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絶対封鎖領域

「……絶対封鎖領域? どういうこと?」


「なんか、要塞みたいな場所になっちゃったけど……」


 困惑する新人冒険者の疑問に答えたのは、シグマだった。


「ベロニカちゃんの言葉通りよ。ベロニカちゃんの不幸体質は生まれつきのもの。けど、ベロニカちゃんはその体質を活かせる魔法を編み出したの。それが、絶対封鎖領域」


 ごくりと息をのむ新人達。


「料理を服に溢した、犬に吠えられた、何もないところで転んだ、しょうもないミスで大怪我をした……積み重なった不幸を糧にして生成した魔力を一気に使って発動する強力な魔法よ」


「ど、どんな力なんですか?」


「周囲の生き物をベロニカちゃんの領域(フィールド)に引き摺り込むの。領域に入ってしまえば、自分から出ることはできない」


「せ、先輩冒険者ってすごい……」


「それだけじゃあないわ。領域の中では、ベロニカちゃんが()と認識する者の魔力、身体能力は大幅にダウンするの。反対に、ベロニカちゃんの味方は全ての能力が大幅に上昇する。あなた達、魔力を引き出してご覧なさい。多分、抑えられないわよ」


 シグマに促されるまま、新人達は目を閉じる。

 直後、全員の体がカラフルなオーラを放ち始めた。


 増大した彼の内なる魔力が制御できずに溢れ出しているのだ。

 未熟者ならではの現象だが、同時にあり得ないことだ。

 未熟者は、よほどの天才でない限り、体外に溢れ出るような魔力を持たないのである。


「う、うおおおおっ! 何だこれええええ!」


「す、すごい……! かつてない力を感じるわ!」


 ぎゃあぎゃあと盛り上がる新人達。


 その傍らで、キダニ・スミスは首を傾げていた。


「What? わ、ワタシは何も感じまセーンヨ?」


「それはあなたが異常なのであります」


 呆れながら返事をするルコルバの体からも、魔力が溢れ出している。

 苦笑いしているプツェルも同様だった。


「……これを体感するのは2度目でありますが、やはり……」


「本当にとんでもねえ魔法だな……。あいつの味方で良かった」


 反対に、ベロニカが敵と認識する魔王軍側は、混乱に陥っていた。

 急に景色が変わったかと思えば、あらゆる力が大幅に下がったのである。


 軍団長ポリービィも例外ではなく、自身の両手を交互に見つめながら慌てふためき、大きな口をぱくぱくさせていた。


「か、カルロス様! 力が……!」


「……だから?」


「え?」


「力が抜けた程度で、人間を下回るのか? お前が? 軍団長のお前が? 何の冗談なのか教えてほしい」


 カルロスの鋭い眼光に射抜かれたポリービィは縮み上がり、それ以上口を開けなかった。

 そこには、否応言わせぬ圧倒的な威厳と恐怖、そしてそれに屈する小さき者と姿があるだけだった。


「俺を失望させるな」


「わ、わかったよお……! ゴブリン全隊攻撃!」


 混乱は収まらないが、異形の兵隊にはポリービィの指示を聞いて行動するだけの理性は残っていた。


 咆哮と共に、鎧に身を包んだゴブリン兵が突撃する。


 彼らは野良の群れではない。

 統制の取れた軍隊だ。

 決して闇雲な突撃ではなく、戦列を崩さない、()()というゴブリンには不似合いな言葉すら似合ってしまう程な突撃であった。


 力がみなぎっていることも忘れて怖気付く新人冒険者達。

 彼らを勇気づけるかの如く、叫び声が響き渡る。


「行くぞ、てめえらァァァァッ!」


 ゾーリンゲンだった。

 錆びついた斧を振り上げ、単身ゴブリン兵へ突っ込んでいく。


 一瞬遅れて、新人達も動き出した。


「お、おおーっ!」


「やってやらあ!」


 一斉突撃。

 武器を振り上げ、大軍へ立ち向かう彼らの姿はまさしく()()()

