全て終わって(Ⅰ)
★★★★★★
──同刻。
風、鳥、川に運ばれて、とあるメッセージが彼らの元に届いた。
彼らが確認し合うまでもなく、複数のメッセージの内容は同じ。
『鍵狩りに動きあり。保有者2人を殺害し、破片を強奪。それだけでなく、破片2つは鍵狩りの協力者の身体を選んだ』
『また、王国政府の一部や異形種同盟が、破片収集に動いているとの情報が入った。既に、異形種同盟軍が鍵狩りと軍事衝突を起こしている』
『これらの事態を鑑み、私、ナフィタル・ノゥギーは破片の保有者諸君の団結を促すべく、ファーミットが終わり次第"エイジ"での会合を提案する』
『議題は破片とその保有者の未来、鍵狩り対策。また、決定事項として、かつて須郷綾音により壊滅に追い込まれた"ピース・カルテル"を再結成し、事態収束に当たるものとする』
思惑は、メッセージを受信した者それぞれ異なる。
しかし、彼らがどのような選択をしようが、鍵の破片を巡る争いは大きく動き、新たな局面を迎えることは、変えられない未来であった。
それをわかっているからこそ、彼らは、思惑通りに動くのだ。
★★★★★★
ルクハント島内のとある沿岸地区。
そこでは54メガメルト(約300メートル)に届く程の巨大な船が停泊し、艤装工事を行っている真っ只中であった。
船上や港では作業員達が忙しく動き回り、大型のクレーンも複数稼働している。
その騒がしい港を、2人の男が歩いていた。
1人は若く、すらっとした高身長で、精悍な顔つきのメガネである。
顔だけ見れば武闘派だが、ポケットにペンやメモ帳などを詰め込んだ白衣を着込んだ猫背姿は、どちらかといえばインドア知能派のようなイメージを抱かせる。
もう1人は先述の男程ではないが背が高く、灰色のスーツを身につけて、軍人のようにリズムの取れた歩みと姿勢の良さを周囲に見せつけている。
髪をオールバックにし、黒いサングラスをかけたその姿は裏社会の人間のよう。
額に走る切り傷が、ますますそのイメージを加速させる。
この2人が歩いているのを見た作業員達は、自然と退いて道を開けていく。
そうしてできた道を、2人の男は悠々と歩いていくのだ。
「……まとめますと、黒鯨鉄十字団は大した戦果もあげられずトル村より撤退……"ワイルドギース"は沈みました。作戦は失敗です」
灰色スーツが、白衣の男に言った。
興味なさげに聞いていた白衣だったが、"ワイルドギース"という単語に突然反応し、灰色スーツを見下ろす。
「ゼップくんは? 艦と運命を共にしたのかね?」
「いえ。地上に落ちて死んだそうです」
「ははは、船乗りらしくない最期だな」
胸ポケットからペンと手帳を取り出し、白衣の男はすらすらと文字を書いていく。
灰色スーツは、敢えてそれを覗き見るような真似はしなかった。
「わかりきっていたことだが、人の命とは実に脆い。貧弱だ。そうは思わんかね、オトギリくん」
「ええ、もちろんです」
灰色スーツ──科学財団本部総参謀オトギリは、にこりと微笑んで言葉を続けた。
「その通りですとも。人は弱く、簡単に果てる。だからこそ人は己より強いものを作り、それを頼り、操ることで発展を遂げてきたのです」
「君の言う通りだ。私が科学を愛している理由もそこにある。技術の進歩とは人の進歩なのさ……」
そこまで言ったところで、白衣の男が突然立ち止まった。
つられて、オトギリも立ち止まる。
白衣の男は、停泊している巨大な船舶をじっと見上げていた。
オトギリが首を傾げていると、白衣はおもむろに口を開いた。
「……ところで、この艦……君の言うところの"発展"の良い例だ。同時に、我々の力を誇示するのに相応しい艦でもある。見たまえ、あの主砲。あんな艦砲は見たことがない」
「口径は51センチです」
「メルトなら9.27か。うむうむうむうむうむうむ……実に実に……この怪物を作り上げた我々の技術者もそうだが、こんなものの建造を計画していた君と、君の祖国にも敬意を評したい」
