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戦う覚悟

 トゥピラ達に絡んでいた冒険者は去った。

 野次っていた連中も、俺のひと睨みでそっぽを向いて食事に戻ってしまう。


 ひとまず沈静化したことに安堵しつつ、俺はマーティンに声をかけた。


「大丈夫か機械マニア? 火傷とかしてないか?」


「うん。僕は大丈夫」


 彼の笑顔は、俺の胸を撫で下ろさせるには十分であった。


「お前らも怪我してないか?」


 これはトゥピラやゾーリンゲンらに対する問いである。


 彼らからは問題なしとの回答を得た。


「ところで、トシヤはどうしてここに?」


「須郷だよ。あいつが俺を冒険者ギルドまで引っ張ってきたんだ。会わせたい奴がいるとかなんとかで。そしたら騒ぎが起きてて……」


「なるほどね……」


 相槌を打ったところで、背後から肩を叩かれて振り返る。


 いつもの無感情な表情とは打って変わり、薄い笑いを浮かべる須郷がいた。


「なかなか面白い喧嘩だったぞ」


「へーへー。お褒めに預かり光栄の至りでござりまする」


 須郷の笑みが引っ込んだ。


「揶揄っているわけではないんだがな……。そんなことより、さっさと行くぞ。冒険者と戦いに来たわけでも無駄話をしに来たわけでもないんだ」


「わかった、わかった、わかりましたよ。……そんじゃ、また後でな」


 先に歩き出した須郷を追って走り出す直前、俺はトゥピラ達を振り返ってそれだけ言い残す。


 彼らの返事を待つことなく、俺は須郷に向けて駆け出した。


 背中に、ゴアンスの野太い「あいがとなぁ」という声がぶつかってきた。




 須郷に案内されたのは、食堂の奥にある談話用の個室だった。

 壁にいくつもの扉が並んでつけられており、窓は一切見当たらない。


 いくつかの扉の向こうからは、冒険者が談笑する声が聞こえてくる。


「今更聞くが、こんなところに入って大丈夫なのか? 俺達、一般市民の扱いだろ?」


「私達はな」


 


「たしか……083号室だったな」


「誰がいる?」


「協力者だ。鍵の破片を探すためのな。奴は偽名で冒険者ギルドに登録しているから、その関係者ということで我々も立ち入れる。あいつに顔が何枚あるのか、私も知らん」


 なるほど、俺達2人だけで闇雲に探し回るなんてアホなことはしないわけだ。


 俺が勝手に感心している中、須郷は083号室のドアをノックした。

 それに応えるように、中から女の声がする。


「黄金船は?」


「120億を沈めた」


 須郷が答える。

 合言葉のようなものだと俺は判断し、黙って聞いていた。


「特別な週に?」


「総大将は追随を許さず」


「大復活の?」


「東海道」


「ジンよりも?」


「ウォッカは疾風のごとく」


「入りな」


 須郷はドアを開けて、中に踏み込んでいく。

 その背中に俺は問うた。


「須郷さん、あんた賭け事好きだろ?」


「さあ?」


 要領を得ないまま、俺も部屋の中に入り、ドアを閉めた。


「おー、連れてきたか。ちゃんと説得できたのか?」


「黒鯨の連中とストエダが強襲したおかげで、意外と早く飲み込んでくれた」


「あいつらも頑張ってるなあ。いやあ、あたしらも負けてられねえな」


 狭い部屋の中には右側の壁にくっつけて設置された四角いテーブルと、計4つの小さな丸椅子が置かれている。

 テーブルの奥の椅子に、銀髪の女が座っていた。


 薄い革鎧を着用した、スレンダーな美女だ。

 透き通るような青い瞳が俺を見つめているが、そこからは男勝りのオーラが放たれていた。

 ひと言で言うならオラオラ系だ。


「へェ、あんたが」


「……なんだよ」


「いや、想像以上だと思ってね」


 なんか褒められた。

 女は言葉を続ける。


「軟弱者なんて冗談でも言えないその体つき、ガサツな印象を抱かせるその顔……。ちょっとタイプ、いや結構タイプ。坊主頭だけど、高ランクの面だ。タイプだからうちで作ってるファリルの実、やるよ」


「はぁ……」


 軽く頭を下げてファリルの実とかいう果物を受け取った。

 しょぼくれた老人のようにしわしわで、細い。


 食えんのか、これ?


 そんな失礼なことを思ってしまったが、なんとか表情だけは誤魔化した。

 しかし、女は少し不満そうだ。


「ほら、もうさ、惚れちまいそうなくらいタイプだよ。狙っちゃおうかなー、夜這いしちゃおうかなー、なんてな」


「……社会的な信用を失いかねませんのでやめた方がいいですよ」


「……そんなこと言っちゃう?」


「言っちゃう」


「…………あたしってさ、自分でも結構顔いい方だと思ってんだ」


「まあ、そうね」


「そんな女にさ、『タイプなの』『惚れちゃうの』『夜這いしちゃうの』って言われてさ、そんな冷静でいられるもんなのか、フツー……。もっとこうさぁ、狼狽えるもんでしょ? あたふたするもんでしょ?」


