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ナチズムとコミュニズム

「ここから少し歩いたところに、私の親衛隊がいる。この街にいる鍵の捜索には、彼らを使うといい」


 店を出る際、コタノスはそう言った。

 須郷はありがたく使わせてもらうという旨の返事をして、俺とミッチャーを連れて路地を後にした。


 路地を出た瞬間に辺りが眩しくなり、一気に活気が戻る。

 行き交う人々を眺めながら、俺は言った。


「あんた、何を考えてる?」


「うん?」


「コタノスとフォルタブは確実に腹の中に何か隠してる。それを追及しないのは何故だ」


「そうだぜ姉御。貴族なんざ信用ならねえよ」


 ミッチャーも乗っかってくる。

 だが、須郷はあくまで淡々としていた。

 俺達の詰問にも、なんということもない風に答える。


「私もあいつらを信用したわけじゃない。だが、ここで追及してしまえば、向こうが手を切ると言い出すかもしれない。貴族議会で最大派閥を構成する奴らだ、手を組んでいて損はないだろう?」


「それはそうだが……」


「奴らとは協力する。だが敵だと思え。こちらが独自に手に入れたモノや情報は決して渡すな。絶対に連中を信用するなよ」


「……あいよ」


「ぴゅい?」


 ピティが見下ろしてくる。

 俺は安心させるように、彼もしくは彼女に笑いかけた。


 まあ、これが得策だろう。

 せっかく大貴族が協力を申し出ているのだ。


 乗っかっておくのがいいだろう。


「行くぞ。親衛隊と合流する。お前もそろそろ、便所かどこかで最強の緑色に変身しておけよ」


 そう言うが早いか、須郷は歩き出した。

 俺も後に続こうとしたが、横から歩いてきた男とぶつかってしまった。


「すみません」


「いえ、お気になさらず」


 ぶつかった青年は、爽やかに微笑んでそのまま歩いて行ってしまった。

 目元が隠れそうなほどに帽子を深く被った、顔立ちの整った好青年であった。




 ★★★★★★




 青年は人混みを抜け、目的地へと急ぐ。

 できるだけ目立たないよう帽子を目深に被り、挙動も平常に保っていた。


 晴天の王都186番地は活気に溢れている。

 人混みを離れたとしても、逃してくれはしないことは青年にもわかっている。


 案の定、花屋の前で客を狙っていたおばさんに捕まってしまった。


「そこのお兄さん、お花買って行かないかい?」


 青年は特に嫌な顔をすることはなく、むしろ柔らかい笑顔で首を振る。


「いえ、お構いなく。ファーミット用の花は用意していますので」


 ファーミットとは、国教である天界教が主宰する王国で年に1度の祭典である。

 最高神の生誕を祝い、国王をはじめとした国のブレーン達が教団の神殿へ出向いて神に捧げ物、所謂誕生日プレゼントを贈るのだ。


 開催中の5日間は国の全土が祝日となり、人々は最低でも3日以上家に飾っていた花を祭壇に花を捧げることで、神の生誕日を祝福するのである。


 だが、最近は戦況の悪化もあって、最前線に近い街や村ではファーミットは行われなくなりつつある。

 戦争や税に苦しむ民衆を救ってくれない神の誕生日を祝う暇があったら、塹壕を掘っていた方がよっぽどいいからだ。


 断られたおばさんは心底残念そうな顔をしながらも、青年をこれ以上引き止めることはしなかった。


「うーん、そうかい……。ま、買ってあるんならこれ以上ババアが口を出すことはないッ! また来ておくれよ」


 青年は微笑んで、花屋を去った。


 おばさんには悪いが、青年が求めるのはチンケな花束ではない。

 それに、欲しいものはとっくに手に入れている。


 だから花なんぞに金を払う必要はないのだ。


 そのまま進み続けた青年が歩みを止めたのは、古びた倉庫の扉の前だった。


 コンコンとノックすると、中からどすの効いた声が返ってくる。


「Wo liegt Berlin?(ベルリンはどこにある?)」


「イド52.52、ケイド13.41」


「入れ」


 毎度ながら、イドとケイドとは何のことだかさっぱりだ。

 だが、これが憧れのベルリンの位置を表している数値なのだということは、彼から聞いている。


 扉を開け、いかつい門番の前を早足で通り過ぎ、青年は奥にある椅子に座る男の元へ向かう。


「中佐。シーザー・ユークリウス、戻りました」


「うむ、ご苦労」


 スコルツェニー中佐はユークリウスの姿を認めると、立ち上がって微笑んだ。

 脇にはハインツが立っており、ユークリウスを睨むように見ている。

 思わず肩を彼はすくめるのだった。


「報告は?」


「はい。奴らに動きがありました。古いレストランにしばらく留まった後、"親衛隊"と呼称する組織と合流すべく移動を開始。協力者と落ち合い、鍵の破片の回収に向かうものと思われます」


