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日常

 こうして、俺の新たな生活は始まった。


 昨夜はゾーリンゲンの服を借り、床に敷かれた布団で眠った。

 どんな夢を見たかは覚えていない。


 翌日の朝、1番早く起きたのは俺だった。


 てっきり、他にも誰か早起きがいると思っていたのだが、そんなことはなかった。

 皆、気持ちよさそうな寝息を立てている。

 トゥピラはもふもふを抱いてリラックス状態。

 当のもふもふはすごく嫌そうな顔をしていたが。

 マーティンとウィルは隣り合って寝ている。

 ゴアンスに乗っかられたゾーリンゲンは苦しそうだった。


 起こすのも悪いし、かといってこのままぼけーっとしているのも面白くないので、俺は立ち上がって外に出た。

 明るくなり始めたばかりのようで、人通りも少ない。


 というか、周りがほぼ空き家なら人がいなくて当然だろう。

 俺は小屋の壁の側によると、腕立てをし始めた。


 自衛隊式の腕立ては、手を平を内側に向けた八の字の状態で、頭からつま先までが一直線になるよう意識して行う。

 その態勢をキープしたまま、顎を地面につけるようにして体を落とすのだ。


 それを何度も何度も繰り返す。

 そのうち、トゥピラが起きてきた。

 割れた窓から顔を出して、俺の腕立てを眺めていた。


「…………何してんの?」


「腕立て」


「へ、へえ……熱心ね……」


 どうして引くんだい、友よ。




 全員起床した後、トゥピラ達は朝食を取ると言って小屋を出て行った。

 俺も着いて行こうとしたが、トゥピラに「危ないから」という理由で断られ、こうしてお留守番である。


 暇だったので、外の掃除をしたが、案外早く片付いた。

 その後は狭い小屋の中をうろうろしていたのだが、本当にすることがなかった。

 強いて言えば、このしつこく擦り寄ってくるもふもふの相手をしてやることくらいだ。


 ……腹減った。


 1時間くらい経った頃、玄関が開いて皆が戻ってきた。


「ただいま~。そしてお待たせ~。トシヤとピティちゃんの分も持ってきたよー」


「ちょっと待て。名前つけたのか?」


「うん。可愛いでしょ?」


「可愛いデスケド……。そういや、こいつの……分類って言うんだっけか? そういうのってわかるか?」


「ううん、さっぱり。私、動物は好きだけどマーティンみたいなマニアじゃあないし」


「なるほど……」


「ささ、そんなことより座って」


 彼女が持ってきたのは、正直食べ物と呼べるのか怪しかった。


 何やら気味の悪い物体が大量に盛り付けられた皿を差し出され、思わず顔を顰めそうになった。


 指でつまめるほどの小さなものだったが、ドロドロしていて気色悪い。

 イメージとしては、水に濡らした粘土でも触っているような感覚だった。


 よく見ると、そいつの形は人間の脳みそに似ており、赤黒い汁が皿に広がっている。


「なあに、これぇ?」


「ウサギの脳でごわす。おいの大好物でごわすよ」


「……」


 見るからに不味そうだ。


 だが、せっかく持ってきてもらったというのにいらないと突っぱねるのも良心が痛む。


 俺は覚悟を決めて脳みそを口に入れた。


「……む?」


 水っぽくてドロドロしているが、歯で噛むととプチっと潰れて、甘い液体を口の中に撒き散らす。

 潰す感覚も心地いいし、何より味もいい。

 これはいける。


「これは止まらねえ!」


「お! わかってんねえ! こいつは芋と一緒に食うともっとうめえんだぜ!」


「ゾーリンゲンどんもツウでごわすなぁ!」


「僕はそのままかなあ……。芋に脳みその味が消されちゃうよ」


「私もマーティンに同意ね」


 騒ぎ出す冒険者一行。

 ただ、ウィルだけはずっと黙っていた。


「そういやよお、めっちゃ話題になってたぜお前のこと」


 ゾーリンゲンの言葉に、俺は脳を口に放り込む手を止めた。


「本当か?」


「おう。なあ、チビ」


「冒険者の間ではかなり噂になってたね。トゥピラをシメてたマックスの子分がやられたって。それより、昨日の話……」


「銃は貸さん」


「アーン」


 なるほど。

 これは外に出なくて正解だったかもしれない。