拍手と共に、白衣は賛辞の言葉を投げる。
その言葉は彼の本心から来るものであるということは、オトギリにもわかっていた。
しかし、賛辞の言葉を受けたにも関わらず、オトギリの顔には影が差していた。
「……褒められたもんじゃあありませんよ、あの国は。俺がどれだけ苦い思いをしたことか」
「…………そうか、すまないな。君が私に手を貸す理由を忘れていたよ」
白衣は困ったように笑う。
オトギリは首を横に振って、自身も笑みを返した。
「話題を戻そうか。王国にはクランシーがいるんだったね?」
「はい」
「彼には予定通りやるよう伝えておいてくれ。ワイルドギースとゼップは惜しい犠牲だが、計画に支障はないと。それから、OuGUsの件も同時進行で頼んでおくように」
「はい、そのように。財団長」
オトギリは深々と頭を下げる。
白衣はメモ帳をポケットにしまい、オトギリの肩にそっと手を乗せた。
「この回りくどい計画の先にある我々の理想……辿り着くために必ず成し遂げてみせる。君にもかなり働いてもらうから、死を覚悟してくれたまえよ?」
「勿論です。そのために貴方と手を組んだのですから。今更怖くもありませんよ」
★★★★★★
夜の闇は日の光に塗り替えられ、人が朝と呼ぶ時間が訪れる。
ウラン・レイジブル中将は、死体が埋め尽くすトル村の中央広場を黙って見渡していた。
戦闘は終結し、トル村を焼いていた炎は消し止められた。
指揮官であるカルロスがいなくなったことで、異形種同盟軍は総崩れとなり、騎兵団に蹂躙された。
異形種同盟が占領していた村は、今や軍人達が忙しなく動き回る野営地と化している。
死体を荷車に乗せていく兵士、潜伏している敵兵を捜索する小隊、瓦礫を撤去する兵士とそれを指揮する将校。
どこを見渡しても赤い軍服の軍人ばかり。
少し離れたところには、無理矢理川を遡ってきた海軍の駆逐艦が錨を下ろし、帆を畳んでいる。
駆逐艦が到着した時には既に戦闘は終結しており、残念ながら血気盛んな水兵達に出番はなかった。
一方、生き残った敵兵は護送馬車に詰め込まれ、厳重な監視体制の下で拘束されている。
この光景がウランに、戦いが終わったという実感を与えるのである。
ふと、あるものがウランの目にとまった。
人間の死体だ。
抵抗した村人であろうか、鍬を硬く握りしめたまま生き絶えていた。
すると、1人の兵士が無理矢理鍬を引き剥がして投げ捨てると、村人の死体を無造作に馬車へ放り込んだ。
「……」
ウランは目を閉じる。
一連の戦いで、沢山の人間が死んだ。
一晩で壊滅した村とその周辺の街。
村を救うために駆けつけたフランバー准将とその部下達。
あの下衆共がいなければ、この日の出を確実に見られた人々だ。
それだけに、ウランは心の中で大きな悔しさを感じずにはいられなかった。
「騎兵長殿!」
突然呼びかけられ、ウランは現実に引き戻される。
振り返ると、馬に乗った女──いや、4本足の馬の体と人間の上半身が合わさった奇怪な女がちょうど立ち止まったところだった(地球風に言うならケンタウロス娘である)。
エマ・オデュレェール少佐。
半馬人と呼ばれる希少な種族の女性であり、騎兵団では数少ない女の兵士である。
金髪をボブカットにし、上半身には階級章をつけた軍服を、下半身である馬の体には白銀の鎧を纏っている。
彼女が敬礼し、ウランも返礼する。
「生存者の収容、完了致しました」
「うむ、ご苦労」
このまま送り出そうと思ったが、ふと、ウランは彼女に聞いてみたくなった。
「少佐。お主の考えを聞きたい」
「は?」
「ここ最近、不可思議な事件が多いとは思わんか? 異形の準幹部が何故か低階級の冒険者を狙い、さらに不思議なことに大した戦果もあげられず撃退された。思えば、あれが皮切りじゃった」
「……黒鯨鉄十字団を名乗る組織の発砲事件に、186番地の暴動、そして今回の襲撃……。確かに、異様な事件が続きすぎています」
「儂らの知らんところで、何かが動いておる。儂はそんな気がしてならんのじゃ。少佐、お主はどう思う?」
