決戦開始
村の正面から堂々と侵入した第1班と第2班の面々は、1発の銃弾も発射することなく、軍団長エクセルを名乗る男に連れられて中央広場へ向かっていた。
向こうは「無傷で広場へ連れて来い」と命令を受けていたようで、交戦を避けようとしていた。
腕が6本生えた男エクセルは、不愉快そうな表情を隠そうともせず、血気盛んな部下達を宥めながら俺達を案内してくれた。
歩きながら、俺は異形種同盟に制圧された村を眺める。
人間達が平和に暮らしていたであろう村は、今やゴブリンやトロール、オークといった異形だらけであり、略奪の跡が片付けられずに残っている。
かなり痛々しい光景であった。
「どこを見ても異形、異形、異形……。あのー、キサオカ先輩、マジでやるんスか……? あたし、その、ちょっと自信無くなってきたと言いますか……」
少し震えた声で、ニルナが背後から声をかけてくる。
「当たり前だろ。他のチンピラと抗争するみたく、ガチンと行け、ガチンと」
「そーもいかないんスよ、これが……」
急に弱気になりやがったチンピラにどう声をかけてやろうかと考えていると、俺よりも先に、かなり後方を歩く新人達が騒ぎ出した。
「どーしよう、タイター。私達を攫ってきた人めちゃくちゃ弱気だよ……?」
「俺達、もしかして本当に生きて帰れないんじゃ……」
「やだああぁぁぁぁ! 死にたくなああああい!」
「落ち着けってレイルハーラー! 死ぬと決まったわけじゃあ……ないんだよ……な?」
思わず、ニルナを振り替えって睨みつける。
「伝染させてどーする」
「あ、あはははー……。プツェル、ルコルバ。黙らせろ」
「おす」
「了解であります」
2人にヤキを入れられたと思われる悲鳴がこだます中、エクセルが呆れたような息を吐いた。
「何なんだお前らは。魔王軍の大幹部がいらっしゃるというのに、この緊張感の無さは、本当に何なんだ」
「……こういう連中なんです、すみません」
「まあいい、お前らの生死は俺ではなく、カルロス様に委ねられているのだからな。俺は呑気に、茶でも飲みながらお前らの生死の行く末に金を賭けて遊ぶさ」
「死ぬ方に賭けてみなよ。大損するからね」
突然口を挟んできたベロニカによって、エクセルの表情はますます不機嫌さを増す。
ニルナとは正反対、強気もいいところだ。
頼もしい限りである。
作戦を成功させるには、まずはやる気だ。
体力、魔力、総力、何もかもが劣っている俺達が、異形種同盟の幹部へ喧嘩を売るのだから、戦意くらいは相手より上でありたいものだ。
それから、全員の協力も必要不可欠である。
特に、今回のような作戦では、ひとつでもしくじればたちまち総崩れだ。
「…………上手くやってくれよ」
誰にも聞こえないように、俺達から離れて行動する数名へ向けて、俺は呟いた。
★★★★★★
木佐岡達が中央広場へゆっくりと進む間、作戦は着々と進んでいく。
須郷は予定通り、地図で確認した地点へ移動していた。
巡回の敵兵との鉢合わせは避けつつ、できる限り素早い移動を心がける。
見つかっても遅刻しても、全てが無に帰すからだ。
ゴブリン兵の斥候が、前方から歩いてくるのが見えた。
咄嗟に、略奪された家屋の残骸に身を隠す。
斥候をやり過ごす間、須郷はこの前の会議で自分が述べた言葉を思い返していた。
『第1班と第2班は、正面から堂々と村へ入れ。私と聖職者、マーティンとその彼女は正面門は使わず、警備の手薄な場所から侵入し、指定されたポイントへ迅速に移動しろ。私達の任務は、中央広場の本隊とは別に陣取った部隊……別動隊と呼称するが、そいつらの足止めだ』
『広場で事が始まったら、私は図書館付近に陣取った部隊、聖職者は冒険者ギルドの近くの部隊を釘付けにする。別動隊が主戦場になるであろう広場へ乱入するのを、何としても防ぐんだ』
