中央広場の乱戦
★★★★★★
中央広場、領域内。
冒険者達は、満身創痍だった。
人狼軍の容赦ない攻撃は、彼らの戦意をバキバキにへし折り、精神的にも肉体的にもズタズタにしていた。
無事なのは、ゴードンとプツェル、新人弓使い、そして敵に完全スルーされたキダニ・スミスの4人のみ。
ベロニカやシグマを筆頭とした近接先頭組は、全身をズタボロに切り裂かれて大量出血し、呼吸するのがやっとという状態であった。
対して、人狼軍は構成員18体のうち死亡3、重軽傷7、無傷8。
冒険者達を追い込んだとはいえ、彼らにとっても想定外の大損害であった。
この損害を与えたのは主にベロニカとシグマであり、それに比例するように彼女らの傷は誰よりも重かった。
「……驚いた。すごい……こんなことが……!」
驚嘆の呟きが、全てを見守っていたカルロスの口から漏れ出す。
「これほどまでに、我が人狼軍が損害を受けるのは初めてだ!」
カルロスは、笑っていた。
愉快そうに、幸せそうに。
目尻には涙すら浮かんでいる。
「舐め腐っていた俺が馬鹿だった……。予想以上に楽しかった! 王都の冒険者はやはり違ったか。素材からして違う。ゴミ箱ぶちまけたみたいな地方の連中に比べれば、お前らは軍団長並みだ……!」
カルロスの明るい叫びが響き渡る中、1人の新人冒険者が、仲間の胸を必死に圧迫していた。
軋む身体に鞭を打ち、目をひん剥いたまま倒れた仲間を蘇生すべく何度も何度も押し続ける。
「お……おじいさん……薬を……あの青い薬を頂戴……! ウェイドが……ウェイドが!」
涙をぼろぼろこぼしながら、ゴードンに助けを乞う新人冒険者。
ゴードンは驚いたように彼女を見たが、すぐに申し訳なさそうに目を逸らした。
「……すまん……竜の血はな、怪我を治す薬なんじゃ……。死んだ者は治せん。生命は1度きりなのじゃよ……!」
それでも、新人冒険者の少女はウェイドの胸を圧迫し続ける。
彼の胸から下は、もうなくなっているというのに。
「ま……だ、だぁ……!」
と、1人立ち上がる者が。
ベロニカだった。
全身を赤黒く染め上げた鎧の少女が、ふらつきながらカルロスへ向かっていく。
「いかん、ベロニカ! その怪我では……! こっちに来て竜の血を飲むのじゃ!」
「ベロニカちゃん……!」
パーティメンバー達の制止も聞かず、ベロニカは進み続ける。
足が重い。
鎧が重い。
盾が重い。
何も聞こえないし、何故聞こえないのか考える余裕もない。
ただ目の前のことに一生懸命で、それ以上でも以下でもなかった。
視線の先には、柱に縛られ、助けを待つ友達──トゥピラ・イリエスの姿だけがあった。
人狼軍も、異形の軍勢も目に入らない。
ただ彼女だけが、金髪の小柄な少女だけが、魔法が不得意な魔法使いだけが…………
「……トゥ、ピ…………」
「もう終わりにしておこう。双方にとって利となる」
彼女の目の前に、いつの間にかカルロスが立っていた。
彼の人差し指は鎧を貫通しており、そこから伸びた爪はベロニカの胸を刺し貫いていた。
「が……はっ…………!」
現実を受け入れるより先に吐き出された血が、兜から溢れる。
そのままベロニカの意識は途切れ、身体はうつ伏せに倒れてぴくりともしなくなった。
★★★★★★
「ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ! ベロニカちゃん! ベロニカちゃあああああああん!」
シグマの絶叫が、崩れゆく領域に響き渡る。
"絶対封鎖領域"は、発動者の意識が保たれている間のみ展開される。
発動者であるベロニカがダウンしたことで、石レンガのドームは崩壊の時を迎えているのだ。
異形種共が困惑する中でも、シグマの絶叫は絶えない。
怨嗟を吐きながら、芋虫のように這いながら"伴侶"の元へ縋り付く。
「殺す! 殺してやる! 絶対に殺してやる! 何回でも! 謝罪されようと許さない! よくも……よくもベロニカちゃんをぉぉ! ああぁぁあああ!」
吐き出される言葉の全てに濁点がついているかのようだった。
異形の軍勢の叫び声を掻き消す、たった1人の少女の号泣。
それはしっかりと、トゥピラの耳にも届いていた。
「…………」
涙は出なかった。
