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第八話 7月7日(3)


「……ダメだ、もう一度」


最初から再生。もう何度目だろうか。

駄菓子屋の外には夕日の赤みがさし、子どもたちの声も少し減ってきている。もう二時間以上続けて見ているが何も掴めない。お店の人から電池を譲ってもらえたのは幸運だった。カメラ本体がじんわりと熱くなりつつ、また最初から再生を。


「素敵なお話ね」


えっ、と振り向けば、背後からヒラヒラの服の女子が覗き込んでいる。気づけば左右で三人もいる。みんな小学校低学年ぐらいだ。なぜか泣いている子もいた。


「いい話ですう……泣けてきちゃいましたあ」

「場面構成がきちんと計算されていますね。明度によって演者の気分を表現していて、カメラが回り込む手法が緊張感を高めて」

「両片思いってやつよね、エモいわあ。アンタそれ動画上げんの? フォローするからアカウント教えなさいよ」

「い、いや、これはそういうのじゃなくて……」


僕ははっと気づく。

この女の子たちなら、何か気づくことがないだろうか。


「ね、ねえ、この映画に何か欠点があるとすれば何だろう?」

「欠点ですかあ? うーん、凄くいいお話だと思いましたけどお」

「確かに撮影技術も演技もアマチュアの範疇ですが、プロじゃないのですから技術云々を言っても仕方ありません。若いフレッシュな感性と体当たりの演技は十分評価できると思います」

「なによーソレに不満なの? 贅沢ねえ。みんな真剣に演じてんじゃないの」


……やはり同じような感想か。


「伊吹奇は……これの監督は、演技に統一性がないと言ってたんだけど」

「あー、それはあるかもですう」

「でも十分面白いけどねえ、アンタだっていい映画だと思うんでしょ」


「兄ちゃんら、短冊かけんかね」


え、短冊?


見れば、駄菓子屋のお婆ちゃんが巨大な笹を背負っている。それを店の外に立てかけると、ベーゴマに興じていた子どもたちも集まってきた。

あ、そうか……今日は七夕か。もうあまり意識するような年でもないし、昨日から生活が一変したので完全に忘れていた。


「一枚10円だよ。金色のやつは30円」

「なんだよ金とんのかよ、ばーちゃんケチだな」

「ええい烈火様が一番先だぞ、一番高いとこにつける!」


中条烈火は子どもたちをかき分け、金色の折り紙でできた短冊をゲットする。


「おばあちゃん、こっち四枚ね、あんたもやるんでしょ」


ヒラヒラ服の女子が僕の手を取る。


「え、い、いや僕は」


それどころではないと言おうとしたが、今や店を取り囲む小学生の群体が、笹を旗竿として踊り出さんばかりの盛り上がり。逆らえる空気ではなかった。


「よーし下きちんと支えろー!」

「ぐっ……な、なんで俺が」


烈火は男子たちにピラミッドを組ませて一番上に短冊をかけていた。いや最初の一枚なら笹を寝かせてつければ?

