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2人目の鍵を探して

 翌日の早朝、ピティやトゥピラが起きる前に俺達はギルドの談話室にて再集合した。

 ……したはいいが、ミッチャーの様子がおかしい。


 さっきからこっちを見ようともせず、ずっと突っ伏して指でコツコツと机を叩いている。

 話しかけても無視され、須郷の声にも応じない。


 流石の女刑事も根負けしたのか、深々とため息をついた。


「……まだ機嫌を直してくれないのか?」


「と、いうと?」


「『昨晩、ずっと待っていたのに来なかった』と不貞腐れて、ずっとこの調子だ」


「まあ、それに関しては俺らに非があるからな……」


 ミッチャーが顔を上げ、ぎろりと睨んでくる。

 目元にはうっすらと涙が。


「そうだよ! キサオカさんと姉御が悪い! 寂しかったんだぞ! キサオカさんを呼んでくるからって1人で待たせて! でもいつまで経っても来なくて! やっと来たと思ったらどうなってたと思う? 日が回ってた! 次の日になってやがったんだ! とりあえずひと言! 姉御ザマァ! 嫌いな辛い料理食わされて咳き込んでやんの! ザマァ!」


「ここで夜越すくらいなら大人しく帰れよ」


「入れ違いになったら嫌じゃん!」


「……」


 面倒くさい。

 宥めるのかったるい。


 辛いものが嫌いだと判明した須郷に助けを求めると、彼女は露骨に顔をしかめつつも手を貸してくれた。


「新しい鞄を買ってやるから、もう機嫌を直してくれ」


「許すッ!」


 いきなり飛び起きて、両手の人差し指で須郷をビシッと指す。

 さっきまでの陰気なオーラは完全に消え失せていた。


「いやあー、あたしって寛容だなぁー。うんうん、人間が出来てるぜ」


 安心しろ、お前がチョロいだけだ。

 ……と言いかけたがなんとか飲み込んだ。


「そんなことはどうでもいいんだ。今私達が話すべきは、2人目の鍵について。目的が何者なのか。どんな力を持つのか。今この場で確認し合い、出発したい」


「……っと、そうだな。鞄は後だ」


 一気に、室内が真面目な空気になる。

 俺は、ミッチャーの口の動きを注視した。


 彼女は、何を言うのか。

 どんな情報を俺達に与えるのか。


 聞こう。

 この耳で、ひと言も漏らさず。


「まず、頭に入れといて欲しいことがある。王都にいる2人目の鍵の関係者は、マジでヤバい。リッテンハイムの比じゃあねえ」


「ほう……」


「名は、スウェトリン・ミドルフィンガー。歳は15。人形劇をやって稼いでる青臭え娘っ子だが、中身がやべえんだ」


 声のトーンが落ちる。


「ミドルフィンガーは、殺人鬼だ。動機は知らねえが、あたしが調べた限りじゃ8人は殺ってる」


「15歳が8人か……」


 刑事として思うところがあるのだろう。

 須郷は顎に手を当てて眉をひそめた。


「一応聞くが、警察はなぜ逮捕できていない?」


「それが、全く疑われてないんだと。ご近所さんにもちゃんと挨拶するような子で、周囲からは好印象。完全に捜査対象から外れてる」


「どんな力を使うんだ? リッテンハイムは金を操っていたが」


 この問いは俺だ。


 ミッチャーは待ってましたとばかりに捲し立てる。


「あいつの力は、人を操る力。すなわち"操縦(ステアリング)"。何らかの方法で他人の体を自分の意のままに操るんだ。しかも、何人も同時にな。ただ、どういった条件で発動できるかとかは、ちょっとわからなかった。わかってんのは、ミドルフィンガーに捕捉されれば、自分の意思とは無関係に体を動かされちまう。なかなかに厄介な力だから、接触時はくれぐれも気をつけなきゃならねえ」