自嘲の笑みが溢れる。
何というか、自分でも無茶な作戦を考えついたと思う。
偵察に赴いたエバーグリーンの情報によれば、須郷が担当する別動隊の兵員は700体。
それを1人で食い止めるのだから、体への負荷は尋常ではないだろう。
大幹部と準幹部を含めた、広場の本隊1000匹を食い止めるよりかはマシとはいえ、キツいものはキツい。
でもやるしかない。
首を突っ込むと決めてしまった以上、ここを乗り越えなければ、日本へ渡るための次のステップを踏めないのだから。
★★★★★★
一方、マーティンとエルロッド、アンは既に冒険者ギルド付近に到着し、廃屋の屋根の上から様子を窺っていた。
冒険者ギルドを取り囲むように、敵兵がうじゃうじゃといる。
マーティンは思わず息を呑んだ。
「確認。この後の手順は覚えているか?」
「広場で騒ぎが起こったら、アンがゴーレムと一緒に敵を陽動する。そしてその隙に、僕とエルロッドが冒険者ギルドに閉じ込められてる村人を助ける……だったよね?」
アンが「お見事」と小さく手を叩く。
正直不安だ。
たった3人で、あんな数の相手を嵌めるなんて、不可能に近い。
でも……。
「頑張ろうね、マーティン」
「……うん」
隣で笑っている彼女……エルロッドがいれば、何でもできる気がする。
★★★★★★
「さあ、着いたぞ」
広場へ通された俺達を待っていたのは、これまた異形の軍勢であった。
広場を包囲するような形で展開しているようで、中にいるのはせいぜい150体くらいであった。
多種多様な兵隊らの中に、一際目立つ異色の存在がいる。
ゴブリンやトロールなど、人の形をしていない存在とは違って、彼らの形は人間に近い。
ただ、それでいてどこか人間から遠いような、そんな気配を感じる。
きっとこいつが話に聞く、大幹部カルロスと、その配下の人狼だろう。
こいつが指示を出せば、広場の外に待機する敵が一斉に雪崩れ込んでくるに違いない。
「お前がカルロスか」
「そうだ。それで、お前が緑の男か。噂には聞いていたが、本当にいかれたファッションをしているな」
「どうも」
カルロスはニタリと笑ってみせた。
ムカっとくる笑みだが、俺は何も言わずに視線を彼の背後へと移す。
そこに立てられた柱に、人質…………トゥピラ・イリエスが縛られている。
特に暴行を受けた様子はないが、少しやつれていた。
ゾーリが進み出て、声を張り上げる。
「来たぜ、ぺったんこ!」
ニルナとベロニカも続く。
「先輩! お助けに来たッスよ!」
「心配したんだよ、怪我とかしてないよね?」
「……ゾーリ……ベロニカに、ニルナまで……」
「待ってろよ、すぐに俺がその縄切ってやる」
「あらあらぁ、感動のお、再会ですかあ。私もうるっと来てしまいますう」
突然会話に割り込んできた声に、ゾーリは敵意剥き出しの視線を送り──躊躇いがちに逸らした。
ストエダは顔面の右半分を覆う仮面を撫でながら、身体をいやらしくくねらせる。
長い舌が彼女の口からちろちろと覗き、気色が悪い。
「久しぶりだな、ストエダ。俺の同居人を突然攫うとは、どういう了見だ?」
「こんにちはあ、銃のお方あ……。貴方がここに来るのをお、ずうーっと待っていたんですよお」
「そーか。来てやったぞ、喜べ。てか、仮面つけたんだな」
「あ、気づいちゃいました? 素敵でしょお、これえ……。貴方とあの金髪のゲルマンさん……お2人のお陰で、この仮面をつけることになったんですう」
そう言って、ストエダはそっと仮面を外す。
「私ぃ、怪我が自然に治る体質なんですよお。でもお、この顔だけは全く治らなかったんですう……」