「うむ、ご苦労だった。ご苦労だったが、申し訳ない。ついさっき、全く同じ報告を彼女から受けておるのだ。あともう少し早ければよかったのだがな」


「えっ」


 ユークリウスは反射的にハインツに顔を向ける。

 ナチス親衛隊の軍服の上にカーキのコートを羽織ったハヴィラ・ハインツは、ユークリウスを見下すようにニッと口角を上げた。


「ハインツ、貴様……!」


「カタツムリなのは士官学校から変わっていないらしいですね、ユークリウス中尉」


「コネだけで成り上がった特務士官風情が調子づいてるんじゃないぞ、ハインツ。そもそも、貴様は私の士官学校時代を知らんだろうに……!」


「まぁまぁ、喧嘩はよしたまえ、2人とも。吾輩は愛する部下達の争う様は見たくないぞ?」


 険悪な空気は残ったままだが、スコルツェニーのひと言によってハインツとユークリウスは押し黙る。


 沈黙の中、スコルツェニーは言った。


「ともかく、連中に動きがあったことは2人の報告で確実な情報となった。そうと決まれば、我々も動く他あるまい」


 その言葉を合図に、奥に控えていた男達が立ち上がる。


 フィールドグレイの戦闘服に、シュタールヘルム。

 褐色の制服にケピ帽。

 それらを着た者は役半数で、もう半数は全身を鎧で覆っている。


 衣装がバラバラでも、共通の装備として捕虜のドワーフ共に作らせたKar98kの複製品を携え、行動開始の命令を今か今かと待っている13名。


 彼らは黒鯨鉄十字団の兵士達であり、スコルツェニー特別派遣部隊の隊員だ。

 この中隊規模の部隊は、第三帝国のドイツ人や、現地で徴兵したヒト種によって構成された総勢102名の精鋭達である。


 ストエダの襲撃や列車の闘いの際に人員を失い、83名に数を減らしているものの、この場の13名も、拠点に残してきた者達も、スコルツェニーへの忠誠は衰えるどころか犠牲を払うたびに大きくなっているかのようであった。


「準備は万端のようだな」


 中佐は忠実なる部下達を満足げに見渡し、次にハインツとユークリウスを交互に見た。


 猫耳の少女も、癖毛の青年将校も、黙って頷く。


 作戦が、始まるのだ。


「吾輩はドイツの末路を知った。君達は地球という星の、ドイツという国家を知った。夢は同じ。目的も同じ。ド(・)イ(・)ツ(・)が(・)再(・)び(・)返(・)り(・)咲(・)く(・)その日のために、すべきことはひとつッ! さあ、打ち込もう!」


