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争奪戦の幕引き

 悲鳴を耳にした俺達は、焦った。


 その悲鳴の主がミドルフィンガーであると確信していたからだ。


 何が起きた。

 あいつはどうなった。


「ブルー、グリーン! その子を頼む!」


「はい、姉ちゃん!」


 俺達はすぐに屋根から飛び降りる。

 大した高さではなかったので、怪我はない。


 広場は黒鯨鉄十字団兵、ソ連兵、コタノス家親衛隊の死体がごろごろしており、まだ血生臭い。

 だが、そんなことを気にしている余裕は俺達にはなかった。


 建物内へ突入し、悲鳴の発生源と思われる部屋を目指して廊下を駆ける。


 人形の襲撃はない。

 俺達の足音以外には、何も聞こえなかった。


「多分ここだ」


 ミッチャーが指さしたのは、職員室と思しき部屋の扉。

 半開きになったドアの向こう、床に血溜まりが広がっている。


 俺も、確信した。

 ここだ。


「……」


「……」


 互いに頷き合った後、ミッチャーが扉へ体当たりし、中へ突入する。

 続いて俺も銃を構えて突入した。


 攻撃はない。

 声もしない。


 スウェトリン・ミドルフィンガーの姿は、どこにもなかった。


「……いねえな」


「ああ」


 床にただ血溜まりが残っているのみで、ミドルフィンガーも、彼女に悲鳴をあげさせた者の姿もそこにはなかった。

 不気味な程の静寂が、職員室を包んでいる。


 わけもわからず銃を下ろす。

 何度部屋を見渡したところで、何もないとはわかっていても、その行為を止めることはできなかった。


「……おい、あれ……」


 不意に、ミッチャーが声を漏らす。


 彼女が見ているのは、机の下。

 そこでは、白い何かがモゾモゾと動いている。


 反射的に銃を構えるが、そいつの正体に気付いた時、俺はすぐに警戒を解いた。


「……ピティか?」


「ぴい」


 白いもふもふが這い出てくる。


 奴は俺達の姿を認めると、甘えるような声で鳴いた。

 床の血溜まりに突っ込んだのか、白い体はところどころ赤くなっている。


 帰ったら洗ってやらねば。


「そういやいないと思ってたんだが、こんなところに……」


 俺の言葉は、そこで途切れた。

 ピティが、何かを口から吐き出したからだ。


 その形には見覚えがある。


 小さな、金属のかけら。

 血と肉がこびりついた、何かの金属片。


 そう、それは……。

 ジュネーヴ・リッテンハイムから摘出した破片にそっくりで、というかそのもので……。


「……」


「……」


 言葉が出なかった。


 ミッチャーも口をあんぐり開けて固まっている。


 ピティはというと、くりくりした目ん玉で俺達を見上げながら、ちょこんと座っていた。


「……なんで」


 ぽつり、と。


「なんでお前の口から、鍵の破片が出てくるんだよ……」




 ★★★★★★




 一方、外でも異変が起こっていた。


 その異変を目の当たりにし、警視隊、そして駆けつけた陸軍と騎兵団の兵士達は進撃を止めた。


 別の場所ではベロニカ・ルウェイオスが逃げる足を止め、ニルナとシグマもまた立ち止まった。


 さらに別の場所では喉笛を噛み切られる寸前であったユークリウスが九死に一生を得、呆然としていた。


 またさらに別の場所では、安全が確認されたソ連軍が撤退を始め、さらにさらに別の場所では騎士と寿司屋の静止も聞かずにコタノスとフォルタブが店の中から現れる。


 場所は違えど、皆が同じ異変を同じ街で感じ、目視し、各々異なる行動を取っている。


 されど、思うことは同じ。


「……これは、どういうことだ?」


「ワタシにもサッパリデース……」


「あわ、あわわ……大量死じゃあないか、これは……」


 慄くフォルタブを他所に、コタノスは近くに倒れる男に近づく。


 糸の切れた操り人形のように倒れた男の目はどこも見ておらず、体はぴくりとも動かない。


 よくわからないが、助かった。


「恐らく、破片の保有者が討ち取られたと見ていい。この店も陥落寸前だったんだ、神と緑の男に感謝しよう」


 そう言って、コタノスは振り返る。


 その背後には、死体のように崩れ落ちた人々が狭い道を埋め尽くしていた。

 彼らの状態は先程の男と同じく、糸の切れた操り人形と形容するのが正しいだろう。


 唐突に終わった戦闘に、騎士達は武器を下ろすのも忘れてただ呆然として動かなかった。




 ★★★★★★




 同じことが、街のあらゆる場所で起こっていた。


 人々を追いかけまわし、喰らっていた暴徒達は突然その動きを止め、ころりと崩れ落ちたのである。

 それも、全員が一斉にだ。


 理由はわからない。

 だが、助かった。


 不死身の人喰い共は死んだ。

 神は王国を見捨てなかったのだ。


 そう理解した時から、人々の行動は迅速であった。


 生き残りはすぐに街から逃げ出し、軍と警視隊が後始末を開始した。

 要請を受けた死体回収の馬車が186番地に集結し、兵士達は慣れた手つきで死体を荷台に放り込んでいく。


 当面の間は、軍によって街は閉鎖されることだろう。




 ベロニカの目の前でも死体回収は行われている。


 先程まで3人を追い回していた暴徒達は完全に沈黙し、今や一切の抵抗もせずに馬車へ放り込まれていく。