その場にいた全員──敵味方関係なく、言葉を失った。
ストエダの顔は右半分が灰色に変色し、木の幹のようにしなしなだった。
若く美しい女の顔と、歳を重ねに重ねた老婆の顔が、半分ずつくっついているような不気味さである。
銃弾と矢の跡が残っている頬。
瞼と唇が崩れ落ちたのか、眼球と歯は剥き出しであった。
漆黒のシスターは、まさに異形種と呼ぶに相応しい見た目へ変貌を遂げていた。
「う、うえ……」
「キョーレツであります……うぼおっ……」
プツェルとルコルバがその場で嘔吐した。
新人達はさらに怯え始め、キダニは小さく「Oh,shit……」と呟く。
それほどにストエダの風貌は恐ろしく、強烈であった。
俺も思わず吐き気を覚える程だ。
「随分とまあ……美しくなったな」
「あらあらあ……」
まだ何か言いたげなストエダを静かに黙らせたのは、カルロスだった。
「与太話はこの辺にしよう。さて、緑色の男。要求したものを出せ」
「……」
「鍵の破片だよ、早く出せ」
俺は大人しく、隠し持っていた袋を取り出した。
「本物だよ。確かめろ」
「……確かに本物だ。破片が発する特殊な音と匂い……人間には感じることのできないそれを、はっきりと感じたぞ」
「やっぱ、誤魔化せねえよな」
ミッチャーがぼやいた。
なんとなくぞわりとして、振り返った。
ベロニカとシグマの睨むような視線が、俺に突き刺さっている。
「……ブツとしか聞いてないんだけど」
「細かい話は後で」
言い逃れは後ですればいい。
今すべきは、交渉だ。
「トゥピラが先だ」
「拒否する。破片を寄越せ」
「それはできんな。解放しろよ、人質を」
「だから、拒否すると言っているだろう。俺はお前らを信用していない。だから誠意を見せてみろ。そうしたら、解放してやる」
カルロスは譲らない。
だからと言って、俺が譲る必要もない。
信用し合っていないという点では、俺とカルロスは良い仲間だ。
「どうしても誠意を見せる気になれないというのなら……」
シュイッ
まるで剣を抜くかのように、カルロスの右手人差し指の爪が長く鋭く伸びた。
カルロスはその爪をトゥピラの首筋に押し当て、口角を僅かに上げる。
トゥピラが小さく悲鳴をあげた。
「無理矢理にでもその気を起こさせるまでだ」
「てめぇッ……!」
「許さんでごわす!」
血管を浮かせたゾーリ達が武器を構えるが、俺は咄嗟に2人を制する。
「……殺せねえくせに」
「何だと?」
「まあいい。降参だよ。破片はくれてやる」
2つの破片の入った袋を、俺は放り投げた。
カルロスは左手を伸ばし、キャッチしようとする。
奴の手が飛んできた袋に触れる瞬間、俺は素早く手を動かした。
それに合わせて、袋はカルロスの手から弾かれたように離れていき、元来た軌道を戻っていく。
カルロスが唖然とする中、袋は俺の手の中に戻ってきた。
作戦は成功だ。
俺の指と袋は、細い糸で繋がれていたのだ。
「なーんてな。やるわけねえだろ、ばーか」
「………………舐めているのか、人間」
「元よりこのつもりだ。俺達は、戦うために来たんだよ」
「そうかよ。そのつもりかよ……」
奴の声色が変化した。
低く、暗く、荒々しく。
苛立っているのがよくわかる。
後頭部をガシガシと掻きながら、カルロスは言った。
「ああ、くそ。あまりに舐められたことが腹正しくて、手加減を忘れてしまうかもしれない」
「それでもいいんじゃあ、ないですかあ? ちょうどお、私もあの人をぶち殺したくてたまりませんのでえ」
ストエダは聖女らしからぬ言葉遣いと共に、じゅるりと舌なめずりをする。
それが合図だったのか、広場の外に待機していた異形の軍勢が、ぞろぞろと広場の中へ進入してきた。
俺達が入ってきた正面入り口も、敵軍の兵士によって封鎖される。
