あっけなき最終決戦
★★★★★★
猫耳に突撃していく自衛官を見、須郷は満足げに笑った。
ひとまずは安心だ。
悪魔になる覚悟を決めただけのことはある。
実力差さえものともしない執念。
これこそ彼の強みであり、須郷が彼を見込んだ理由である。
それが遺憾無く発揮されているこの状況に、須郷綾音は微笑んだのだ。
だが、それはほんの一瞬のこと。
すぐに須郷は厳しい表情に戻り、後方から迫る2台の車に視線を移す。
トラックの荷台の兵士達が銃を向けてくる。
「もっと加速できるか?」
後ろを向いたまま、トゥピラに尋ねる。
「た、たぶん……。できるよね?」
馬はまたしても、威勢よくいなないてトゥピラの言葉に応える。
「し、死にたくなかったら走れぇ!」
ミッチャーとウィルを乗せた馬も続いて加速する。
通行人達の絶叫が響き渡る中、2頭は全速力で疾走した。
それまさに、風の如く。
列車を追い越し、距離を離していく。
2台の自動車も負けじと、アクセルを全開にして追跡を続ける。
やはり、エンジンの音があまりにもこの場に不似合いであった。
並走する2頭を左右から挟むつもりなのか、連中は道路の両端を走ってくる。
その速度は、馬の足の速さを超えていた。
「……やはり来るか」
表情には出さなかったが、心の中では「しめた」と須郷は笑う。
彼女には作戦があった。
それを成功させるには、着いてきて貰わなければ困るのだ。
「ジャンヌ、トゥピラ!」
騎手2人に呼びかける。
「私が合図したら馬を止めろ!」
「え?」
「何ィィィ⁉︎ 馬を止めるだぁ?」
乗り気な返事は返ってこない。
だが、これで折れる須郷ではない。
トゥピラとミッチャーを交互に睨みつけ、無言の圧力をかけた。
「わ、わかった……!」
「あーもう、やってやらぁ!」
相手が折れた。
そうこうするうちに、車は近づいてくる。
振り向いて距離を確認し、今度はメガネのエルフに呼びかける。
「メガネ。馬が止まった瞬間に弓を構えろ」
「……」
返事はない。
表情も変わらない。
ただ、黙って矢筒に手を伸ばし、1本の矢を手に取った。
そのまま須郷から目を逸らしたウィルは、後方から接近する自動車に視線を移した。
「……詳しい説明は不要、か」
話が早くて助かる。
「来た来た来たァァァァ!」
ミッチャーの叫びが小さく聞こえる程、エンジンが喧しい。
連中が急接近してきたのだ。
かなりのスピードが出ているはずである。
「止まれ! 止まらんと撃つ!」
後方から飛んでくる声。
須郷はにやりと笑った。
言われずとも、止まるつもりだ。
「ゆっくりだ! スピードを落として止まれ!」
「ああ、止まるとも!」
これが合図だった。
トゥピラとミッチャーは手綱を思い切り引き、馬に停止を指示。
2頭は前足を大きくもたげ、その場で急停止した。
急停止。
これが狙いだ。
2台の車は突然の停止にブレーキを踏む暇もなく、2頭の左右をごう、と通過する。
そのほんの一瞬が勝負だ。
須郷と"キューベルワーゲン"の運転手の目が合う。
ウィルとトラック運転手の目が合う。
須郷の手には拳銃が、ウィルの手には引き絞られた弓が。
そう、ほんの一瞬。
銃弾と矢が同時に放たれ、運転手の頭部に命中した。
運転手を喪ったナチスの車は須郷らの真横を通り過ぎた。
2頭の隣を走り抜けた後から、2台の挙動がおかしくなった。
真っ直ぐ走っていたはずなのに、左右にぶれ出したかと思えば、トラックが左手の住居へ突っ込んだ。
住人のものと思しき凄まじい悲鳴。
荷台の兵士達が衝撃で転がり落ちる。
"キューベルワーゲン"の方は、隣に座っていた将校がハンドルを取ったのか、なんとか持ち直す。
ただし、ブレーキは間に合わなかった。