トゥピラの感情を支配するのは、悲しみでも怒りでもなく、罪の意識だった。
助けに来てくれたことは、本当に嬉しい。
友達が、自分を見捨てずに来てくれたことが、たまらなく幸せに感じて、もしかすれば大幹部すら叩きのめして、ボロ屋へ帰れるのではなんて考えたりもした。
だが、それは間違っていた。
あまりにもレベルが違いすぎる。
カルロスを叩きのめせるのではなんて、希望的観測でしかないのにどうして気づけなかったのだろう。
全て、自分が悪いのだ。
自分が強ければ、こんなことにはならなかった。
こんなことに、ゾーリやベロニカやニルナを巻き込むこともなかったのだ。
何もかも、自分が悪い。
何もかも、何もかも……。
「……い」
口が、勝手に動く。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい…………」
光を失った瞳でベロニカを見つめながら、トゥピラはひたすら口を動かす。
まだ立ち上がらないゾーリンゲン達を見ていると、舌が勝手に回る。
謝罪の言葉が、自然と浮かんでは、放たれる。
少女の謝罪は、崩れゆく領域の立てる轟音に掻き消され、誰の耳に届くこともなかった。
★★★★★★
「今のうちじゃ! 皆に竜の血を飲ませるんじゃ!」
ゴードンが、崩れる岩の轟音に負けぬよう声を張り上げる。
待ってましたと言わんばかりに、プツェルと新人弓使い、キダニが竜の血を携えて飛び出していく。
プツェルとキダニは、ベロニカとシグマのコンビに駆け寄っていく。
新人弓使いは一瞬、今もなお死体に下手くそな人工呼吸を続ける新人冒険者の元へ向かおうとしたが、すぐに思い直してゾーリンゲンの方へ駆け出して行った。
人狼軍もまた動き出そうとしたが、カルロスが制止した。
「手は出すなよ。もっと抵抗を受けてみたい」
と、カルロスは崩れゆくドームの壁に視線を移す。
崩壊により空いた穴から、エルフが飛び込んできた。
「カルロス様! ヘイゼル、戻りました!」
ヘイゼルだ。
ストエダの指示で広場へ向かっていた軍団長ヘイゼルが、戻ってきたのだ。
冒険者側にとっては脅威でしかない。
ゴードンが舌打ちし、吐き捨てた。
「なんと……! 戻ってきおった!」
一方、新人弓使いは、何とかゾーリンゲンの元まで辿り着いた。
「飲んでください! マックスからは雑魚とか言われてるけど、貴方が頼りなんです……!」
「わ、悪い……」
竜の血を受け取り、ぐいっと飲み干すゾーリンゲン。
途端に傷口が塞がり始め、失われていた元気が溢れ出す。
ガバッという擬音がよく似合う動きで起き上がり、ゾーリは走り出す。
「ふっかぁーつ! 今行くぜぺったんこ!」
「お、落ち着いて! 無謀ですよぉ!」
腰を掴んだ新人弓使いを引き摺りながら敵に突っ込んでいくゾーリ。
弓使いは懸命に踏みとどまろうとしたが、無駄であった。
スイッチが入ってしまったゾーリを止めることは、不可能なのである。
そうこうするうちに、中央広場を覆っていたドームは完全に崩壊。
運良く領域に閉じ込められなかった軍勢が、雪崩れ込んでくる。
"絶対封鎖領域"は解除され、冒険者側の作戦は共に崩壊した。
領域は崩れたが、そんなことなど眼中にないゾーリは、無謀とした思えない突撃を敢行していた。
斧を乱暴に振り回しながら、トゥピラだけを目指して突き進む。
引き摺られる弓使いはべそをかいていたが、これもまた彼の眼中になかった。
「ぺったんこぉぉー!」
「無茶ですってぇぇえーっ!」
しかし、相手は異形種同盟。
いくらバカなゾーリンゲンとはいえ、見逃してくれる程甘くはなく。
「……」
「わ、わぁーっ!」
人狼が1匹、立ちはだかった。
弓使いは悲鳴をあげて手を離す。
彼には構わず、ゾーリは人狼へ突っ込んでいく。
「道開けろォ!」
人狼は、憐れむような目でゾーリを見つめた後、鋭い牙を剥き出しにして飛びかかる。
錆びついた斧と殺しの牙が交差する
──と、思われた矢先。
パァン
乾いた音が響くのと同時に、人狼の体が仰け反る。
「あ?」
「伏せてえ!」
突然背後から覆い被さられ、ゾーリは訳がわからないまま地面に突っ伏す。
パン、パンという乾いた音はその後も続き、やがて連続したダダダダダダッという音へと変わる。
物凄くうるさい。
