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「さて、次はあんただな、スコルツェニー中佐」


「ドキぃッ!」


 下ろした銃を、今度はドイツ軍人に向ける。

 トゥピラやウィル、ピティも、スコルツェニーを睨みつけた。


 スコルツェニーは俺の銃口と冒険者達の武器を交互に見比べる。

 キョロキョロしすぎて、首が取れてしまうのではないかと思うくらい何度も何度も見比べた。

 やがて、首の動きを停止させたスコルツェニーは、登場時と変わらない不敵な笑みを浮かべてみせた。


「さて、どうしたものか」


「全部、何もかも、話せ」


「はて、なんのことやら」


 銃声。

 スコルツェニーの左頬を弾丸が掠める。

 背後の壁に空いた穴を振り返り、スコルツェニーはごくりと息を呑んだ。


「もう一度言う。全部、何もかも、話せ」


「わ、わかったわかった。吾輩はこれでも誠実軍人と呼ばれ……」


「んなことはどうでもいい。余計なことは喋るな。全部ゲロったら帰っても構わない」


「わかった。本当にわかった。だからその、銃を下ろせ」


 俺はここで銃を下ろしてやるほどの誠実さを持ち合わせていないので、そのまま銃を構え続けた。


「ハァ……。まあ、仕方あるまい。吾輩らがあの東洋人の女を追いかける理由はな、主に2つある。ひとつは、彼女が我々の機密文書の一部を盗んだからだ」


「ほう?」


「吾輩らの力の及ぶ範囲で調べ上げたこの世界、そしてこの島のデータが書かれた文書だ。各種族の特徴や動物の生態、国際情勢、伝承、全てまとめてある。貴様らに知られては困るような情報もな。アドルフ・ヒトラー総統にお伝えするための非常に重要な書類だよ」


「へえ? 是非ともそっちの情報を教えてもらいたいもんだ」


「冗談がきついぞ。それだけは話せん。言うくらいなら、吾輩も覚悟を決めて自害し果てる。聞きたければあの女に聞くと良い」


「……そうかい」


「もうひとつは、あの女の存在そのものが、国際社会の均衡を揺るがしかねないという理由だ。信じられないとでも言いたげだな。信じてくれ、嘘のような真実なのだよ」


 俺は思わず眉をひそめる。

 世界の均衡を揺るがす?

 あの女が?


 スコルツェニーは信じろと言うが、こんなあまりにも突拍子もない話を信じろとは無理な話だ。


「吾輩らの故郷を現実世界としよう。現在世界からやってきた人間の中でも彼女は異質なのだ。まるで神から恩寵を与えられたかのような……とにかく、妙なのだよ。吾輩らにできないことができて、吾輩らが知らないことを知っている。吾輩の口から説明しても理解されんだろうから、機会があれば自分の目と耳で確かめてみればいい」


「現実世界……? 恩寵……? さっきから何の話してるの?」


 トゥピラら冒険者達は置いてけぼりだが、今は構っていられる場合ではない。


 神からの恩寵。

 スコルツェニーにできないことができて、スコルツェニーが知らないことを知っている。

 これじゃまるで、ラノベでよくある転生チート野郎である。


「彼女、アヤネ・スゴウは爆弾だ。誰かの意思によって爆破できる、強力な爆弾だ。その爆弾を巡って、様々な組織が動き出している。魔王の率いる異形種同盟、国際テロ組織"科学財団"、オーガの帝国、我が軍。近いうちにこの王国も争奪戦に参戦するだろう。いいか、覚えておけ。あの東洋人は、組織が別組織との戦争に踏み切る十分な材料になるくらいには重要な人物だ。彼女と関わってみろ。ほぼ全てが敵と化するぞ」