柵の側に停められていた荷馬車に激突し、ブレーキが踏まれた頃には搭乗員全員が荷台に積まれていた物を頭から被る羽目になっていた。
「あー……」
「あれは可哀想……」
トゥピラが言うのも無理はない。
荷馬車に書かれていたのは、『馬糞運送中』の文字。
須郷も顔を顰めるしかなかった。
「行くぞ」
列車が追いついてきたのを見て、須郷はトゥピラの肩を叩く。
苦しみ悶える将校達の隣を、2頭の馬は走り去っていった。
★★★★★★
俺はハインツの両腕を掴み、剣を振れないよう握り潰さんほどの力を込めて封じる。
対するハインツも解放されようともがく。
「破片! 破片を……!」
「破片、破片、破片! しつこすぎますよ、あなた!」
激しい取っ組み合いの中、ハインツは鋭い目を向けてくる。
猫が威嚇する目そのものだった。
「これも全部共産主義者のせいなんですよね! そうなんですよね、中佐!」
「あ?」
「中佐は教えてくれました! 世の中の諸悪の根源は共産主義者だと! 駆逐すべきはコミンテルンだと! 嫌なことがあったら共産主義者のせいにしろと! そうなんですよね、中佐!」
「共産主義者に謝れ!」
と、言うのは資本主義国家の男である。
「それに、あなたも限界でしょう! しぶとい、という表現が不似合いな程にしつこい! 血だらけのくせに! 斬られまくりのくせに! あなたは史上最悪の共産主義者です!」
ハインツが脛を蹴ってくる。
だから資本主義だって……。
「だから!」
もう1発。
これは強烈であった。
思わず、左手の力が緩む。
感情的になりながらも冷酷さを失わない顔で、ハインツは右手を振り上げた。
「殺す!」
「──ッ!」
血で濡れた剣が振り下ろされ、俺の肉を断────
「これこれ、言葉遣いが荒いぞ」
ハインツの背後に、誰かいた。
俺よりも背が高く、立派な白い口髭を蓄えている。
彼の右手は、振り上げられたハインツの剣を掴んでいる。
それも、人差し指と中指のみでだ。
客車で俺が庇った、細身の老人だった。
「子供がそんなことを言うもんでない。言っていいのは兵役についた中年のみじゃ」
「け、剣が動かない……! あなた、いつの間に……!」
ギョッとした表情でハインツは振り向く。
俺もきっと、似たような表情をしているのだろう。
それもそのはず、俺達はこの老人が接近する気配に全く気が付かなかった。
遮蔽物などない、この列車の屋根の上で。
あの素早さを見せつけてきたハインツですら気づかなかった。
それが、さらに俺を混乱させる。
「ン? どうかしたのか? もしや、儂と一戦交えようとでも言うのかのう? いや、やってやってもいいんじゃが……」
「…………遠慮致します」
それだけ言って、ハインツは項垂れた。
「あなたとだけは戦うなと、中佐からきつく教えられていますので。王立騎兵団騎兵長レイジブル、あなたとだけは」
「よくわかっておるようじゃな。よほどお主の師は教え方が上手いらしい」
「……」
俺は黙って、ハインツの降伏を見ているしかなかった。
その時。
「動くな! 警察だ!」
「神妙にしろォ!」
大勢の警官が、客車に這い上がってきた。
彼らは一斉にハインツに群がり、あっという間に猫耳少女の姿が消える。
いつの間にか列車は停止していた。
警官が乗り込んできたのはそのためだ。
「解決、じゃな」
うんうんと頷く老人。
しかし、俺は痛みのこともあって、へなへなとその場にへたり込んでしまった。
【クルップ・プロッツェ】
ドイツ国防軍で使用された6×4輪駆動の軍用車両。主な任務は兵員輸送だった。黒鯨鉄十字団は通常の車両の他、馬車に偽装したタイプの車両を保有している




