トゥピラの友達はクセが強い
「そういや、名前聞いてなかったな」
「んあ?」
もふもふを膝の上に乗っけたチンピラが気の抜けた声で応じる。
彼女は現在、俺の隣に座っている。
元々置かれていた鞄は空いた別の席へと追いやられ、寂しく揺られていた。
「あたしッスか? ニルナっていうッス。ニルナ・ベッツ。じゃ、あたしは名乗ったんでお兄さんの番ッスよ」
「木佐岡利也だ」
「なるほどなるほど。キサオカ・トシ……へ?」
「どうした?」
「トシヤって確かに言いましたッスよね? え? マジで言ってんスか……?」
「言ったけど?」
唐突に動揺し始めたニルナに戸惑う俺。
確かに、この世界で日本系の名は不自然かもしれないが、こんな反応されるくらいおかしいものなのだろうか。
と、ニルナはフックを横にして俺の肩を何度かポンポンと叩いてきた。
動揺は消え、整った顔には屈託のない笑みが浮かんでいる。
「なんだぁ、あなたがトゥピラ先輩が言ってた同居人だったんスね! そういうことなら早く言って欲しかったッスよ〜。先輩のお友達なら、喧嘩するどころか一緒に敵をボコる間柄になれるのにぃ」
「先輩? あいつが?」
「そうッス! トゥピラ先輩はあたしよりも先にデビューした冒険者で、半端者だったあたしを可愛がってくれた天使みたいな人ッス。……いやマジの天使ッスね、あの人」
金髪ショートヘアの魔女っ子が、鉤爪の少女と一緒に笑い合っている様子がなんとなく想像できた。
俺のような奴も家にいれるようなトゥピラのことだ。
ニルナのようなチンピラでも邪険に扱うようなことはしなかっただろう。
思わず口角を上げてしまう。
「いやあ、まさか先輩のお友達だったなんて……先輩からちょくちょく話は聞いてたんスよ。とっても強くて頼りになる同居人ができたって」
「強いというより、俺は身勝手に足掻いてるだけのクソッタレな男だ」
「謙遜せずとも、さっきもらった1発で強さは大体わかったッスよ。お兄さん、めちゃくちゃ強いッス。半端ねえッス」
またニルナの表情が変わった。
笑顔から、今度はしゅんとした悲しげな顔へ。
「それはそうと、いきなり絡んだ挙句、脚刺しちゃって申し訳ないッス。どうお詫びしたらいいか……」
「気にするな。俺も殴ったんだし、それでチャラにしよう」
ニルナがぱあっと輝く。
コロコロ表情を変えて、忙しい奴だ。
だが、嫌いではない。
「ところで、キサオカさんはどうしてこの列車に?」
「王都186番地に用があってな」
「わあ、奇遇ッスね! あたしもそこで降りるッス!」
「ほう、これまたどういった用事で?」
「ギルド本部に出した休暇申請が通ったんで、友達と待ち合わせして、そいつの父ちゃんがやってる食堂に食べに行くんスよ。いやあ、冒険者は基本年中無休なの、ホント辛いッスよね〜……。キサオカさんは?」
「俺は……」
ぞわっ
あまりにもいきなりな悪寒が首筋に走る。
目だけ動かして、なんとなく須郷の方を見た。
起きてる。
態勢は寝ている時と変わらないが、目だけはぱっちり開いて雪女のような凍てつく視線を寄越していた。
余計なことは言うな。
そう言っているのがはっきりとわかる。
咄嗟に口をついたのは、「き、奇遇だな。俺も料理屋に行こうと思っていたんだ」という言葉だった。
「はえー、キサオカさんもッスか! どの料理屋?」
「ヤモリ亭ってとこ」
コタノスから指定された場所の名前を言う。
すると、ニルナは露骨に嫌そうな顔をした。
「え〜? あそこッスか? 内装はきったないし料理はゲボと同等ッスよ? ホントにあそこで食うんスか?」
「連れがどうしてもあそこがいいっていうから。な、ミッチャー?」
「あぇ?」