 人の体を、意のままに操る力。

 しかも、発動条件は不明。


 これは脅威だ。

 リッテンハイムが可愛く見える。

 あいつは体を金に変えたり、金塊を飛ばしてくるだけ(厄介なことに変わりはないが)だが、そのミドルフィンガーという少女は複数人の体を操ることができる。


 俺達が相手の能力の餌食になるかもしれないし、通りすがりの人々を操って仕向けてくるかもしれない。


 以前の戦いよりも苦戦することは間違いないだろう。


「ミドルフィンガーについてはわかった。次の問題は、他の勢力のことだ」


 須郷が言った。


「黒鯨鉄十字団は高確率で介入してくるだろう。魔王軍の動向も気になる。連中にどう対処するか……」


「簡単なことだ」


 須郷の声を遮る。

 特に表情を変えることなく、須郷はこっちを見た。


「ヒトラーの犬っ子(親衛隊)だろうが魔王サマの忠実なるクソ下僕(幹部)だろうが、死ねば平等。牙を剥いた瞬間、黄泉の国へ送ってやればいいだけのことだ」


 須郷はしばらく黙っていたが、おもむろに笑いだした。


「ははは……聞くまでもなかったな。やはり悪魔だ。真人間の風上にも置けないクズ野郎だな。だが、それでいい。それがいい」


「貶したいのか褒めたいのかわからん」


「とにかく、彼の言うとおりだ。来るなら受けて立ってやればいい。君の親友のためにもな」


 うんうんと頷く須郷を見やりながら、俺は2人に話しておくべきことがあるのを思い出した。


「そうだ。これだけは伝えなきゃならんことがある」


「?」


 2人の視線が集まったのを確認し、俺は再度口を開く。

 伝えたのは、主にコタノス伯爵のことだ。


 彼が鍵の存在を認知していること。

 協力を持ちかけられたこと。

 まだ答えを出せていないこと。


 全て聞き終えた時、須郷とミッチャーの表情は非常に優れないものに変わっていた。


「コタノス伯爵か……よりにもよって……」


「あいつ、とんでもねえ大物貴族だぜ? 1番でっかい領土と騎士団を保有してる、政治の中心人物だよ。資産もあるし、人手も有り余ってる。おまけに古代魔法研究の第一人者ときた。さらに言うなら、めっちゃイケメン……。それにしても、どうやって破片や姉御の故郷(別世界)の存在に辿り着いた……?」