 ゾーリンゲンが俺の肩を肘で突いた。


「やるじゃねえか、見直したぜ。変な格好のクセによ」


「そいつはどうも。それと格好については深く触れるな」


 それから食事が終わるまで、ずっとこんな調子だった。

 とにかくバタバタしていて落ち着きがなく、それでいて居心地のいい空気であった。

 この後勃発したウサギの脳の食べ方を巡ったゾーリンゲンとトゥピラの喧嘩も、うるさくは思ったが特別嫌な感情は湧かなかった。


 昼頃から夕方にかけて、トゥピラ達が仕事に行っている間だけ静かだった。

 どうやら仕事で、猟師と共同で敵性の魔獣を狩りに行くらしい。


 この世界では魔力を持つ動物のことを魔獣と呼ぶそうだ。

 なんと、魔法を使える動物なんだとか。


 種族によっては人間に敵対的で、旅人が襲われるなんてことはよくあるらしい。

 そういった事態を防ぐためにも、定期的に猟師や冒険者なる連中が巣を探し出して駆除するのだ。


 魔力を持つ動物がいれば、持たない動物だっている。

 これは俺達の世界の常識通りで、姿形は地球の生き物と似てたり似てなかったり。

 危ないやつは危ないし、可愛いやつは可愛い。

 もちろん、危ないやつは駆除対象である。


 そういえばこの日から、もふもふことピティが俺の頭の上に乗っかってくるようになった。

 積極的に接してくるトゥピラにはあまり懐かず、俺にばかり寄ってくるのである。

 何度降ろしても、しつこく登ってくる。

 キリがないので、仕方なく放置することにした。


 そうこうするうちに1日が終わり、次の日がやってくる。




 翌日の朝、俺は表でピティを乗せたままスクワットをし、またしてもトゥピラに引かれた。


 彼女らはまた食事を持ってきてくれて、美味しく頂いた。


 この日はゴアンスから冒険者稼業の愚痴を聞かされた。


 彼の話を要約すると、毎日毎日、モンスターや賊を相手に命懸けで働いているのに安月給、おまけに嫌われ者であるせいで周りからの扱いはいいと言えないというもので、同情せずにはいられなかった。


「俺にもできることがあるなら頼ってくれ」


「頼もしいなぁ。でも、おいもイリエスさんも他のみんなも、もうこれに慣れちまってるからなぁ。一種の諦めでごわすよ」


「そういう慣れが1番嫌いだ」


 ゴアンスは困ったように笑うだけだった。




 翌日は、トゥピラの持っている本を借りて読書にふけった。


 動物に関する雑誌や小説を読み終えた後は、少しばかり異色な本を手に取った。


 王国の正規軍の勇猛さを強調する、政府のプロパガンダ本である。

 1家に1冊は必ず配られるのだという。


 サーベルを抜いて突貫する陸軍兵士の挿絵を眺めていると、


「よう、緑。エロ本か? 俺にも見せてくれよ。あ、俺字読めねえから読み聞かせてくれよ」


「どうしても手伝ってくれないの?」


「……」


 背後からゾーリンゲンとマーティンに邪魔され、優雅な読書タイムは台無しになった。




 その翌日はマーティンに追い回されたり、トゥピラとゾーリンゲンの喧嘩がいつもより白熱したりとさらに騒がしかった。


「あんたってばホントに最低ッ! 恥を知りなさいよ本気で!」


「なんだと! 胸ねえくせに!」


「関係ないでしょーが!」


 喧嘩の原因は、ゾーリンゲンがトゥピラの買ってきたお菓子を摘み食いしたからで、完全にゾーリンゲンが悪いのであるが、ほぼ逆ギレに近い形でトゥピラに反論したため、喧嘩が激化したのである。


「やれやれでごわすなぁ」


「そろそろ家が壊れちゃうよ……」


 ゴアンスとマーティンも呆れ顔だ。

 ウィルは相変わらずの無表情。


 俺だけが必死に2人を止めようと足掻いていた。




 こんな感じでが4日が経過。


 冒険者一行との日々は、快適とは言えないが楽しいものだった。


 奴らと一緒にいると、なぜか落ち着く。

 あんなにもうるさい連中なのに、どうしてだろうか。


 少しずつであるが、俺の心の傷も癒えてきた。

 まだまだ完治には程遠いが、心に開けられた穴は少しずつ塞がりつつある。


 楽しかった。

 このまま、こいつらと暮らしてもいいとさえ思っていた。




 あの女が来るまでは。

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