急に話を振られたミッチャーがきょとんとする中、ニルナは不安げにこっちを見つめつつ、ピティを何度も撫でた。
「ま、まあそういうことなら止めないッスけど。でも気をつけた方がいいッスよ? この前、あそこに行ったんスけど、あのクソ更年期店主、切った魚を生で出してきやがったッス! 食えるかいッ!」
ピティを撫でる手に余計な力が入ったようだ。
怒りと鳴き声と共に、ピティはニルナの右手にかぷりと噛みついた。
「いったぁ!」
「え? 魚を生で食わないのか?」
「ぽえ? 逆に食うんスか?」
「……」
「……」
文化の違いというやつを思い知らされたのだった。
★★★★★★
列車が駅に到着し、俺達は荷物を持って立ち上がる。
この後は列車を降りて真っ直ぐ歩き、切符を拝見する駅員らの元へ向かわなければならない。
行き交う人々でごった返す駅を俺達は歩いていく。
その間、ニルナは俺の背中にべったり張り付いて、周囲を異様なまでにキョロキョロと見回していた。
何か柔らかいものが触れ、思わず赤面してしまう。
「に、ニルナ? なんでそんなにコソコソしてるんだ?」
「む、無賃乗車してたんで、見つかるとヤバいんスよ……」
「……」
「あ、あのー、キサオカ先輩? なんであたしを引き剥がそうとするんッスか?」
「誰が先輩だ、つか君は誰だ」
「他人のフリしないでもらってもいいッスか⁉︎」
俺の前をつかつかと歩いていく須郷が、うるさそうに振り返る。
「うるさい。少し黙れないのか?」
「で、でも、あたしにとっては死活問題なんッスよ! 助けてくださいよ、人生の先輩方ぁ〜……」
「この少女のことは無視してくれて構わんぞ。面倒事に巻き込まれかねんからな」
「そんなハクジョーなッ!」
「とにかく、黙れ。もう喋るな」
須郷の声には有無を言わせぬ圧力がふんだんに込められていた。
流石のニルナも「はひぃ……」と弱々しく鳴くしかなかった。
「ぴい」
俺の頭の上に乗っかったピティが、ニルナを慰めるように鳴いた。
「うう……あたしの味方はもふもふちゃんだけッス……」
「ぴゅうぃ」
そして、舞台は駅員の待つ切符拝見所に移る。
日本でいうところの改札だ。
この世界にあんな機械はないし、そもそも王国では使えないので、これらの作業は全て手動である。
そのため、アマゾン奥地のアナコンダのような列ができてしまっていた。
俺達は大人しくそこに並ぶ。
駅員の働きぶりが優秀なのか、順番は思ったより早く回ってきた。
切符を乗る前にしっかりと買った俺達は難なく通過できた。
だが、彼女はそうはいかなかった。
切符を持っていないがために、駅員に止められたのである。
当たり前の話ではあるが。
「あの! さっさと通して欲しいんスけど!」
「切符はどうした! まさか、タダ乗りしたんじゃないだろうな?」
「切符とかどうでもいいじゃないッスか!」
「よかねえよ!」
ニルナと駅員、互いに一切譲らない攻防戦。
後ろに並んでいる客からも不満が漏れ始める。
「……さすがに助けてやった方がいいんじゃねえの?」
ボソッと漏らすミッチャーに、須郷は冷酷な視線を向けた。
「慈善団体じゃあないんだ、わざわざ助けてやる義理はない。それに、落ち度はあの少女にあるのだから、助けたところで私達が悪人にされるだけだ」
須郷の言う通りだ。
これは触れない方がいい。
「じゃ、行くとしよ……」
「かくなる上はぁ!」
俺が言い終わるより早く、ニルナの拳が駅員の頬に飛んでいた。
かなりの力で殴ったようで、駅員の口からは歯が混ざった血のシャワーが吹き出す。
「ギニアーッ!」
ぶん殴られた駅員がのたうちまわり、辺りが騒然となる中、ニルナは呆然とする俺達の元に駆け寄ってくる。
