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束の間の平穏

 これは移動中にトゥピラに聞いたのだが、この国には国家神聖法という憲法のようなものがあり、その第7条で銃火器やその他機械類の使用や開発が全面的に禁じられているらしい。


 魔法による国の発展を狙って制定された項であるそうなのだが、近年は魔法技術に限界が見え始め、国民の間でも「銃や機械=禁忌の品」なんて常識は若干薄まりつつあるらしい。


 とはいえ、天界教団なる宗教の信者や保守派は反機械の立場を一貫して守り続けている他、7条違反者は教会に裁かれ、無期限投獄もしくは死罪になるので、とんでもない世界である。


 それなのに、彼女は俺を売らなかった。


 やはり、先述した世論の変化というやつなのかとも思ったが、のちに判明した本当の理由というのが奇妙なもので……




「到着よ。ここが私達、パーティ第762号の家」


「ほ、ほう……」


 背の高い建物に挟まれるようにして、一軒の小屋がそこに佇んでいた。


 周囲に人気はなく、もの寂しい雰囲気である。


 華やかな王都のイメージから一転、ここはまるで別世界だ。


「すごいでしょ?」


 自嘲的に笑う少女。


 彼女の腕の中では、もふもふが窮屈そうに身を捩っている。

 トゥピラはこいつをえらく気に入り、あろうことか連れてきてしまったのだ。


 彼女はこいつを俺のペットだと思っているらしいが、当然誤りである。


「ボロボロで狭いけど、人は住めるから大丈夫。不便だったらごめんね?」


 トゥピラはそう言って、ドアを開けた。


「ただいまー」


 外見に反して、中身は意外と整っていた。

 狭いところだったが、家具は規則的に並び、中央にはテーブルが設置されていた。

 小屋には3人の人物がおり、その中でも一際大柄な男がのっそりとした動きで応じた。

 坊主頭で、力士のような体格の男だった。


「おう、遅かったなぁ。ん?」


 男と目が合う。

 細い目であったため、開いているかぱっと見わからない。


「知らん顔でごわすな。イリエスさんの知り合いかぁ?」


「そのようなものだ」


「キサオカ・トシヤさんよ。あと……この子、なんて名前?」


「知らん」


「それで、なんで連れてきたんでごわすか?」


「ほら、マーティンが……」


「あー、あれか。よう見つけたなぁ。しっかし珍しい。おいほどじゃあないが、大きい人でごわすなあ。33メルトはある」


 ゆっくり立ち上がると、ゾウのような動きで男は近づいてきた。

 2メートルはあるだろうか。

 183センチの俺が顔を上げていないと、相手の顔が見えない。


「おいのことはゴアンスとでも呼んでくれ。何かを食ってる時が1番幸せな男でごわす」


「はじめまして。木佐岡利也です」


 俺達は固い握手を交わした。

 ゴアンスの手は大きく、そして柔らかかった。


「おいは格闘家ってことでやってるが、実力はまだまだでなぁ。穀潰しもいいところでごわすよ」


「ゴアンスさんったら……。誰も穀潰しなんて思ってないわよ」


 トゥピラは苦笑し、ゴアンスは豪快に笑った。

 仲の良さを感じるには十分なやりとりであった。


「しばらくお世話になります」


「そうかしこまらんでくれ。みんな楽にしてた方がおいも楽だからなぁ。おお、こいつ、かわゆいなぁ……ははは」


 少しもふもふと戯れてから、ゴアンスは後ろを振り返り、俺のことを注意深げに見ている男を指し示した。


「あいつはゾーリンゲンくん。戦士をやってる。子供の時に兵隊に取られてた時期があって、うちのパーティで1番戦いに慣れてるんめごわすよ」


 ゾーリンゲンという男は、ぴくりと右の眉を動かした。

 ゴアンスほどのガタイはないが、だらんとしたタンクトップ風の服から伸びた腕はがっしりとした筋肉がついている。


 若い男だった。

 20代くらいだろうか。

 ボサボサの髪を後頭部で結えている。


「てめえ、この家に泊まろうってのか?」


 ゾーリンゲンが尋ねてくる。

 その声は歓迎の色をしていなかった。


「だったらよお、俺の質問に答えてみやがれ。そこに女がいんだろ?」


「ああ、いるな」


 横目でトゥピラをちらっと見て、ゾーリンゲンに視線を戻す。


「そいつのパンツの色、当ててみろ」


「「……は?」」


 トゥピラと俺の声が揃った。

 ゾーリンゲンはにやりと笑って続ける。


「こいつは試練だぜ。これを乗り越えたら、ここを宿として解放してやらあ」


「そ、そんなこと言われてもだな……」


 ニヤニヤ笑いのゾーリンゲンと怒りだか恥ずかしさだかでトマトみたいになっているトゥピラを交互に見ながら、俺は考える。


 当てに行くか?

