うっかり神様から生贄認定されました
ヒャッハァァァ!!
おすおす、私はクソ社畜OLだよ!!
新卒で苦労して入った会社は、なんとなんと超絶ブラック!!
上司もクソなら先輩もクソ!!
当然業務内容もクソクソのクソで、労働基準法の概念が息をしてない始末……いや、本当にクソだね!!
そんなこんなで勤続3年目、どうにか生き延びて来たけど昨年両親も亡くなりまして、ふとした拍子に『あれ、私生きてる意味なくね?』と思った私は、この度自殺することにしました!!
やったね!! これでめでたく、この世ともおさらばだぜ!!
そしてただ死ぬのも面白くないので、パァーと旅行でもしていい感じの綺麗な場所で死のうと決めました!!
ちなみに弊社に有給なんて概念はないので、机に退職届けだけを置いて仕事はぶちってきたぞっっ!! うっせぇぇ!! お前らが労基を守る気がないんだから、こっちも配慮なんかするかぁ!!
ばーかぁー!! クソ共少しでも苦しめぇぇ!!
そうして今まで手を付けていなかった……というかプライベートがなさすぎて使う機会のなかった金を惜しげもなくぶっ込んで、高級宿を取り、今まで飲んだこともない高い酒をガブガブ飲んだりしていた私……色々あった末、大自然の真っ只中で迷いました!!
いやーなんで迷ったんだよ自分!!
大量の酒飲んだ後に、夜風が気持ちいいし景色がキレイだから、ちょっと散歩しようと思っただけなのに…………うん、原因はそれだなっ!!
というワケで私めっちゃ酔っ払ってるし、どこにいるか全然分からないぞ!!
まぁ、でも楽しいからいっかーっ!!
ふわふわしてちょー気持ちいいー。
今までお酒とかあまり飲んで来なかったけど、こんなにいいものだとは思わなかったわー。
今なら気持ちよく死ねる気がする……いや、このまま天国にいける!!
例えばほら、あそこに物凄く綺麗な池? いや、湖? があるけど、今ならあそこに飛び込んで天国にいける気がするんですよー!!
むしろアレが天国への入口では!?
はい、決定!! あそこが私の天国です、エデンの園です!!
いっくぜー、待ってろ私の天使ちゃんたち!!
そして天国に行ったら私好みのイケメンに、頭よしよししてもらうって決めてるもんね!! レッツゴー!!
そうして勢いのままそこへ飛び込んでしまったけど、水の中は流石に冷たかった……。
水中でも不思議と息苦しさは感じず、にじんだ視界に映る水面は、ぼんやりとした頭でも分かるほど月明かりでキラキラと輝き美しい。
もう死ぬかも知れないというのに、恐怖の一つも湧かないのは酔っているせいだろうか……それとも……。
そんなことを漠然と考えていた私は、突如水中で巨大な何かにバクリと丸呑みにされた。
え、狭いしなんか生暖かい……!?
と思ったら、すぐにベッと吐き出された。
そして吐き出されたのは水中ではなく陸で、私の身体は吐き出された勢いでゴロゴロと転がる。
「痛っ……」
転がった拍子に打ち付けた部分をさすりながら身体を起こすと、私の目の前には巨大な顔があって私を見据えていた。
え、何これ……この顔は、まるで空想上の生き物の龍みたいな……。
驚く私をよそにソレはポツリと言った。
「まずい……」
「は……?」
こいつ今なんて言った?
えっ、というか、そもそもこの謎生物喋るの!?
「まずくて食えたものではないと言ったのだっ!! しかも酒臭いし、最近の生贄はどういうつもりなのだ!?」
「はぁ!? まずいって失礼じゃないの!! それに酒を飲むのくらい私の勝手で……いや、まず生贄じゃないし!!」
「む、我に口答えするとはなんと生意気な人間……ん、お主生贄ではないのか?」
「まぁ……」
ただ水に飛び込んで死のうとしてた部分はあるけどね……。
「だが、ここに投げ入れられる人間は生贄だけのはず……」
あ、そういう場所なんだ…………ん、でもよく考えると、今どき生贄っておかしくありません? 酔っ払ってる私でもおかしいと思う程度にはおかしいよ。
「ではなぜ、お主はこの池に飛び込んだ?」
「それは、まぁ……ちょっとうっかり……」
はい、実は自殺しようと思ってました!! とは流石に言えないので私は答えを濁す。
「そうか……だが、この池に入ったからには神である我はお主を供物として食らわねばならぬ」
「あの、だからそれは間違いなので……やめましょ?」
確かに私は近々死のうと考えているけど、神を名乗る謎生物に食べられる死に方はちょっと遠慮したい。
いや、だって死ぬにしてもそれは怖いじゃん。嫌じゃん。
「我としても、そうしたいのは山々だ……なにせお主は、信じられないほどまずいっ!!」
「信じられないほどまずいっ!?」
さっきも確かにまずいとか、言ってたけどまさかそこまで!?