そのまま俺の手を取り、人混みの方へ走り出す。
「先輩、逃げるッスよ!」
「巻き込んでんじゃねええ!」
「ぴゅいーっ!」
人の多さが幸いし、なんとか逃げ切ることができた。
俺達は建物を出て、少し離れたところにあるベンチに腰掛け、道路を行き交う馬車を眺めていた。
ぜいぜいと肩を上下させるニルナに対し、走り慣れている俺の呼吸は整っている。
ただ、頭に乗っかっているピティを落とさないよう走るのは大変だったが。
「や、やっぱり……行動あるのみッスね!」
「『行動あるのみッスね!』じゃねえよ! お陰で俺も共犯者だ!」
「ぴー……」
非難の視線を向けられても、ニルナはてへっと舌を出すだけであった。
1発でいいからぶん殴りたい。
湧き上がる暴力衝動をなんとか抑えていると。
「あー、いたいた。おーい、ニルナぁー」
唐突に呼びかけられ、ぐったりしていたニルナはガバッと飛び起き、声の主の方を見る。
「むむ、もしやこの声は!」
俺と連れの女2人も、ニルナにつられてその方を見る。
そして、その場で凍結してしまった。
「なんだあれは……?」
鎧だ。
ごっついプレートアーマーが歩いてくるのだ。
中世ヨーロッパの騎士が着込むようなアーマーが、こっちに向かってくるのである。
全身銀色に輝くボディ。
剣や槍、矢をも跳ね返す重厚な装甲。
背丈は俺よりもやや低いほどだ。
着用者の顔は、開閉式のヘルムによって閉ざされて見えない。
だが、声から察するに鎧を着込んでいるのは女だ。
それも、少女に分類される女である。
がちゃん、がちゃん
金属がぶつかり合う音を立てながら、鎧が走ってくるのだ。
そりゃ、「なんだあれは?」となるのも当然である。
「これは……」
「重装歩兵か何かか?」
須郷とミッチャーも驚きを隠せない中、鎧の女はベンチに座るニルナの前で立ち止まっ──。
「あっ……!」
段差につまづいて、彼女は盛大にこけた。
不幸なことに、転んだ先には濁った水溜り。
がっちゃああんと地面と激突した金属が絶叫し、通行人の視線が一気に彼女へ集まる。
「……も、もしもし?」
「べ、ベロニカぁ……。大丈夫ッスか?」
ゆっくりと起き上がる鎧の女。
こんななりなのでダメージはなさそうだが、鎧はびしょ濡れだ。
「あたた……鎧着てても痛いものは痛いなあ……。それよりも、なんだか、駅の方が騒ぎになってたみたいだけど、何かあったのかい?」
「……さ、さあ? 何でッスかねぇ?」
「……もしかして、何かやったんでしょ? 君との付き合いがそれなりにあるからこそ、僕にはわかるよ」
「騒ぎの原因はニルナだよ。無賃乗車を咎められ、駅員を殴ったんだ」
俺は思わず口を挟んだ。
急だったのがいけなかったのか、鎧の女を驚かせてしまったようである。
「……ん? ニルナの友達?」
「…………あたしを売るようなお兄さんは友達なんかじゃあないッス」
「人を巻き込んでおいて何を言うか」
チンピラを睨みつけた後、俺は立ち上がって鎧の少女に向かい合った。
「初めまして、木佐岡利也だ。このチンピラとは列車で一緒になった」
「キサオカ……あぁ、君がそうなんだね。トゥピラから聞いているよ」
鎧の女は自分のヘルムに手を伸ばし、顔を覆っていた部分を持ち上げる。
現れたのは、ごつい鎧には明らかに不似合いな、爽やかな少女の顔だった。
髪の色はカスタードクリームのような柔らかい色で、少女の眉にかかっている。
濁りなき空色の瞳には、彼女と向かい合う俺の姿が反射していた。
柔和な笑みを浮かべて、少女は片手を差し出す。
「僕はベロニカ。ギルドに参加したのはトゥピラよりも前だけど、縁あって仲良くさせてもらってる」
「つまりは先輩というわけか」