「王国に鍵の破片やその関係者の情報が知られるのは時間の問題ではあったが、コタノスだったか……。国中に公にされていないだけマシだが……」


 2人はあの貴族のことを快く思っていないようである。

 俺だってそうだ。


 どことなく信用できないのである。


「あたしが調べてこようか? あいつは巨乳好きを公言してるし……」


「お前にハニートラップは無理だ」


「何だとぅ⁉︎」


「いずれ向こうから接触があるだろうし、その時にサシで話してみるのはどうよ? 俺達から仕掛ける必要もないし」


「それでいい。ただ、そう遠い未来の話ではないかもな」


 俺もそんな気がする。

 あいつも、ミドルフィンガーの居場所を突き止めているかもしれない。


「話は纏まったな? だったら出発としよう」


 ミッチャーが勢いよく立ち上がる。

 魔王討伐に向かう勇者のつもりなのか、その笑顔は勇ましさを帯びていた。


「行き先は王都186番地の住宅街。殺人鬼が相手だ。くれぐれも気を引き締めて行こうぜ」




 場所は変わって、王都中央駅。

 以前、ハインツらナチス一派を追いかけて戦闘を繰り広げた場所だ。


 今日から、全線通常通り運行を再開するらしい。


 俺の荷物はかなり大きい。

 戦闘服やらヘルメット、食料やらを詰め込んだ大型の車輪付き鞄に、小銃を入れた細長い鞄。


 もちろん、今は目立たないように私服を着ている。


 周りの人々にすごく迷惑そうな目を向けられたが、気にしなかった。


 対して、須郷やミッチャーは軽装である。

 他の大きな荷物はミッチャーの背負う大剣くらいである。


 駅員しか使えないらしい特殊な筆で『4番線 王都中央-186番地』と書かれた切符を駅員から受け取り、俺達はホームを歩く。


「あれだ」


 お目当ての列車を見つけると、ミッチャーはそそくさと乗り込んでいく。

 俺と須郷も、静かに後に続いた。


 列車の入り口の脇には、大柄な車掌が立っている。

 乗車の際には、必ず彼の側を通らなければならない。


 立派な口髭を生やした車掌は、列車に乗り込んでいく人々を黙って見つめていた。


 須郷が列車に乗り込んでいく時も、黙したまま。


 当然、俺の時も黙って──。


「伯爵からの伝言だ」


 羽虫の羽音の如き小声。

 それが自分に向けられたものであると悟り、俺は立ち止まる。

 かろうじて聞き取れた声を発したのは、ずっと無口だった車掌であった。


 目が合う。


 何の感情もない無機質な目が、こっちを捉えている。


「王都186番地、ヤモリ亭にて待つ」


「…………あんた」


 車掌の方へ1歩踏み出そうとしたが、


「どうした。早く来い」


 須郷が急かすので、不本意ではあるが、客車の中へ入った。

 車掌とはそれ以上口をきくことはなかった。

 とある村のギルド支部にて。


 受付にひとりの男が現れた。


 背の高い男で、ウェスタン風の帽子を被っていた。

 それに加えて、ジャケットと赤いスカーフ。


 まさに西部劇にでも出てきそうな風貌であった。


 細長い顔についた目が、怪鳥のようにらんらんと輝いていた。


 男はカウンターに何かを放り込む。

 カウンターを滑り、受付嬢の前で止まったのは、縄で縛られた男だった。


 顔面はボコボコに腫れあがっており、見ていて痛々しい。


 受付嬢は小さく悲鳴を上げ、屯していた冒険者達がざわめく。


「あの縛られてる奴って……」


「間違いねえ。"犬飼い"グラッパーだ」


「結構な大金がかけられてた犯罪者だったよね?」


「そんな奴を捕まえるとか……。何者だよ、あいつ……」


「いや、知ってるぞ? あいつは賞金稼ぎの……」


 怯えながら、受付嬢は声を絞り出した。


「こ、これは……?」


「見ての通り、悪者退治だ」


 男は、自身のもみあげをいじりながら受付嬢に問いかける。


「こいつは、犬を使って警官を殺しまくった罪人クリミナルだろ? 懸賞金は20万。生きて連れてきたから、報酬は倍額。たんまり貰えるはずだ」


「え、えっと……。冒険者ギルドに登録は……」


「関係ねえだろぉ? 俺は金さえ貰えりゃ消えるからさ。嬢ちゃん、商売を理解してるか?」


 男は両手を広げ、右手で自分を指し示す。


「オレが売り手で」


 左手で受付嬢を指さす。


「あんたが買手。売られたもんにはしっかり金を払うのが道理ってもんだぜ?」


 その時だった。


「し、失礼しました! 彼女は入りたての新人でして……」


 支部長が奥から飛んできて、受付嬢を庇うようにして立つ。


「おー、そりゃすまんかった。怖がらせちまったか。ビギナーは慣れてねえよなあ、オレみてえなワイルド・ガイの相手は。それはそうとして、金は払ってくれよ。悪者退治してやったんだからさ」


「も、もちろんでございます!」


 支部長は金を袋に詰め込むと、男に手渡す。

 彼は中身を何度も確認すると、踵を返して出口に歩いていった。


「あんがとよ。それから、オレみてえなのが来た時のために、新人の教育はしっかりしとくことだぜ。怒らせちゃったら、クソする穴増えちまうよ?」




 ギルドを出た男は、金の入った袋を懐にしまった。


 グラッパーの分の金は受け取った。

 次の獲物はどいつにしよう。


 そんなことを考えていると。


「いやはや、やはり怖いねぇ。カルセウ・ボンス君」


 女が拍手をしながら、物陰から現れた。


 美脚を盛大に晒した中華風ドレスに、自然と周囲の注目が集まる。


「……翠蘭か」


「相変わらず一匹狼なんだね。信念を曲げないことはいいことだ」


 こいつは彼と同じ賞金稼ぎで、何故かめちゃくちゃ馴れ馴れしい。


 勝手にボンスの仲間を名乗っているようだが、実際のところこいつを仲間にした覚えはない。


 ただの鬱陶しい女である。


「うるせえ。それより、テメェが出てきたってことは、新しい依頼か?」


 こいつの機嫌がいい時は、いつも新たな依頼が舞い込んでくる。

 そういう意味では、共に行動する価値はある。


 案の定、彼女はニコリと笑って頷いた。


「そういうこと。宿に待たせてある。今回は特殊な依頼人だよ」


「ほーう?」


「ま、来てみりゃわかるよ」


 彼女に誘われるまま、ボンスは宿へ向かったのだった。

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