の国力は素晴らしい。あの観閲行進を見ればわかりますよ」


「そうでしょう、そうでしょう。流石はリンドの使節だ、よくわかっておられる」


 黒い正装を纏ったリンドの使者は、顎髭を撫でながら笑った。


「王国が同盟国であること、リンドにとっても誇りであります」


「国王陛下に挨拶はされたのですか?」


「ええ。より良い関係をこれからも築いていきたいと仰られておりましたよ」


「陛下の言う通りです。やはりあの方は国政をよく見ておられる」


 段々になっている席の1番上に座る国王と大臣達を見上げ、コタノスは微笑む。


 が、その顔はすぐに険しいものになった。

 醜い言葉が耳に届いたからだ。


 パレードを眺める観衆のさらに奥。

 50人程の警官隊が道を封鎖している。


 その道は、プラカードや横断幕を掲げた集団に占拠されていた。

 カードに書かれているのは、『悪権滅殺』や『声を聞かぬ貴族に死を!』など物騒なワードばかり。


 市民団体のブランゴ・ワァル代表の呼びかけに応じたデモ隊だ。

 ファーミットの時期には毎年のように現れ、政治的主張を馬鹿のひとつ覚えのように叫びながら歩き回り、果ては通行人とトラブルを起こして警察に捕まるようなろくでなし連中である。


「戦争反対! 軍拡絶対阻止! 戦争で儲ける貴族と王政を滅ぼせ!」


「他の種族を尊重しなさい! 差別政策を今すぐやめなさい!」


 パレードの音を掻き消すように、喚き立てるデモ隊。


 リンドの使者は露骨に顔をしかめ、コタノスに耳打ちする。


「しかし、いつもに増してうるさくないですか? あのデモ隊……。昨年はもっと大人しかったように感じますが……炸裂弾でも投げてくるんじゃあないですか?」


「ええ、そうかもしれません。ですがご心配なさらず。ここは王国ですよ? 30万の常備軍と優秀な警官隊が、我々を守っているのです」


 それでも、使者の顔から不安の色は消えない。

 コタノスはメガネをクイと押し上げ、続けた。


「それと、私的に契約を結んだボディガードも……」




 ★★★★★★




 ブランゴ・ワァル代表は、民家の2階からデモ隊を見下ろしていた。

 パレードの音楽に被せるように、コタノスの追放と正規軍放棄を叫ぶのは、ワァルに共感する学生や中年層、そして老人達。


 通常の感性を持っているならば、それは迷惑な騒音としか聞こえないものだが、ワァルにとっては勇敢なる戦士達の雄叫びであった。


「……遂に、この時が来た。反戦デモ、基地反対闘争、署名運動……。長きに渡る我々の戦いは、全てこの日のためにあった!」


 これは独り言のつもりだったが、背後で何人かが頷く気配がした。


 振り返ると、待機している数人の男達が目に入る。

 皆、腐った国を滅ぼすという欲求を抱え、革命を夢見る同志だ。


 その中の1人、頭のてっぺんが禿げた小男にワァルは歩み寄ると、右手を差し出した。


「今日までついて来てくれてありがとう、アラン」


「とんでもねえ。あんたは1発でかいことをやってくれると信じてたんだ」


 "闇の武器商人"アラン・エドワーズ。

 元々は紛争地帯を巡る行商人であったが、ワァルの革命思想に共鳴し、大量の武器弾薬を提供した人物。


 彼がいなければ、ワァルの計画は頓挫していただろう。

 新政府を樹立した際は、良い役職を与えてやろうと誓うワァルであった。


「計画をおさらいしよう。まずはデモ隊に騒ぎを起こさせ、観衆や貴族連中の注目を掻っ攫う。そしたら、観衆に紛れ込んでいる頼れる同志が、諸悪の根源コタノス伯爵へ炸裂弾を投げつける。他の貴族を巻き込んで奴が爆死した後は、建物2階から多数の同志が一斉射撃! 権威主義に甘えた愚民を一掃する!」


 同志達は再度首肯する。

 ワァルは満足げに笑い、窓際へ戻った。


 向かい側の建物にいる狙撃手へ合図を送ると、向こうから「準備よし」の指サインが返ってくる。

 それが、ますますワァルの感情を昂らせた。


「よし……よしよしよし!」


「この闇の武器商人アラン・エドワーズ、あんたに賭けて武器を買い叩かれてやったんだ。必ず成功させてくれよ?」


「勿論だとも。革命は我々の悲願だ。俺達で悪しき権力を滅ぼして、偉大な成功者として名を残すのだ! 君も準備したまえ!」


 アランにそう告げると、ワァルは再びデモ隊を見下ろす。


 デモを指揮している学生と目が合う。


 ワァルは迷わず「行動開始」の指サインを送った。




 ★★★★★★




 それは、あまりにも唐突だった。


「行動開始だァァァァッ!」


 突然1人の学生が叫んだかと思えば、先程は座り込んで叫んでいただけのデモ隊が立ち上がり、道を封鎖していた警官隊に襲いかかった。


 隠し持っていた剣やハンマーを振り回し、観衆ひしめく道路に雪崩れ込もうと暴れ回る。


「進め! 革命だ!」


「俺達の力を見せてやれ!」


 笛を鳴らして威嚇する警官隊だったが、デモ隊は恐れることなく突っ込んでいく。

 やむを得ず、警官達はサーベルを抜いてデモ隊と真正面から激突した。


「うわっ! 何だ⁉︎」


「暴動だあ! 逃げろッ!」


 たちまち大混乱に包まれる観衆。

 その混乱は、自然と貴族達にも伝播していった。


 リンドの使者が上擦った叫び声を上げる。


「伯爵! 大変ですよ! あれ!」


「ん、暴動ですか。いつものことです。すぐに鎮圧されますよ」


「そうだといいんですがね……」


 すぐに貴族の護衛騎士達が飛び出し、席の周りを取り囲む。


 薔薇柄の盾を構えたイケメン揃いのコタノス騎士団、カラスのような兜を被ったウィスカ卿護衛騎士、牛人のようにいかついツノの生えた鎧兜を纏うマラルケス騎士団、鎧も纏わず褐色の制服とケピ帽を身につけた"人同結党"突撃隊──