「同居してるんだよね? どう? トゥピラとは仲良くやってる?」
「ああ、それなりに」
「よかった。トゥピラから同居人ができたって聞いた時はびっくりしたけど、仲良くやれてるなら安心したよ。これからも仲良くしてあげてね」
「もちろんだ。あいつらは俺の友達だからな」
「うんうん」
ベロニカはにっこりと笑う。
にぱあっと輝くその笑みが眩しい。
……天使だ。
「ところでその鎧、動きづらくないのか?」
「ああ、これかい? 慣れればなんてことないよ」
自分の胸をグーで叩くベロニカ。
コンコンと乾いた音が鳴る。
「慣れておかないと戦いの時にヘマしちゃうからね。普段から着るようにしているんだ」
「なるほどな。でも、日常生活だと不便じゃあないのか?」
「慣れたとはいえ、不便だね……。どうしても歩くスピードは落ちちゃうし、物は取りづらいし。あはは……」
「そんなことは些細なことよ!」
またしても声が割り込み、俺達の視線を掻っ攫う。
今度も少女だったが、プレートアーマーは着ていなかった。
小柄だが華奢で、白髪を腰の辺りまで伸ばした、まだ幼さの残る少女だ。
革の鎧を身につけ、自分の小柄な背丈の倍近くある槍を背負っている。
「1番不便なことは、私がベロニカちゃんの体に触れられないこと! そうよ、それが1番の難点だわッ! 大好きな人の体に触れられないことが、どれだけの苦痛か……」
「や、やめてよシグマ……人前で……」
かぁっと顔を赤らめるベロニカに、俺は問いかける。
「友達?」
「……うん。僕の親友のシグマだよ」
「あっ、そこの男! もしや、私のベロニカちゃんに手を出そうって魂胆ね? そうはいかないわ!」
シグマが槍に手を伸ばしながら向かってきたので、慌てて弁明する。
「ち、違う! 違うんだ! 彼女とは初対面で……」
「うるさい! ベロニカちゃんの鎧を剥いで、その神秘のベールに包まれたカラダに触れて良いのは私だけなんだからね!」
「剥がれたら困るんだけどなぁ……ってそうじゃないんだ。僕からも言うよ、シグマ。誤解だから槍はダメ」
「……ベロニカちゃんがそう言うのなら、やめるわ。で、誰なの?」
ベロニカが俺のことを説明すると、シグマはようやく合点がいったような態度を見せた。
「なるほどね。あいつらの同居人って、あんたのことだったのね。とっても強い緑の同居人。見た感じ、それなりに腕は立ちそうね。でも、服が緑じゃないのは何故?」
「目立つからな」
私服姿の俺は答える。
シグマは「ふぅん」と値踏みするような視線を寄越すだけだった。
この微妙な空気をぶち壊したのは、ニルナだった。
「お、気づけば全員揃ってるじゃないッスか! それじゃあ、ベロニカの父ちゃんの食堂に出発するッス!」
「ストップ。その前にやることあるでしょ?」
ベロニカはニルナの手を引いて立ち上がらせると、駅の方へ歩き出した。
「べ、ベロニカさん、どういったおつもりで?」
「駅員さんに謝りに行くんだよ。どう転んでもニルナが悪いことに変わりないんだから。僕は悲しいよ、友達がまた罪を犯すなんて……本当にツイてない。良い加減チンピラから足を洗ったらどうなんだい?」
「流石ベロニカちゃん、真面目で素敵! そういうところが大好きなの!」
「シグマってば、もう……」
「うわーっ! 離せーっ! あ、キサオカさん、今度は仲間連れて会いに行くんで、よろしくッスー!」
こうして、クセの強いトゥピラの友人達はこの場から去っていった。
【トゥピラ・イリエスの交友関係】
ギルド本部の嫌われ者とはいえ、彼女にも少なからず力になってくれる友人はいる。ベロニカとシグマ、ニルナとはよく一緒に行動している他、リンク街にはフェーターという文通仲間の男がいる




