スコルツェニー隊の秘策
★★★★★★
恩恵。
異形種同盟に属する者がそう呼ぶものは、すなわち盟主たる"魔王"から授けられた力。
今から約100年前の天界歴2901年、とある戦で捕虜になった異形の証言により、それまで魔王軍に関してとことん無知であった王立軍に新たな情報がもたらされた。
魔王は自身が認めた他者の体に干渉し、"才能の芽"を植え付けること。
それは非常に名誉なことで、全ての異形種の憧れであること。
開花するかどうかは本人の努力次第だが、それでも開花させられる確率は恐ろしく低いこと。
その芽を開花させることができたひと握りの者は、あらゆる属性の魔法の力を掛け合わせた強力な力──これを、彼らは恩恵と呼ぶ──を得ること。
★★★★★★
俺がストエダを射撃している間に、ゴアンスとゾーリンゲンは親衛隊との戦闘を開始した。
相手がリロードしている隙をついて急接近し、近接戦闘を挑んだのである。
「ええい、銃剣を付けろ! 叩きのめせェい!」
2名の親衛隊員が銃剣を付けて反撃に出た。
残りはスコルツェニーを守るようにして銃を構え、俺の銃弾の嵐にさらされるストエダを警戒する。
何発もの銃声が轟く中の白兵戦は熾烈を極めた。
一方、八九の銃弾を食らっても、ストエダは倒れなかった。
むしろ、撃たれる前よりピンピンしているように見える。
「痛いじゃあ……ないですかあ……」
間延びした口調で、ストエダは笑う。
ストエダは胸元から血をドバドバ流しながら、こちらに向かって歩き出した。
異常なまでの生命力。
こんな化け物は見たことがない。
俺はあくまで平静を装っているが、頬を伝った冷や汗が俺の心の内を吐露していた。
俺が戦ったことがあるのは、災害で生じた瓦礫とテロに傾倒した人間だ。
少なくとも、テロリストに銃は効いた。
だが、この修道女にはまるで効果がない。
意味がわからない。
まさか、魔法の類の使用でも要求されているのか。
馬鹿な。
そんなもの使えない。
「あらぁ? 撃ってこないのですかあ?」
「……」
撃てない。
撃てばストエダは流血する。
血が流れれば、その分彼女の武器が増える。
あの親衛隊員のように殺されてしまう。
俺の脳はバッチリ記憶しているのだ。
血の匂い、肉の色彩、ストエダの残虐な笑み。
全て焼きついているのだ。
「ストエダが仕掛けてくる!」
「ぴゅうぃ!」
机の陰に隠れながらマーティンが叫んだ。
もふもふも警戒するような鳴き声をあげる。
「こっちは手が離せねえよ!」
ゾーリンゲン達はこちらの援護に回る暇はなさそうだ。
親衛隊は手強いようで、2人は苦戦しているように見える。
ゴアンスは相手の銃を奪うことに成功し、上手く殴り合いに持ち込んだようだが、タフな親衛隊員は巨体を誇るゴアンスに引けを取らない殴りを繰り出して反撃していた。
ゾーリンゲンは斧と銃剣をぶつけ合いながら、トゥピラに文句を言っていた?