 騎士団の鉄壁の守りを受けながら、貴族達は警官隊とデモ隊の大乱闘を眺めていた。


「こ、コタノスくん……我々も逃げた方がいいんじゃあ……」


「案ずるな、フォルタブくん。私達に害が及ぶことは決してありえない」


 上の席に座るフォルタブ議員を宥めた時だった。


 逃げ惑う観衆の中から、1人の青年が飛び出し、パレードの行列の前に立ち塞がる。

 メガネをかけたその青年は、コタノスの方を指さすと、声高らかに叫んだ。


「悪しき貴族、コタノス! 声なき声を代表し、俺が天誅を下すッ!」


「……ブランゴ・ワァルめ」


 忌々しげに吐き捨てる伯爵。


 しかし、彼の表情を見るに、絶望の色は極めて薄かった。

 それが、リンドの使者やフォルタブを怪訝な顔にさせる。


「喰らえ、戦争狂の悪魔め!」


 叫びながら、青年は懐に手を突っ込み、何かを取り出した。


 炸裂弾だ。


「まずいッ!」


「取り押さえろ!」


 この瞬間、コタノスの見る光景がスローモーションになった。


 爆破テロを防ぐべく、続々と駆け出していく騎士団。

 貴族達や国王一家が立ち上がり、我先にと逃げ出して狭い通路を詰まらせる。


 大混乱の中、青年は引き攣った笑みを浮かべながら、炸裂弾を振りかぶった。


 リンドの使者やフォルタブ議員が肩を揺さぶってくるが、コタノスは席を立たなかった。


 ()を、信頼していたから。


「……」


 世界が、元の速さに戻った。


 その直後、青年が突如よろめいた。

 見れば、右肩に小型の矢が突き刺さっている。


 かと思えば、群衆の中から男が1人飛び出し、今まさに炸裂弾を放ろうとしていた青年の背後から組みついた。


 ほんの僅かな時間で両手の動きを封じる、完璧なまでの素早い動き。

 騎士達も一瞬見惚れる程であった。


「──ッ!」


「がっ! な、何だ! 離せ!」


 男は、満足に抵抗できないでいる青年から炸裂弾を奪い取ると、右手に持っていたナイフを青年の喉に突き立てた。


 急速に青年の力が弱まり、手がぶらりと下がる。

 それを確認すると、男は青年を地面に突き倒して、付近の建物の2階を見上げた。


 仲間がやられたことで火がついたのか、潜んでいた狙撃手達が窓から銃口と顔を出す。


「野郎!」


「よくも同志を! カス野郎、死にやがれ!」


 喚き立てながら、全ての銃口を男に向けるテロリスト達。


 彼らが引き金を引くより早く、道のど真ん中に立つ男はテロリストの潜む建物めがけて炸裂弾を投げた。


 豪速球──。


 窓を破って建物の2階に侵入した炸裂弾は、強烈な閃光を放って大爆発を起こす。

 凄まじい爆音が、コタノスの鼓膜を激しく揺さぶった。


「……あれが、私的に雇ったボディガード…………?」


「そう。日雇いではありますが、超がつく程優秀です」


 リンドの使者の呟きに、コタノスは淡々と返す。


 彼は今、完全に目を奪われていた。


 日雇いの護衛──木佐岡利也の華麗な鎮圧に、酔いしれていた。

 燃え盛る建物から降り注ぐ火の粉の中に映る木佐岡の姿は、まさに鬼神。

 否、戦いの神と例えるべきか。


 それ程までに、鬼気迫るものをコタノスは感じていた。

【リンド】

ルクハント島中部に位置する王政国家。奴隷制を残した農業国であり、ヴァング・イリューシェン王国の同盟国でもある

現在の王はマセキ


島の統一を狙う王国が"分断者"の1国であるリンドと同盟を組むのは一般層からすれば不思議な話であり、「奇妙な同盟」と呼ばれるが、リンドは領土欲を剥き出しにする周辺諸国への対抗策、王国としては元よりリンドの外交姿勢が比較的友好的であったことや、最大の脅威である魔界への防波堤としての利用価値があり、相互協力の関係を結ぶに至る


貴族が防護騎士団を組織し国防に当たっており、騎士団長にして魔導士のドルフ卿(エルフ族)に戦力を依存。内陸国であるため海軍は未保有(ただし防護騎士団河川監視隊が哨戒艦を複数配備)

また、王立陸軍第47歩兵連隊が駐屯している


【ブランゴ・ワァル派】

王国で活動する極左活動家集団。人間社会の縮小と多種族の更なる優遇、軍縮を求めて活動している

老人や一部の学生からの支持を集めており、表向きはデモなどの抗議活動、裏では建物の爆破や政治家の暗殺など過激な手段で主張を広めている

大量の銃火器を所持しているとして、政府はテロ組織と認定し、代表のブランゴ・ワァル氏には480万リンスの懸賞金がかけられている


左翼政治家タルォヤ伯爵が裏で支援しているとされているが、実情は不明

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