「別に?」


 その瞬間、強烈な打撃音が室内の空気を震わせた。

 台パンだ。

 女のぶっ叩いた机にはこれまた見事なヒビが入っている。


「おい、姉御! 話が違うじゃねえか!」


 須郷を指差してキーキー喚き出した。


「あんたは確かに言ったよな! あたしのヘッタクソな誘惑でも簡単に赤面して乗っかってくるチョロい男を連れてくるってぇ! それなのに! それなのにぃ!」


「ひとっ言もそんなことは言っていないが? それに、私達は合コンをしにきたわけじゃない」


 女はぷくーっと頬を膨らませてそっぽを向いた。

 須郷のため息を聞きながら、俺は女の向かいの椅子に腰を下ろした。




 さて、全員席に着いたところで、須郷が不貞腐れている女を紹介してくれた。


「彼女はミッチャー。ただし本名ではない。諜報活動を行っている関係で、私にも本名を伝えたがらたいんだ」


「スパイか? どちらかというと武闘派だと思ったが」


「そんなものだと思ってくれていい」


 俺は彼女に問いかけた。


「あのー、そういう認識で大丈夫か?」


「……構わねーよ」


 まだブー垂れてやがる。

 とりあえず質問を続けてみる。


「ギルドに登録してるんだってな」


「ああ」


 そう言って、バッジのようなものを乗せたカードを滑らせてくる。


 名前は"ジャンヌ・ダルク"。

 階級は下っ端の黒兎級。

 それを裏付けるように、バッジは黒い兎の形をしている。


 他にも色々と書かれていたが、敢えて読まなかった。


「腕の方は?」


「……どう思う?」


「三流」


「泣くぞ」


「じゃあ一流」


 途端に、ミッチャーは再び台パンした。


 先程とは違い、目がキラッキラに輝いている。


「そう! あたしは腕利きの情報屋さ! それに、喧嘩も人並みにできるぜ。知りたいことがあればなんでも聞きな! 極秘に調べて極秘に報告してやるよ! ただし、あたしの素性は一切明かせないからそこは注意な」


「実家が農家ってことをちゃっかり公開した件についてはツッこむべきか?」


「泣くぞ」


 再びブー垂れてしまった。


 代わりに、須郷が言葉を続ける。


「彼女の腕は確かだ。普段はこんなだが、頼めばどんな情報も仕入れてくる。一流の諜報員だよ」


「うう、あんただけだよスゴウの姉御ぉ……。もっとそうやって褒めてくれよお……」


「後でな。……彼女とは遠くの街で出会った。その時から色々と協力してもらっている。元はフリーの情報屋だったが、今は専属だ。それから、ミッチャーに隠し事は不要だ。例えば、この世界出身ではないこととか」


「……はい?」


 思わず変な声が出た。


「既に私も異世界(ここ)出身ではないと明かしている。全部終わったら、こいつを現代日本に連れて行くことを条件に協力しているんだ」


「はあ……」


 ミッチャーが、机を指でコツコツ叩きながらふふんと笑う。


「あたしはガゼとマジの情報を嗅ぎ分けるのが得意でね。スゴウの姉御の話からは()()()()()がしたんだよ。つか、そろそろ本題に入らねーか、姉御」


「そうだな。調べてわかったことを話してくれ」


 俺は表情を引き締めて、ミッチャーの言葉に耳を傾ける。

 彼女の口から出てくるであろうトンデモ情報を聞き逃すまいとするためだ。


「エバーグリーンとターコイズブルーに王都周辺を調べさせた。少なくとも王都に2人、鍵の破片の保有者がいる」


「2人か。もっといると思ったんだが……」


「逃れた奴もいるみたいだからな。何しろいろんな奴らが追手を出してるんだ。逃げたくもなるさ」


「軍や政府の動きは?」


「なーんにも。まだ破片の存在にすら気づいてない。だが、時間の問題だな。あたしらが騒ぎを起こせば確実に勘付かれる」


「王立軍を敵に回すのは避けたいところだな」


 2人。

 須郷の話では、鍵の破片を所持しているのは15人だったはずだ。


 15人中2人が、この王都にいる。


 よくもまあ、そんな情報を仕入れてくるものだ。


「自衛官」


「あぁ?」


 須郷がこっちを見ていた。


「既に察していることだと思うが、この2人を巡って数百を殺すことになるかもしれない。いや、確実に殺す」


「そんなに? まあ、そんなこったろうとは思ってたが」


「流石にわかっているよな。安心した」


「ああ、察してるとも。昨晩にナチスと魔王の襲撃を受けたばかりだからな、どうせあいつらとまた殺し合うんだろ」


「よくわかってるじゃないか。そう、鍵を狙っているのは私達だけではない。武装ネオナチ"黒鯨鉄十字団"に、魔王の率いる異形種同盟。これからもっと相手は増える。いいか、これは戦争だ。ここより外の世界、お前の故郷を巡る戦い。15個の破片を奪い合う殺し合い。お前がこの場にいるということは、それに両足を突っ込む覚悟を決めたということ。違うか?」


「…………なーんにも違わないな」


 ほう、と須郷は笑う。

 ちょっとムカつく笑みであった。


 俺の目的は帰還だ。

 日本に帰って、友達と共にいつも通りの平和な日常を過ごすことだ。


 俺を突き動かすのは未練だ。


 引き金を引かせるのは執着だ。


 脳裏をよぎるのは、佐原美冬の笑顔。

 恋しさと共に蘇る記憶は、何の変哲もない日本での日々。


 これらは、"死"によって俺から奪われた。


 だが、それを超えられるのだとしたら。


 死という絶対に崩せぬ壁を壊せるのだというのなら、何者にでもなってやる。


 悪魔。

 暴君。

 邪神。


 そう、何にでもだ。


 俺は、本気だ。


「いいよ、やってやるよ。腹くくってやる。帰るためならなんだってやってやる」


 須郷は満足げに頷き、ミッチャーは「なあ、お前の顔、怖いぜ……?」とだけ言ってきた。

【須郷一味】

須郷綾音を筆頭に、密かに各地で暗躍する集団。主に須郷とミッチャーが目立つが、他にも協力者がいる模様。裏社会や諜報員の間ではそれなりに有名で、一味のことを探ろうとした者は誰ひとりとして生きて帰らなかったと言われている

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