異形種共が、悲鳴のような叫びをあげ始めた。
どうやら、攻撃されているようだ。
「何だってんだよ!」
「わかりません!」
新人弓使いはそう答えるしかなかったし、何より2人はその場から動くことができなかった。
★★★★★★
領域崩壊と同時に黒鯨鉄十字団が乱入したことにより、中央広場は大混乱に陥った。
グレーの兜を被った兵隊が乱れ撃つ銃弾に、一方的に踊らされる異形種同盟軍。
矢を射掛けようにも、敵は物陰に隠れて撃ってくるので反撃のしようがなかった。
盾を構えた重装歩兵が横隊を組んで突撃を図ったが、機関銃の弾幕の前に敢えなく敗れ去る。
コンテナから武装を補充した黒鯨鉄十字団の降下猟兵部隊は、まさに敵なしであった。
MP40やMG42の弾幕で相手を弄し、Kar98kなどのライフル銃で正確に敵を狙い撃っていく。
そんな悲鳴と弾丸が飛び交う阿鼻叫喚の地獄の中で、カルロスは天を仰ぐ。
頭上で輝くのは、青白い光を地上へ降ろす月──ガジュだ。
「見ろ……。ガジュの光、真実を炙り出す光だ。この光は、俺を正しい姿へ戻してくれる……。美味な光だ」
タキシードに身を包んだ体が、ごわごわと膨らみ始めた。
肌を赤い毛が覆っていき、牙が伸び始める。
激しい戦闘の中、大幹部カルロスもまた、狼へと変貌しようとしているのだ。
尾がズボンを突き破り、顔を毛が覆い始めた時だった。
「──!」
咄嗟に腕で顔を庇い、突き出された刃を受け止める。
かなりのスピードの突きだった。
しかし、刃は腕に僅かに刺さって止まった。
奇襲をいとも簡単に防がれたハインツだったが、その顔面には無感動な仮面が貼り付いたままであった。
「…………速いな。どこで習った?」
「我流です」
この軽い問答の間に、カルロスの姿は完全に狼へと変化した。
赤黒い毛の、血に濡れたような人狼であった。
「元来、猫は犬に弱い生き物だ。狩られる用意はいいか?」
「……"戦士竜の牙を折る"といいますよね? 備えた方が身のためですよ」
王国の諺を引用し、挑発するハインツ。
魔王軍大幹部を前にしても、彼女はいつも通りだった。
いや、いつもよりマジだった。
カルロスとハインツの戦闘が始まったのは、ヘイゼルからも見えていた。
愛する上官のストエダから預かっている命令は、カルロスに破片を渡すことと彼の援護。
2つ目の任を遂行する時は、今だ。
「カルロス様! 助太刀致します!」
「待ちな」
駆け出そうとしたヘイゼルの前に、3人の男が立ちはだかる。
ベレー帽のゴーグル男と、ライフルを構えた歩兵が2人。
リーダー格と思われるゴーグル男は、挑発的に笑って2挺の拳銃の銃口をヘイゼルに向ける。
「エルフ嬢、あんたの相手はオレらだぜ。大尉の話じゃ、あんたが持ってるんだってな? さ、破片を寄越すんだ。でねえと、オレぁ汚ねえオークになっちまうぜ?」
「……私に唾を飛ばすな。人間の分際で……!」
額の血管が浮き上がり、怒りで目をひん剥くという、エルフの乙女とは思えないような表情でガンを飛ばすヘイゼル。
ゴーグル男ことリヒター軍曹は、挑発的な笑みをますます濃くした。
……が。
「…………マジか」
急に笑みが消え、ゴーグル男が1歩後退る。
銃口こそ下さなかったが、明らかに怯えていた。
「?」
ヘイゼルは始め、自分にビビっているのかと思った。
だから頭の中で腰抜けの人間を嗤い、愚かな小動物にでも例えて小馬鹿にしてやろうかと考えたりもした。
だが、その考えが無意味であることはすぐにわかった。
人間の兵士は、ヘイゼルの背後を見ていたから。
そして、ヘイゼル自身も背後に迫っていた彼女に気づいたから。
鎧はところどころが破損し、身体もボロボロなくせに立ち上がって、両腕で持ち上げた大盾を振り下ろさんとしている冒険者の少女。
ベロニカ・ルウェイオス。
──ガコォン
傷だらけになった大盾が、振り向く直前だったヘイゼルの後頭部を打つ。
あまりの衝撃に、ヘイゼルはそのままぶっ倒れる。
皮膚が切れて、地面に血溜まりができ始めた。
「どけえ! 女ぁ!」
戦意を取り戻したリヒター軍曹が、2つの銃口をベロニカに向けた。
2人の部下もライフルの引き金に指をかける。
と、次の瞬間、ごぅっと風が吹いた。
「…………何してんのよ」