「私も同意見です。そして……」
一瞬、エマは口ごもる。
言いたいことは上官に対してであろうとはっきり言うタイプのエマですら、口にするのを躊躇する事──それを察したウランですら苦い顔をした。
微妙な空気が場を支配する。
すると。
「何だとテメェ! 嘘じゃあねえだろうな!」
突然、声を荒げた者がいた。
ウランとエマが振り返ると、広場の隅の方で10人程の冒険者が集まって騒いでいるのが見えた。
騒ぎの中心にいるのは地元の冒険者の青年と、王都から着いてきたマックス・ワイケーだ。
冒険者の胸ぐらを掴んだマックスは、チンピラのように凄んで圧力をかける。
青年は半分べそをかきながら、許しを乞うように叫んでいた。
「ほ、本当だ! 確かにいたんだよ、そんな奴ら!」
「その言葉、偽りだったら……わかってんだろうな?」
青年を突き飛ばし、転倒させるマックス。
「……ふざけやがって、あいつら!」
それからさらに詰め寄ろうとしたが、青年の仲間が進路を塞ぐ。
アフロとモヒカンとメガネだ。
「パーティリーダーに何すんだ」
「いくじなしって揶揄うのはいいが、暴力は違うだろ、お坊ちゃん」
「ボケた都会っ子はすっこんでやがれ」
すぐにマックスの子分の冒険者達がぞろぞろと前に出て、地元の冒険者達と睨み合った。
「んだぁ? テメェらマックスさんに逆らおうってのか!」
「叩きのめすぞボケ!」
「いいじゃあねえかやってやんよ! そら、1発だ!」
アフロ頭がマックスの子分に詰め寄ってぶん殴る。
たちまち双方から怒号が飛び、乱闘が始まった。
押し合い、掴み合い、殴り合う大喧嘩。
今は素手でやり合っているからいいものの、放っておけば武器や魔法をぶつけ合う殺し合いに発展する恐れもある。
「何をしている! やめないか!」
すぐに、エマが止めに入った。
軍人、しかも通常の人間より遥かにでかい半馬人の乱入により、殴り合いは止まった。
「何事だ! 何が原因で起きた騒ぎだ!」
「……因縁つけられたんスよ。王都から助けにきてくれた冒険者の話をしてたら、そいつらが急に……」
「……王都から?」
怪訝な顔をするエマに、先程突き飛ばされた青年が言った。
「あんた達が来る前に、20人くらいの冒険者が王都から来てましたよ。それはもうすごい戦いぶりで……もういなくなっちまいましたけど」
「……ふむ」
「他にも銃持ったおっさんとか、クソでかい鉄の怪物を召喚する女がいましたよ。そいつら、誰かを助けようとしてたみたいで。えっと、確か……」
「……イリエスだろ。トゥピラ・イリエス」
唸るような声で、マックスが口を挟む。
青年はハッとしたような顔で手を叩くと、上擦った口調で続けた。
「ああ、そう! その子! ショートの金髪の女の子だ! 柱に縛りつけられてたのを、みんなして奪い返そうとしてました」
「その話をどう解釈して、お前はあのような絡み方をしたんだ、マックス?」
「……チッ」
マックスは舌打ちしてエマに背を向け、そのまま去って行った。
エマはため息をついて踵を返し、ウランのもとに戻った。
「私の言いたかったことはまさにこれです」
「……やはり見間違えではなかったか」
濃い白髭を撫でながら、ウランは眉をひそめる。
「先程お主の口にした異様な事件、それら全ての現場には冒険者……トゥピラ・イリエスのパーティ第762号が居合わせていた。あまりにも偶然が続きすぎておるのか、はたまた……」
「……銃所持者との関係も疑われます。まだ遠くには行っていないはずです。捜索隊を出しますが、よろしいですか?」
「任せる」
エマが立ち去ると、ウランは瓦礫の山へ目を移す。
魔王軍により破壊され尽くした村。
彼女達は確かにここにいた。
そもそも、大幹部が出張ってくる時点でおかしかったのだ。
やはりここ最近の島は何かおかしい。
水面下で何かが動き出している──そんな気がしてならなかった。
「……くだらぬ心配事では、終わらなさそうじゃのう」