「おい、ぺったんこ! 真面目に魔法を使いやがれ! ガキの喧嘩じゃねえんだぞ!」
「う、うう、うるさい! あとぺったんこって呼ぶな!」
「ああこの、下手くそがよぉ!」
ガタガタと震えながらもトゥピラは懸命に杖を振っているが、魔法と思しきものが放たれる様子はない。
青白い顔で呪文を必死に唱えている少女は、周りの目に情けなく映っていた。
「オラぁ! 俺だって兵隊だったんだぞこの野郎!」
ゾーリンゲンはイライラをぶつけるように、親衛隊員の腹に蹴りを入れた。
「いやあ、激しいですねえ。いや、私にとって殺しは職務ですのでえ、何が面白いのかわかりかねますけどお」
ゆっくりとストエダは歩いてくる。
相変わらずニコニコしており、そのゆったりとした足取りはこちらを弄んでいるかのように優雅であった。
こちらに打つ手がないことをわかっているのかいないのか。
俺は無意識に舌打ちしていた。
と、その時。
「おい、シスター! どこを見ている!」
いきなりそんな声が轟いたかと思えば、ストエダの前に誰かが立ちはだかった。
スコルツェニーだ。
親衛隊員も後方に控えている。
「この吾輩がゲルマン民族を代表し、直々に相手をしてやるッ!」
ストエダを指差して、隻眼の軍人は宣言する。
当のストエダはというと、
「……ハァ」
短く嘆息した。
彼氏に冷めた女のような、冷たい嘆息であった。
「ゲルマンという民族がなんなのかはわかりませんがあ、私を下せるとでもお?」
「勝算もなく戦争を始める国があるか、と問おう」
「……」
ストエダは胸元の血溜まりに手を突っ込む。
そして、血に塗れた肉の塊を掴み上げ、投げた。
「それはあ、ないですねえ」
スコルツェニーは何を思ったか、とんでもない行動に出た。
勢いよく投げつけられた肉塊を左手でキャッチしたのである。
「あ、あの馬鹿!」
「ぴゅい!」
俺は思わず叫んでいた。
奴の左手が膨張して破裂し、苦しみ悶える声が──聞こえなかった。
何も起こらない。
親衛隊員の頭部を破壊して無惨な死に至らしめたストエダの血をキャッチしても、スコルツェニーは平然としていた。
「博打に勝ったァァァァァァァァッ!」
スコルツェニーは、歓喜の色に染まった雄叫びをあげた。
そして当のストエダはというと、目を見開いてその場に固まっていた。
「あらあ……」
「何故、吾輩に効果がないと思う? 今から答え合わせをしてやろう!」
スコルツェニーは肉塊を床に叩きつけ、ストエダの血が付着していない左手の甲の皮膚を右手の指で摘んだ。
ベリッという嫌な音と共に、スコルツェニーの皮膚が剥がれる。
しかし血は流れず、皮膚の下にある黒光りしたものが出現する。
完全に皮膚が剥がれた時、その黒いものが手の形をしていることに、皆が気づいた。
「なるほど、義手ですかあ……」
「驚くのはまだ早あァァァァい!」
そう叫んだかと思えば、スコルツェニーは左手の義手を右手で掴むと、思い切り引きちぎった。
手が取れ、代わりに腕の中から別のものが生えてくる。
矢尻だ。
大型の矢が機械的な音と共に顔を出した。
スコルツェニーはハープーンガンでも構えるように、左腕をストエダに向けた。
「あ、あの人の左手は機械だったんだ! 腕の中にあったのは骨じゃあなくて、大型の矢だったんだ!」
マーティンの叫び声と重ねて、スコルツェニーは吼える。
「発射ぁぁぁッ!」
シュパァァァッ!
矢が腕の筒から発射される。
ストエダは身を捻って避けたが、矢尻は彼女の頬を僅かに掠め取った。
「ははははーッ! 掠めたなァァァァ!」
「そ、そんなもんが効くかぁ!」
「黙っておれ日本人!」
スコルツェニーは口を挟んだ俺を怒鳴りつける。
「見ておるのだ! じきに出てくるぞ! 矢の効果がァァァァ!」
ストエダは、後方の壁に突き刺さった矢をしばらく見つめていたが、おもむろに頬の傷から流れる血を指で拭った。
「銃弾で死なない相手をぉ、弓矢で射殺すのは無理じゃあありませんことお?」
「貴様も黙っておれ! そのおめでた頭は非常に興味深く羨ましいが、そのうち本当に喋れんくなるぞ!」
「はあぁ?」
再び、指についた血を投げつけようとするストエダであったが。
「!」
唐突に固まった。
俺達が見つめる中、ストエダは矢尻の掠めた頬に再度触れる。
白かった肌が一部、灰色に変色していた。
彼女の指が触れた瞬間、頬がボロボロと崩れ落ちる。
「吾輩の秘密兵器のお味はいかがかな? 文字通り、ほっぺたが落ちたであろう!」
「おや、まあ……」
何が起きたか、俺達にはさっぱりだった。
マーティンとウィルも呆然と見つめるばかりである。
それでも、スコルツェニーは勝利を確信したのか、街全体に響きそうな高笑いを轟かせた。
「我が軍特製の細胞を死滅させる毒矢だァァァァ! じーわじわと蝕まれて死ぬのだよォォ! ゆっくり死神とディープキスするといいィ!」
【魔王軍】
異形種同盟軍の通称。大元帥に魔王を据え、その下に大幹部、準幹部、将軍、軍団長、軍隊長、士官、雑兵と続く。完全実力至上主義であり、昇進の条件は己の実力のみで決まる。大規模で、かつ本来なら相容れない多種多様な種族が集ったこの軍団の統制が取れているのは、彼らが共通して人間を憎んでいるからだ