気づけば、射線を遮るようにして、長すぎる槍を手にした銀髪の少女が立っている。
彼女──竜の血で完全回復したシグマの存在に気づいた時には、リヒターと2人の部下は彼女が振り回した槍の柄によって空中へ放り上げられていた。
「うがあああああッ!」
「ぐ、軍曹ぉーッ!」
「う、狼狽えるな! 生きてるんだったら度胸見せて着地を────」
宙を舞うリヒターの声は、それ以上続かなかった。
地上から飛来した光球に胸を撃ち抜かれ、そのまま部下を巻き込んで大爆発。
放送終了まで残り数分のタイミングで戦隊ヒーローに敗北した怪人の如く、リヒター軍曹の身体は炎の中に消えたのだった。
リヒター軍曹を爆破して始末したゴードンは、動かなくなったヘイゼルの側で、自らもまた立ったまま動けないでいるベロニカの元へ駆け寄っていく。
竜の血を手にしたプツェルと、乱戦の中で意識を取り戻したルコルバも後に続く。
竜の血を飲んだことにより、ポリービィにかじり取られた腕は元に戻っていたが、当然服の袖までは戻らず、左腕は肌を晒していた。
「ベロニカぁ!」
「ベロニカちゃん! しっかりして!」
シグマの呼びかけにも、ベロニカはうんともすんとも言わない。
立ったまま気絶しているのだ。
シグマらは知る由もなかったが、ヘイゼルの背後に迫っていた時点でベロニカの意識はほぼなかった。
冒険者の本能というべきか、ベロニカの体は排除すべき敵を見定め、即座に行動に移したのだった。
ルコルバがヘルムを外し、プツェルが竜の血を半開きになったベロニカの口へ流し込む。
その間、ゴードンとシグマは襲いかかってくる異形種同盟兵を引きつけ、ベロニカを護衛する。
「さっき、これを飲ませようとしたんだがな、いきなり起き上がって飛び出して行ったもんだからビビったよ……」
「私が気絶していた間にこんなことになっていたとは……。皆さんを守れなかったこと、元兵士として情けなしであります……!」
「いきなり腕をもがれたんだから、無理もないわ。てか、いつの間に起きてたのよ」
呆れ気味に嘆息するシグマだったが、その口調はどことなく安堵の感情を帯びていた。
「それより、ベロニカちゃんは……!」
「今飲ませてるから戦いに集中してろよ! ガウッ!」
「な、何よ!」
ルコルバとは違い、ベロニカの目覚めはすぐであった。
竜の血の効果で全ての傷が塞がり、痛みも消えたのだが、ベロニカ本人は何が起こったか理解できず、辺りをきょろきょろ見回していた。
「…………?」
「ベロニカちゃあああああんッ!」
「うわあっ⁉︎」
シグマ渾身の突貫ハグを真正面から受け止めたベロニカは、思わず尻餅をついた。
「し、シグマ? 一体何がどうなって……。僕はカルロスにやられたんじゃ……」
「竜の血を飲んだのよ! よかった、生きててくれて……!」
「…………心配かけたね。ごめん」
シグマの小さな体を、ベロニカは両腕で包み込む。
敵と自分の血に塗れ、切られに切られてボロボロになった鎧を装備する"伴侶"。
金属のプレートに阻まれていたとしても、確かに温もりを与えてくれる"伴侶"。
シグマはこの場所が好きだ。
ベロニカも、彼女を抱きしめるのが好きだ。
中央広場の中で唯一、この2人が作る空間だけが暖かかった。
できることなら、このまま──
「……あのさあ!」
見るに見かねて、弓に矢をつがえるプツェルが怒鳴った。
そんなプツェルの肩に、ルコルバがそっと手を置く。
バッと振り向いた犬耳の弓使いが見たのは、ルコルバの諦めの域に達した笑みだった。
「プツェル、我慢であります。あの場所は不可侵でありますよ」
「戦場! ここ! 戦場!」
……もういい。
めちゃくちゃになった戦場を眺めながら、トゥピラは思う。
負けて、ボロボロにされてもなお、自分のために何度でも立ち上がって戦い続ける、最高の仲間達。
…………もういい。
こんな戦いに身を投じる必要なんてない。
他人、ましてや自分の身も守れないようなカスのために命を張る意味はない。
──私がカルロスやストエダと一緒に魔界に行けば、ゾーリもベロニカもシグマもニルナも、傷つかずに済むんだよね。
それなら。
それならば……。
「……もう、やめてよ。死のうとしないでよぅ……」
トゥピラは、泣いた。