広大な広場を埋め尽くす異形種共。
連中の狙いは、俺達だ。
じわじわと、開戦の時が迫っているのがわかる。
誰に言われるまでもなく、全員が武器を手にして魔王軍と対峙した。
俺はベロニカに目配せする。
彼女はしばしの沈黙ののち、ひと言。
「……やれるよ」
「頼む」
そして────
「皆殺しだッ!」
カルロスの、咆哮に近い叫び声が轟いた。
それを合図に、敵軍は一斉に突撃を開始する。
20人程度の俺達を物量で押し潰すべく、喚きながら一心不乱に疾走する多種多様な兵隊。
剣や槍を構えたゴブリンに先陣を切らせ、その後にトロールやオーク、ドワーフなどが続く。
「作戦は予定通り続行! 全員の健闘と奮起を期待する! 最後の最後まで戦え!」
仲間達を鼓舞する言葉を吐いた後、俺は走り出した。
──トゥピラやカルロスのいる方とは逆の、正面入り口の方へ。
ゴアンスとウィル、ニルナ、ミッチャーも俺の後に続いた。
「プツェル、ルコルバあ! 先輩を頼むッスよーッ!」
「逃げる気か! させるな!」
出入り口を封鎖する敵兵が、行手を阻む。
「うおおおおおっ!」
体格に恵まれたゴアンスが、真っ先に殴り込んで行った。
群れて襲いかかってくるゴブリンを、めちゃくちゃに腕をぶん回して吹っ飛ばしていく。
ミッチャーとニルナもゴアンスに続いて敵の群れの中に突っ込む。
俺はとウィルは彼らを支援するために銃と弓を撃った。
あまり無駄弾は撃てないが、ここで使わずしていつ使うというのだ。
脳天をぶち抜かれ、1匹、また1匹と倒れていくゴブリン兵。
しかし、敵の数に終わりは見えなかった。
撃っても撃っても、別の敵が現れてゴアンス達に襲いかかるのだ。
思わず舌打ちした、その時。
「アタタタタタタタタタタタタッ!」
何者かが、異形種の軍勢に突っ込んだかと思えば、驚異的なスピードのラッシュを叩き込み始めた。
ゴブリンが吹っ飛び、オークの鼻が潰れ、コルペニー族の顎が砕け、闇エルフやドワーフが仲良く倒れていく。
何者か、と武器を向ける異形種達だったが、その者の顔を見て慌てて引っ込めた。
俺達をここまで連れてきた魔王軍軍団長、6本腕のエクセルだった。
「エクセル! 何をしている!」
「見ての通りです、大幹部さま」
……作戦通りだ。
このエクセル、実はエクセル本人ではない。
本物のエクセルは冒険者ギルド付近に展開する軍の指揮をしているので、ここにはいないのだ。
では、ここにいるエクセルは?
答えは、エバーグリーンだ。
彼女の得意とする能力は"変装"。
老若男女、種族、身分問わず完璧に成りすます、スペシャルな工作員なのだ。
当然、向こうはそんなことを知る由もなく、混乱が戦場に伝染していく。
「今だ!」
エクセルに化けたエバーグリーンの作った道を、俺達第1班は駆け抜けていく。
広場を出る瞬間、俺は振り返って手を振った。
それは、広場に残る第2班に向けてでもあったし、捕えられたトゥピラに向けてでもあったし、憎しみに顔を歪めるカルロスに向けてでもあった。
「あらあらあ、逃げられちゃいましたねえ。追跡しますかあ?」
「……行け! 早く!」
「ヘイゼルさぁん、行きますよお」
しかし優雅な足取りで歩き始めたストエダ。
カルロスの苛立ちは絶頂に達しようとしていた。
「ストエダあ! さっさと走れ!」
ストエダだけではない。
我に返った異形種同盟軍の兵隊は、俺達を追って走り出した。
ベロニカ達などそっちのけで、こちらに向かってくる。
「行くぞぉ! ゴーゴーゴー!」
全力疾走。
第1班の作戦──"鬼ごっこ"のスタートだ。
こうして、トル村の決戦の幕は切って落とされた。
あとは勝者が決まるまで、殺し合うだけだ。