 黒鯨鉄十字団の目的は、須郷綾音の拉致と鍵の破片の回収。

 それらを遂行すべく、彼らは征かねばならないのだ。

 その覚悟は、十分に決まっている。


「行動開……」


 と、中佐は言葉を切った。

 突然のことに、ユークリウスとハインツは顔を見合わせる。


 スコルツェニーの視線は倉庫の扉に注がれて揺らぐことはない。

 いや、彼は扉を見ているのではない。

 その向こうにいる者を見ているのだ。


 門番もそれに気づいたのか、扉の外に声をかける。


「Wo liegt」


 彼の言葉はそこで終わった。


 銃声が、門番の命の灯火ごと言葉をかき消したのである。

 扉越しに放たれた銃弾は門番の頭を貫通し、血飛沫を撒き散らした。


「……」


 拳銃を手にするスコルツェニー。

 ハインツも無言で"猫の爪"を起動し、ユークリウスも近くに立てかけてあったサーベルを引き抜いた。


 後方の兵士達はとっくに銃を構えており、合図さえあればいつでも撃てる状態だった。


 扉が開き、銃を構えた集団が一斉に突入してくる。

 これまた、異世界の王国には不似合いな制服の群れだった。


 だが、ドイツ軍でも憎むべきブリテンの兵隊でもない。


 敵だ。


 ソビエトだ。


 共産主義者(コミュニスト)だ。


 第二次世界大戦。

 ヒトラーとスターリン。

 防共協定とコミンテルン。


 ドイツの敵はチャーチルのイギリスだけではない。

 あの口髭の濃い冷徹な独裁者の巨大帝国ソビエト社会主義共和国連邦も、第三帝国とぶつかり合ったのだ。


 スコルツェニーは奴らが大嫌いだった。

 共産主義は世界の癌であり、除去対象であると考えている。

 それは、彼の麾下の部隊の構成員もまた同じであった。


 ソ連軍の兵士達はわらわらと侵入し、降伏を促す。

 数はおよそ20。

 ドイツ軍を若干上回る。


 門番の死体は踏みつけられ、蹴飛ばされ、散々な有様だった。


 スコルツェニーは眉をひそめ、門番を見下ろした。


「中佐、こいつらは……!」


「静かに、ユークリウスくん」


 スコルツェニーはユークリウスを黙らせ、それから、何か言いたげなハインツに向けて言う。


「殺していい。共産主義者だ」


 途端に、ハインツは隠していた殺気をフルで解放する。

 両手のグローブから飛び出した刃の先をソ連軍に向け、威嚇した。


 その唸り声はまさしく獰猛な猫であり、ソ連兵達は目の前に全身の毛を逆立てて喉笛を狙う巨大な化け猫がいるかのような錯覚を覚えた。


 怖気付いたのか、ロシア語は飛んでこなくなった。

 ドイツ軍も、向こうを警戒して動かない。


 しばしの間、膠着が続いた。

 延々と、沈黙の時間が過ぎていく。


 やがて、ソ連側に動きがあった。


「久しぶりだな、中佐。お前に会いたくて仕方がなかったぞ、俺は」


 ソ連兵が道を開け、2人の人物が歩いてくる。


 1人は、ピロトカを被った士官。

 銀髪を顎のラインでぱっつり切り揃え、瞳はブルー。

 顔立ちも程よく整っている。

 階級章を見るに、大尉である。


 もう1人は、その士官の背丈の倍近くはある大男だ。

 坊主頭で強面、街灯を羽織っていても筋肉質でごわごわした体つきを隠せない。

 口は固くへの字に閉ざされて開かない。


「俺も幸運だ。まさか、お前に再戦を挑めるチャンスを与えられたとは。共産主義しか信じてこなかったが、神様とやらを信仰してみるのも良いかもしれんな」


 さっきから言葉を発しているのは、背の低い銀髪である。


 スコルツェニーはまじまじとそいつを見つめ、やがて表情を変えた。


 疑念、驚愕、歓喜。

 全て入り混じった複雑な表情。


「なるほど、お前か!」


 左手の義手でパンっとこめかみを打ち、中佐は銃を下ろす。


「そうか、お前なのか、ニキチッチよ。また会えて嬉しいぞ」


「ああ、全くだ。銃殺刑に処されたあの日から、お前にもう1度会うことを夢見ていた。いやあ、夢は見てみるものだな。案外簡単に叶っちまう」


「隣の彼は、ベルリンで取り逃した小僧か。立派になったものだな」


「気づいたら階級を越されていたよ」


 急に親しげに話をし出す2人に、ドイツ軍もソ連軍も困惑し始めた。

 自分達は殺し合いをしに来たはずなのに、これは如何に。


 口を挟もうとするユークリウスとハインツを、スコルツェニーは片手を挙げて制した。


「下がっていたまえ、諸君。ハインツくんも殺気を元通り隠せ。吾輩が話をつける」


「中佐……」


「心配には及ばん。彼(・)女(・)とは、古い知り合い(ライバル)なのでね」


「ああ、自分自身の仇(ライバル)だ。ともかく、この紛争を終わらせよう。スコルツェニー、近くの店に予約を入れてあるんだが、俺達が牢屋でよくやっていたあれをやらないか?」


「うむ、よかろう」

【Kar98k】

ナチス・ドイツが採用したボルトアクション・ライフル。7.92×57mmモーゼル弾を5発装填し、発射する。スコープを装着した狙撃銃型のものも存在する


黒鯨鉄十字団では捕虜のドワーフが開発した複製品が、兵士の標準装備として使用されている

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