 その中には、かつてベロニカの父親だった者も含まれていた。


 急に変貌し、シグマの槍で貫かれても立ち上がり、襲ってきた父親。

 もう彼の声を聞くことは、できない。


「……ベロニカちゃん」


「ベロニカ……」


「いいんだ」


 心配そうな2人の声を、ベロニカは制する。

 もう現実は受け入れたつもりだ。


「パパは死んだ。もうそれは変わることない現実だよ。僕だって前を向かなくちゃいけない。パパだって、そう望んでるはずだよ」


「ベロニカちゃん……」


 シグマに頷きを返して、馬車の父親に向き直る。


 今までありがとう。

 神の元でもどうか健やかに。


 そう祈ることしか彼女にはできない。

 だからこそ、少女は祈る。


「こんなことが、あり得ていいんスか……?」


「黒兎級のあんたにはわからないかもだけど、冒険者であるならいずれ起きていたことよ。あんたも、覚悟決めときなさいよ。いずれとは言っても、いつ起こるかわからないもの」


「……肝に銘じるッス」


 ニルナがそう呟いた時だった。


「…………人形だよ」


 背後で、何者かが呟いた。

 同時に振り向く3人。


 腰に剣を下げた男が、そこにいた。

 驚く3人の前で、男は続ける。


「は?」


「彼らは操り人形にされてしまったのだ。魂のある人形にな」


「あんた、何言って……!」


「それ、僕らに言ってるのかな?」


 男に掴みかかろうとするニルナを制止し、ベロニカは尋ねた。

 彼が頷いたのを見て、シグマまで警戒し始める。


「……ああ」


「それって本当なのかな。人形云々ってやつ」


「嘘偽りはない。事実を述べている」


「……」


「続けるぞ」


「……どうぞ」


 男は一呼吸の間を置いて、再び口を開いた。


「この街で暮らしていた全ての人間は、"人形劇師"の支配下にあった。普通に暮らしているように見えても、所詮は糸で動かされている人形に過ぎん。だが、人形劇師は人を人形にできても、魂を抜き取ることはできなかった。意思に反する行動を体がとり続けても、心だけが生き続け、いずれ衰えて死ぬ。これは体が死んで、脳だけ生きている状態と言える」


「……」


「人形に魂があろうと、自ら動くことはできない。操り人形がなければ四肢は動かない」


 無感情な声を、ベロニカは黙って耳に入れる。


「逆に言えば、動かなくとも魂はある」


「……え」


 動かなくとも魂はある。

 その言葉が何故か脳内で何度も繰り返される。


 ……何故かはわかっている。


 全て察してしまったベロニカがいる。

 認めたくないが故に、"何故だろう"と思い込もうとしているベロニカがいる。


 ひと言で言えば、混乱していた。


「……嘘」


「嘘偽りはない。事実を述べている」


 男の言葉に嘘がないことは、彼女にもわかっている。

 突拍子のない言葉でも、その口調は絶対的な真実味を帯びていた。


 鎧の下で体が震えている。

 それが鎧に伝わって、ガチャガチャと音を立てる。


 我慢ができず、振り向いた。


 馬車は既に、その場にいなかった。

 左を見れば、走り去ろうとしている馬車の背が見える。


「物は大切に扱わねばな」


「待ってよッ!」


 男の声を掻き消すように、ベロニカは叫んだ。


 よろりと1歩踏み出して、縮まることのない距離を縮めようとする。


「パパが! パパが生きてるんだ! 墓場まで持っていかないで! 戻ってよ! ねえ!」


「ベロニカちゃん!」


 シグマが、彼女の手を引いた。


「もう魂なんて残ってないわよ! 私が槍で頭を貫いたんだもの! 既にあの人は空っぽ! 死んでいるの!」


「……シグマ」


「…………ごめんなさい……私、ベロニカちゃんのお父さんを……」


 絶望。

 もうどうにもならない現実への激しい憎悪。


「…………ああ……」


 ベロニカは膝から崩れ落ちた。


 本当にもう、どうにもならないから。

 一瞬湧いた希望も儚く崩れ、あるのは非常な現実(リアル)だけ。


 父は死んだ。

 確実に死んだ。


 人形になって死んだ。

 空っぽになって死んだ。


 死んだ。

 父が死んだ。


「……どうして、こんなことになるんだよ……!」


「鍵だ」


 顔を上げる。

 さっきの男が、無表情に見下ろしていた。


「鍵の破片の保有者が、この事態を引き起こした」


「……何なのさ、それ」


「さあ。巻き込まれた者に、ちょっとだけ真実を伝えたまでだ。後は知らん」


 そう言い残して、男は立ち去った。


 3人、何もなくなった通りに残される。


 ニルナは何も言わない。

 シグマもまた、何も言わない。


 初めに静寂を破ったのは、ベロニカだった。


「シグマ」


「……何?」


「帰ったら、ゴードンさんと一緒に調べ物をしよう。まず行くべきは図書館だよね」


 ベロニカは、笑った。

 いつも通り振る舞おうとした。


 だが、その笑みはやはりぎこちなく、声も震えている。


「……わかったわ。あのジジイも協力してくれるはず。頑張ろ、ベロニカちゃん」

【埋葬】王国では土葬が基本である。墓地は教会が管理しており、信徒でない者は墓を持つことが許されない。そのため死体の放置や不法遺棄が問題になっている

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