 いや、それでは変態だと思われてしまう。

 ドン引きされてしまう!

 しかし、当てに行かなければあいつに追い出される気がする。

 どうする。

 どうする木佐岡利也!


「真面目に悩まないでくれる⁉︎」


「あいつの言うことを間に受けちゃいかんでごわすよ」


「……はっ!」


 トゥピラとゴアンスの声で我に返った。

 ゾーリンゲンは舌打ちし、こっちを睨んできた。


「ンだよ、期待してたのに」


「あんたの同類はこの世にいないってことねー」


 そう容赦なく言うのはトゥピラである。


「そうだ、変態。あんたの服貸して」


「はぁ? 何でだよ? まさか、男装趣味に目覚めたか?」


「馬鹿」


 言いながら、もふもふを床に下ろす。


 クローゼットに歩み寄り、トゥピラは乱暴に戸を開けた。

 中にあるのは大量の服である。


「トシヤの普段着にするの。あんた、買うだけ買って着てない服あるでしょ? ただでさえ金欠だっていうのに……」


「おいコラぁ!」


 突然、ゾーリンゲンがトゥピラに飛びかかった。


「ふざけんじゃねえぞぺったんこ! 俺の大事な服を!」


「ぺったんこって言うな!」


「じゃあデカケツ! 昔からでけえのは尻だけだ!」


「……! 人が気にしてることをでかい声で言うなっ! このバカゾーリ!」


 ウン、確かにない。

 膨らみが全くない。


 それに、言われてみれば常人よりも下の方が大きいかも……。


 …………ハッ。


「あの2人は幼馴染でなぁ」


 ゴアンスが耳打ちしてきた。


「ああやって毎日、遠慮なく言い合っては喧嘩してるんでごわすよ。おいの友達はみんな死んじまったからなぁ、羨ましい羨ましい」


「え?」


「ああ、いや、気にせんでくれ」


 思わず返答に詰まる。

 急に重い話をされて、人が困らないはずもなく。


 助け舟を出してくれたのは意外にも、トゥピラから逃げるようにやってきたゾーリンゲンだった。


 もふもふは、彼を避けるように俺の足元に擦り寄ってくる。


「ちぇー。おい、緑ハゲ。ぺったんこにゃ気ィつけろよ? 特におっぱいについては触れるんじゃねえ。ひっかかれるぜ」


 引っ掻き傷だらけの顔でそんなことを言ってきた。

 あとハゲてねえ、坊主だ。


 と、ここで俺は、さっきから壁に寄りかかり、黙ってこっちを見てくる者の存在に気がついた。

 ハンサムな青年で、メガネの奥の瞳が真っ直ぐこっちを見ている。

 腰には髑髏の装飾が施された弓を下げていた。

 何より特徴的なのは、胸の辺りまで伸びた金髪からはみ出る耳。


 そう、尖っていた。

 耳が尖っている種族はアレくらいのものだ。


「エルフか?」


「クソメガネが気になんのか?」


 ゾーリンゲンが言った。


「あいつとは極力距離保っといた方がいいぜ? 話しかけても返事しねえし、向こうから話しかけてくることもねえ。一緒にいると気まずいんだよなぁ。それによ、あの目つき。おっかねえったらありゃしねえ」