「……」


 普通は信じられないだろう。

 しかし、俺は信じた。


 スコルツェニーの片目は嘘をついていない。

 マジの目だ。


 それに、須郷綾音という女からただならぬ空気を感じていたのも事実。

 尚更、信じずにはいられなかった。


「なるほど、よくわかった」


「おお、信じてくれるのか……!」


「信じる。ただし、須郷とこれからも関わるかどうかは俺次第だ」


「ぬ?」


「俺は、彼女が知っていることに賭けたくなった。そんだけだ」


「博打は危険だぞ?」


「お前はさっき勝ったろ。勝つチャンスに賭けてみる」


 スコルツェニーは鼻で笑い、小屋の出口に向かって歩き出した。

 俺は口にした通り、止めなかった。


「まあ、頑張るがいい。貴様が何のためにこの世界に首を突っ込むのかは知らんが──吾輩は吾輩の野望のために……()()()()()()()()()()()()()()()()その日のために、これからも貴様と敵対し続けよう。次はないからな、日本人(ヤパーナー)


 そう言い残して、ナチスの軍人は小屋から退出した。


「これは逃亡ではなァァァァい! 戦略的撤退! 高度で作戦的な退却ゥゥゥゥ!」


 叫び声が遠ざかっていく。


 馬のいななきも、馬車の走行音もしなかった。

 恐らく、ストエダに壊されたのだろう。


 俺は銃を下ろし、冒険者達を振り返った。


「もういいぞ」


「終わった……」


 緊張が一気に解けたのか、ウィルを除く全員がへなへなと座り込んでしまった。

 俺はその様に苦笑しながら、荒れ果てた小屋をゆっくり見渡す。


 床一面の血に、親衛隊の死体、割れた食器。

 これは後始末が大変そうだ。

 まだまだ、夜は長い。




 ★★★★★★




 その日の夜は、疲れ切っていたこともあり、全員寝てしまった。

 ちなみに、布団を敷いたのは外である。


 そして翌日、朝方から昼頃にかけて、ボロ小屋には大勢の軍人がやってきた。

 早朝にゾーリンゲン達が冒険者ギルドに駆け込んだためである。


 管轄云々の話で軍と冒険者はかなり揉めたらしいが、冒険者が1人も来ていないことを見ると、結局はギルド側が折れたようだ。


 近世の戦列歩兵のような派手な制服を身につけた兵士達は、死体の片付けや血の清掃をしつつ、事情聴取を行った。


 トゥピラ達は、襲撃犯の名前や特徴、目的などを、かなり威圧的な目つきで聞かれていた。


 俺はこの事情聴取に参加しなかった。

 というのも、俺はマーティンの勧めで兵士が来る前に、頭にくっついて離れないもふもふと一緒に隣の空き家に身を隠していたのである。


 見つかっては色々と面倒だからだ。


 兵士がナチスの銃と薬莢を回収して帰ったタイミングで、俺は小屋に戻った。


 全員、げっそりとしていた。

 何日も何も食べていないかのようにやつれている。


 それが取り調べの過酷さを物語っていた。




 その後、トゥピラ達は冒険者の仕事に出かけてしまったので、俺ともふもふは再び留守番を任された。


 なんとなく奴が来るような気がして待機していたのだが、本当に須郷はやって来た。


 失礼するなどという挨拶はなく、豪快にドアを開け放っての登場であった。


「信じる気には?」


 狐目の女は、単刀直入に聞いてきた。

 俺は頷く前に、質問を質問で返す。


「その前に、見せてくれないか?」


「何をだ?」


「ナチスの機密文書」


 須郷は腰のポケットに手を突っ込み、くしゃくしゃの紙を引っ張り出す。


 広げられた紙にはドイツ語がびっしりと書かれており、右上には鉄十字のハンコが押されていた。


「読めるのか?」


「ああ。読める。だが、まだ全部は読んでいない。暗号化されているものもあるからな」


 須郷は書類をポケットに戻して、再度問う。


「それで、信じるのか?」


「もうひとつ。ナチスのスコルツェニーという男が言っていたが、世界を均衡を揺るがすくらいの爆弾らしいな、あんた。なんでも、神からの恩寵を授かっているとか」


「黒鯨がそこまで情報を掴んでいたとは意外だな。恩寵か、正直いらん」


「どんな力なんだ?」


「ここでは見せられない」


「なんだよ……」


 肩を落とす俺に、須郷は言った。


「でも、これで信じられるだろう?」


「あ?」


「私はナチスも知らない異世界を出る方法を含めて色々と知っている。そして、お前の亡き友を蘇らせる方法を知っている。私は爆弾だ。だから狙われる。お前の元を訪れた襲撃犯の存在が何よりの証拠さ」