 人々が憧れる、綺麗で汚れのない()()()の姿。


 彼らの背中へ、プツェルは叫ぶ。


「後方支援は任せとけーっ!」


 手を空へ突き上げてそれに応え、ゾーリンゲン達は走る。


 が、次の瞬間、彼らは突然吹き荒れた突風に煽られバランスを崩し、足を止めた。


「いっ……!」


「な、何何ぃ?」


 2つの影が、暴走機関車の如く敵へ突っ込んでいく。

 ひとつはごつい鎧を着込んだのっぽで、もうひとつは背丈の倍近い長さの槍を担いだ小柄な少女。


「やろう、シグマ」


「ええ、ベロニカちゃん!」


 ゴブリン兵の戦列に、ベロニカが突っ込んだ。


 5体のゴブリンが吹っ飛び、地面に叩きつけられて頭蓋を潰す。

 それを見届けることなく、ベロニカは盾を激しく振り回し、群がるゴブリン兵を薙ぎ払っていく。


 ゴブリン兵はベロニカを取り囲んで打ち倒そうとしたが、それが逆に彼女にとって有利に働いた。


 大盾は金属製だというのに、木製、いや紙なのではないかと錯覚する程に軽々しく振り回される。

 それに殴られ、吹き飛ばされ、足を潰された者達は、その錯覚のアホらしさを思い知る。


 あっという間に、ゴブリン兵の死体が積み重なっていく。

 それでもベロニカは殺戮をやめない。

 同情も憐れみもない。

 ただただ、機械のように殲滅していく。


 ゴブリン兵では手に負えないと判断したのか、大柄な体格で髭面のゴブリン隊長がベロニカの背後から襲いかかった。

 しかし、棍棒が振り下ろされる直前、彼の脳は後頭部から額を貫いた槍によって破壊される。


「ベロニカちゃんに近づくな、腐れ頭」


 倒れゆくゴブリン隊長の体を踏み台にして、シグマは飛び上がった。

 それから、鎧の少女の側に降り立ち、両手で槍を振り回し殺戮を開始する。


 ベロニカとは違い、彼女の動きは踊りのようだった。

 優雅な舞をシグマがみせる度に、敵兵が倒れていく。


 ブンと敵の首を薙ぎ払い、ひと突きで4匹のゴブリン兵を殺す。

 猛攻に加え、槍の長さも手伝って、ゴブリン兵はシグマへ近づけなかった。


「いつもより、やけに動けるわねッ!」


「……パパを失う()()を味わったんだ。不本意だけど、今日の領域はいつもより頑丈だよ」


 言葉を交わしながら、2人は背中合わせで戦う。


 あまりに一方的だった。

 人間を殺しに、冒険者と戦いに来たはずなのに、鎧の女主宰の殺戮パーティの参加チケットを買った覚えはない。

 この場にいるほぼ全ての異形種の本音である。


 反対に、冒険者達は食い入るように見入っていた。

 階級上位者──灰狼級の戦いを、格下として、後輩として、目に焼き付けているのである。


「す、すげえ……」


 若き新人冒険者は、ぽつりと漏らした。

 その時。


「ぼさっとすんな!」


 彼の真横から接近していたゴブリンの頭を、ゾーリンゲンが斧でかち割った。


「ひ、ひいっ……!」


 彼は思わずその場にへたり込む。

 そこに折り重なるように、ゴブリンの死体が倒れ込んできた。


 彼は完全にパニックだった。

 力が上がったところで、結局はひよっこ。

 中身は経験の浅い新人でしかないのだ。


 その様子を見ていたゾーリは新人冒険者の胸ぐらを掴み、引き寄せる。


「戦場だぞ! 戦うんだよ! お前も!」


「……!」


「さあ、まだまだ来やがるぜ! 部隊を分けるくらいには連中も賢いんだ、油断すんじゃあねえぞ!」


 そう言い残して、ゾーリはゴブリン兵の集団へ突撃していった。


 残された新人冒険者の元に、他の新人達が心配そうに駆け寄ってくる。


「大丈夫?」


 彼はそれには答えなかった。

 代わりに、皆の顔を見上げ、震える声で言った。


「み、みんな! 固まろう! できるだけ連携を取るんだ!」


「えっ……?」


「戦うんだ! 僕達もやらないと!」


「ジン……」


「連携っつっても……俺達、パーティじゃあないんだぞ? そう上手く……」


 困ったように顔を見合わせる仲間達に、新人冒険者は言葉をぶつける。


「パーティじゃなくたって……やるんだよ! 僕達は弱い。だとしても、みんなで過不足補い合えば、なんとかなる気がするんだ。……それに、即興の連携くらいできなきゃ、難しい任務なんてこなせないし……」


 新人達は、再度顔を見合わせる。

 ただし、そこに困惑の表情はなかった。




 ★★★★★★




 ゾーリンゲンがこちらに向かってくる様は、トゥピラにも見えていた。

 見やすいくらいの高い所に縛られ、暴れる幼馴染を見つめるしかないもどかしさに苛まれながらも、彼の姿から目を離すことはできなかった。


 ベロニカが展開した絶対封鎖領域の影響で、身体能力が大幅に上昇したゾーリは、ゴブリン兵をばっさばっさと斬り倒しながら、徐々にではあるが近づいてきている。


「ああああっ! 死ね! 死ね! 死ねえええっ! 待ってろよぺったんこ! お前は俺が助ける! ぜってぇ死なせねえからな! 安心して待っとけえええ!」


「……バカ、安心できるかっての……」


 そう言いつつも、トゥピラは泣きながら笑っていた。

 親友が来てくれたという安堵感からくるものだと、自分でもわかる。


 ゴードンの爆発魔法で生じた爆風が、トゥピラの涙を攫っていく。


 みんな戦っているのだ。

 トゥピラのために。


 それを嬉しく思う反面、こうも思う。


 また、迷惑をかけている、と。

 自分が変われなかったせいで、こんなことになっている。

 また、誰かが死ぬかもしれない。

 あの時のように…………。


「……」


 そんなの嫌だ。

 絶対に嫌だ。


 トゥピラは腕に力を込めた。


 絶対封鎖領域は、ベロニカが味方と判別している者の能力を強化する。

 今の自分なら、こんな縄引きちぎって、加勢できるかもしれない。

 そう思ったのだ。


 だが、それをカルロスが見逃すはずもなく、伸ばした鋭い爪を喉元に突きつけてきた。


「ひとつ伝える」


「……」


「余計なことはするな、考えるな」


 カルロスは爪を突きつけたまま、戦場へ顔を向ける。

 激しい乱戦となっているが、僅かに人間側が押している。


 だが、ゴブリン兵のあとに控えているトロールやオーク、エルフ、ドワーフ……挙げていけばキリがない種族達や、魔獣。

 力がダウンしているとはいえ、奴らを相手にするのは骨が折れるに違いない。


「なあ、俺はあの2人の女のガキと、無理矢理突破しようとしている小僧に興味がある。ゴブリンを相手にできても、こちらは多様性に富んだ大勢の兵がいる。お友達が彼らにどう対抗するのか、お前も気にならないか?」


「……気になるもクソもないわよ」


「何?」


「ベロニカもシグマもゾーリも、絶対にあんた達に屈しないわ。大事だから強調するわよ。絶対に、屈しない」

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