 散々な言われようだが、挨拶くらいはしておいた方がいいと思ったので、俺はエルフに声をかけてみた。


「ど、どうも」


「……」


 応答なし。

 エルフはこっちを見据えたまま、口を閉ざして開こうとしなかった。

 どうしたものかと迷っていたところで、クローゼットの前に立つトゥピラが口を開いた。


「あ、あのね。ウィルは元からこんな感じだから、気にしないで」


「ほら、言った通りだろ」


 ゾーリンゲンがあそこまで言うのも納得できる。

 たしかに、あのエルフと2人きりで1日を過ごせる自信はまるで湧いてこない。

 再び気まずい沈黙が訪れようとした時、唐突に大きな物音がした。

 小屋の左奥の角からだ。


 見れば、床が動いていた。

 ゆっくりと、俺から見て右に向かってスライドし、穴が出現した。


 そして、その穴からまたしてもエルフがひょっこり顔を出した。


 ウィルとは違い、こっちは子供だ。

 長い茶髪と尖った耳、絵の具のように美しい白い肌。


 歳は小学生か中学生くらいだろうか。


「地下室があるのか」


「彼はマーティン。ウィルの知り合いで、11歳」


 トゥピラが言った。


「女の子みたいだけど、男の子よ」


「おかえり、トゥピラ。随分と遅かったけど、何してたの?」


 と、エルフの少年。

 少女のような高く澄んだ声だ。


 問いを投げられたトゥピラは、気まずそうに頬をかく。


「えっと…………それより!」


 逃げた。

 まあ、ゴロツキに絡まれてたなんて言えんわな。


「マーティンが探してた人、見つけたわよ!」


「え? 王都に銃を持ってる人がいたの⁉︎」


「そう! キサオカ・トシヤさんよ!」


 その瞬間、マーティンは穴から勢いよく飛び出し、テーブルをひょいと飛び越えて俺の足元まで駆け寄ってきた。


 そのつぶらな瞳は、俺の小銃にキラキラした視線を送っていた。


「うわぁ……。すごいや、こんな銃は初めて見るよ」


「こらこら、子供には危ない代物だぞ」


 手が届かないよう、俺は銃を高く持ち上げた。

 マーティンはぷうと頬を膨らませる。


「銃に興味があるのか? でも、国家神聖法とやらで禁じられてるんじゃないのか?」


「確かにそうだね。でも、僕は制度を変えるべきだと思うんだ」


「ほう?」


「魔法はたしかに素晴らしいよ。剣や弓も魅力的だしね。でも、機械を排除するのはダメだと思うんだよね。いずれ、機械が魔法を凌駕する日が来る。ここまで国が魔法にこだわる意味って何なんだろうね。魔法だけじゃ、発展は望めないのに。そもそも、国家神聖法なんて古臭い法律を、頑なに変えようとしない政府に国民も飽き飽きしていて……」


「……革新的だな」


 少年の目はいつの間にか、どこか遠くを見るような寂しげなものに変わっていた。


 だが、それも一瞬のことで、


「……あ、ごめん。つい変なこと言っちゃった……」


「何で銃や機械に興味を?」


「さっき言った通りだよ」


 エルフは恥ずかしそうに笑った。


「僕は国の存続と発展に、機械や銃が必要だと思う。だから、地下室で機械について研究してるんだ。こっそりね」


「なるほど……?」


 トゥピラを睨むと、彼女は気まずそうに目を逸らした。


 ゾーリンゲンが馬鹿馬鹿しそうにため息をつく。


「こいつの好奇心にはひやひやさせられるぜ。みんなで何回もやめろって言ったんだぜ? でもチビのヤロー、強情なんだよ案外。今はぺったんこもデブも諦めてすっかり慣れちまったが、俺はいつ兵隊に摘発されねえか心配で仕方ねえぜ。かつての戦友に縛られるような事態はごめんだね」


「うう、ごめんよ……」


 申し訳なさそうに頭を下げるマーティン。

 これから、俺はこいつの研究に付き合わされるのだろうか。

 守秘義務とかは大丈夫だろうか。


「それで、キサオカさん!」


「お?」


「その銃、貸してください!」


「断固としてノー。銃の仕組みなんて教えられんし、悪法もまた法なりだ。犯罪に手は貸せん」


「そんなぁ……」


「ほれ、落ち込むな。そこのかわゆい生き物と戯れるといいでごわすぞ」


 項垂れて、ゴアンスに慰められるマーティンを見ながら、俺は思った。


 とんでもないところに転がり込んでしまった。

【王国のお風呂事情】

貴族や金持ちは家に風呂を持っているが、大半の者は5日に1回洗浄所という銭湯のような施設で体を洗う。トゥピラは綺麗好きなので、毎日通っている

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