「……」


 昨晩からおかしな話ばかり聞かされる。

 俺の頭は大絶賛混乱中である。


「それで、信じる気には?」


「昨日から頭のおかしくなりそうなことばかりでうんざりだ。あんたのよくわからない話を信じるくらいにはおかしくなってる」


「決まりだな」


 須郷はニヤリと笑ったかと思えば、右手を差し出してきた。

 手を取れということか。


「お前がこの手を取る前にひとつだけ尋ねたい。木佐岡利也くん」


「何だ?」


「"A"という語に聞き覚えは?」


「……エー? アルファベットの? そりゃ聞き覚えしかないさ。それがどうした?」


「……そうか」


 浮かんだ疑問符が消えないまま、須郷は話題を元に戻す。


「なら手を取れ。共同戦線だ。この異世界を脱出するために、どんな汚れ仕事でもこなす同盟だよ。手段は選ぶな。目的はひとつだ。激しく前進し、荒っぽく殺す。もう一度言う。手段は選ぶな。親友の佐原さんのためにも」


「…………あいよ」


 今度こそ俺は頷いて、須郷の手を取った。


 親友が隣にいる世界。

 佐原と共に謳歌する平和。

 それの実現のため、何を為すか。


 答えが出た。


 俺は、それの実現のために銃を構えるべきだ。

 平穏のために敵を殺す。

 それの何が悪い。

「……おいトマス。これがどういう手違いか教えて貰おうか」


 小さな小屋の中で、3人の男女が紅茶をすする。


 陽の光を照明代わりに飲む紅茶もまた風流であるが、小屋の中はのんびり紅茶を嗜める雰囲気とは程遠かった。


 かつて、ぶりてんという未知の国からもたらされたというこの飲み物を、トマスはひどく気に入っていた。


 カップを掻き混ぜるトマスを、女が睨む。


 彼女が名乗っているメリッサというのが偽名であることはとうに承知だ。


 何しろ、ここにいる3人は互いの本名を隠しているのだから。


 メリッサの鋭い視線を受けながら、トマスは言った。


「……猿も木から落ちる、と言うだろう?」


「落ちたら死ぬかもしれない高さの木から落ちたんだよ、お前は。あいつがいなければあの男を倒せ……」


「落ち着けメリッサ。トマスさんなら何か打開策を思いついてくれる」


 筋肉で盛り上がった手が、メリッサの肩に置かれる。


 彼女は顔を顰め、その手を振り払う。


「気安く触らないで、バック」


「おっと、すまねぇ」


 モヒカンのバックは素直に引き下がった。


「それで、どうするんだ? トマス」


「"原点"で見えたものによってはすぐに行くぞ。そして彼を拉致する」


 メリッサは、その美しい眉をひそめる。


「……できるのか?」


「”原点”にかかれば問題ない」


 カップを机に置き、トマスは壁に立て掛けてあったカトラスを手に取る。


 そして鞘から引き抜き、顔の前に掲げる。


 新品に劣らない輝きを放つ刃が月光を受けて更に輝きを増す。


 トマスは目を閉じ、硬直する。


 銅像のように。


 石像のように。


 そして、何かを観るように。


「王都に行くのか?」


「ああ。あの男はこれから面倒事を起こす」


 目を開けるなり、トマスは言った。


 大人しく、他の2人も従う。


 ”原点”の力を知っていての判断だ。


「まずいものが見えたようだな」


「ああ」


 リュックに荷物を詰めながら、トマスは応じる。


「すぐに定めを変えてくる。これだから奴の家系は嫌いなんだ」

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