食べられたいわけじゃないけど、それは……なんかショックだ。
「だがしかし、捧げられた供物を受け取らないのは神の威信に関わる……」
「いや、そこは間違いなので気にしないでください……」
「我が池に入った時点で、間違いかどうかは関係ないのだ」
「えぇ……」
なんて理不尽なんだろうか。でもブラック勤めをしていた私からすると、世の中のほとんどは理不尽で構成されてると知っているので、まぁそんなものかと思う気持ちもなくはない……。
いや、食べられたくはないですけどねっ!?
「そこで一つ我は考えた、お主がうまい生贄になれば何も問題がないと……」
「いや、私が生贄だという前提がそもそも問題なのですが」
「それについては、仕方ないからもう諦めろ……」
な、なんて酷い話だ……。
「話を戻すと、つまりお主をうまい生贄にしようと思うのだ」
「はぁ……」
「そうして食べる」
「…………」
食べて欲しくないなぁ!?
「どうだ名案だろう」
私はこの言葉になんて答えればいいのだろうか……。
ただ食べることはやめるように提案してもたぶん「諦めろ」と言われるだけなのは、分かってきたぞ。
ああ、私は普通に死にたいだけなのに……。
「まぁ、今日のところはもう遅いしそろそろ寝るがよい。人間は夜にきちんと寝てる方がうまくなるからな」
どうしたものかと考えていたところ、神を名乗る生き物はそんなことを言い出した。
いやいや、何勝手なことを言ってるの……と思ったのもつかの間、私の意識はいつの間にか闇に落ちていたのだった。
そして次に気が付くと、宿泊していた部屋の布団の中で寝ていた。
もしかして……あれは夢……? ああ、流石に夢だったか……って、頭痛い、身体だるい、気持ち悪い!?
こ、これが噂の二日酔いか……ヤバい、しんどい……そして猛烈に喉が渇いてる。
「み、みず……」
布団に寝そべったまま呻いていたところ、目の前に水の入ったコップが置かれた。
「ほれ、水だ」
「あ、ありがとうございます……」
って、あれ、この部屋には私以外泊まってないはずなのに一体誰がこれを……。
おずおずと顔をあげると、そこには着物姿の若い男性がいたのだった。
青みがかった長い黒髪を肩へ垂らした、綺麗な顔立ちの男の人…………いや、ここにこんな人がいるわけないし、私はまだ夢を見ているのだろうか。
「今後、酒は控えておけ……うまい生贄になる前に身体を壊されたらたまらんからな」
「……うまい生贄?」
あれ、このフレーズどこかで聞いた覚えが……。
「昨日の夜のことをもう忘れたのか?」
「えっ、あの謎生物は実在したっ!?」
「誰が謎生物だ!? 我は竜神ぞ!!」
り、竜神!? え、龍っぽいなって思ってたけど本当にそうだったんだ……。
そして、そんなことを割と事実として受け止められている私って凄くありません?
なんか生きることを諦めているお陰で、大体のことは『そうなんだ』で済ませられるようになってる気がする……生贄の件以外はね……!!
「まぁ、昨日の竜神様? だというのはいいんですけど、随分と様子が違いますね……」
様子が違うというか、もう根本的に種族が違う。龍から人間になってる。
あとよく私の宿泊場所もわかりましたね、神だからですか?
「あの姿では人里では目立つからな、こうしたのだ」
「へぇ……」
そういう良識はあるんだ、生贄は取ろうとするのに……。
なんとも言えない気持ちで竜神様を見つめていると、彼はわざとらしい咳払いをして口を開いた。
「我が人間に化けたのは他でもない、お主がうまい生贄になれるように管理するためだ」
「わざわざ、そこまでしますか……」
仮にも神様だったら、私なんかに構わないでもっと別のことをすればいいのに……。
「昨晩にも言ったが、神の威信に関わるからな……」
いや、神の威信ってなんですか……私は知らないんですけど……。
「だから我は絶対に、お主をうまい生贄にして食らうのだ!!」
私の困惑を余所に、竜神様は私をビシッと指差してそう宣言した。
いやいや、なんなのこの状況は……自殺旅行に来たら、うっかり竜神様の生贄認定されちゃって『まず過ぎるからうまくして食べる』と宣言されてしまったんですが。
うん、自分で言ってて全くわけが分からないね!!
「そういうわけだ、よしなに頼む」
そうして竜神様はにやりと笑みを浮かべたのだった。
あら、かっこいい、確かに顔はいいからね……でも、人を生贄認定する非人間男は控えめに言ってゴメンかな!?
ああ、私は一体どうすればいいのだろうか……面倒くさい、死にたい……。
あ、もちろん食べられる以外の方法でね……?