僕もマジックを手に短冊に向き合う。小学生以来のイベントとはいえ、今は和気あいあいと願い事を考える余裕はない。何と書くべきか。適当に書いてお茶を濁すか、それとも。



――家族が戻ってきますように



「……」


その言葉が、少しためらわれる。

あの三人の美少女を受け入れたわけではない、しかし少なくとも一宿一飯を共にし、僕を兄だの息子だのと呼ぶ人々を、排除するような言葉は書きにくかった。


少し考え、このように書く。



――家族で平和に暮らせますように



……ま、こんなとこだろう。


「って、あれ?」


何か違和感がある。

分かった、あの女の子たちがいないからだ。

見れば彼女たちはとっくの昔に書き終えて、また座敷へ戻っている、僕のカメラを使って動画を見ていた。


「そんなにハマったのかな……」


まあ伊吹奇の映画が評価されてるなら喜ぶべきか。


「お兄さん、他の動画も見てよろしいでしょうか」


どことなく委員長風の女子が言う。


「他の動画?」

「ええ、一つファイルがあります」


座敷に戻ると、背面液晶を見せてくる。確かに、フォルダのアイコンが二つ示されており、一つには「新作(仮編集稿)」とある。

もう一つは「メモ」と書かれていた。


「メモ……?」

「これメモリーカードじゃなくて本体に記録されてました」


何の目的で撮影されたものだろう。伊吹奇は撮影したものは几帳面にメモリーに移していたようだが。それだけは本体に残したということか。


「開いてみて……」

「はい、あっ……パスワードいります」


液晶にテンキー画面が表示される。


「……0826」


伊吹奇の誕生日だ。だが開かない。


「……じゃあ、1004」

「はい、あ、開きました」

「……」


僕の誕生日……そのように設定することも、まあ、なくはないか。


暗い画面が表示される。一瞬、動画が始まったことが分からなかった。

画面が固定されているが、微妙にぶれている。手持ちのままでどこか一点を撮り続けているのか。


『これは、懺悔の記録です』


はっと目を見開く。弟の声だ。口の中でくぐもって響くような独特の低音、弟はそのような話し方をする。


『僕がわがままを言ったから、家族は壊れてしまったのです』


『素直に言うことを聞いていればよかったのに』


『僕のせいで、大切な人を傷つけてしまいました』


『だから僕は、家族の前からいなくなろうと思います』


何を言っている……。

これは、いつ撮影されたものだ?

この場所はどこだ。

暗い。しかしわずかに土が見える。


「上にかぶさって、影になって!」

「え? あ、はい」


少女たちが背伸びをしてアーチを作り、カメラにかぶりつく僕に影を落とす。暗がりの中で眼球が暗順応を起こし、画面のわずかな凹凸を見いだす。

だんだん分かってきた。ここは僕の家の庭だ。

間違いない、弟は家を囲むブロック塀の内側に立ち、地面を写しながら話している。右端に少しだけ見切れているのは物置の壁か。


「あの、お兄さん、これ私たち見ていいんですか、なんかプライベートなものでは」

「黙って!」


『僕自身を、この場所に埋めます』


耳を澄ます、意識のすべてをこの暗い画面に集中させる。


『ここで眠って、この世界から消えようと思います』


『どうか、僕が去った後でも、家族が仲良く暮らせますように……』


食い入るように画面を見る。

弟は何を言っているんだ。まさか、自ら……。


目を皿のようにしてまじまじと見れば、画面の下の方に何かが見切れている。

あれはシャベルか。弟は園芸用の小さなシャベルを握っている。

それで何を。

埋める? 自身を? そんな馬鹿なこと……。


そして画面が暗転し、メニュー画面に戻った瞬間。


「父さん!」


僕の張り上げた大声に、店の内外すべての人間が振り向く。


「ど、どーしたカラノスケ」

「僕、先に帰るよ! それじゃ!」


食べたものの料金をレジ横に起き、大急ぎで靴を履いて駄菓子屋を飛び出す。


分からないことばかり。かき鳴らされる不可思議の弦。

いまだ何一つ明らかになっていない、混迷と困惑、混乱に次ぐ混乱。


しかし、手がかりはあった。ついに見つけた。

少なくとも、あの動画が撮影された瞬間まで弟は生きていた。過去のある時点において世界に存在したのだ。


あの場所、あの物置の横に何かの手がかりが。


カメラストラップを引っ掴んだまま、髪も、シャツの裾も振り乱して走る。

そして夕闇が夜に代わる寸前。逢魔ヶ時の町に迷い込み、辻々を曲がって我が家へ。


明かりは奥に一つ、二階に一つ。

伊吹奇が帰ってきている。当たり前か。僕は意を決して家へと踏み込む。緊張で心臓が膨れ上がるような感覚。靴を三和土(たたき)にばらまいて奥へ。


「あら、空之助、おかえり」


母さんは台所にいた。もう夕飯は済んだのか、食洗機の中で皿がシャワーを浴び、母さんは何か料理の仕込みをしている。


「夕飯ほんとにいいの、ハンバーグあるわよ」

「母さん、伊吹奇は二階?」


僕の切羽詰まったような声に、母さんは少し首をかしげる。


「伊吹奇? 夕飯が終わって上に上がったけど、すぐ降りてきて外に行ったわよ」


外へ?


玄関を振り返る。そういえば伊吹奇の靴がない。帰ってきてるのなら通学用のローファーが出ているはず。


奇妙な冷静さがあった、頭がぐるぐると回転して思考が行われる。


二階に電気がついていた。つまり電気を消さずに出たということ。妙に慌ててるような気配がある。

もし伊吹奇が、己のカメラが無くなってることに気づいたなら? それは当然、僕が持ち出したと思うだろう。そして、中にあった「メモ」というファイルを見たと推測するはず。


ならば!


僕はとって返し、慌ただしく靴を履いて外へ、そして家の側面を走って庭へ。


小さな庭園灯が照らし出す、猫の額ほどの庭。

そこに伊吹奇がいた。物置のそばにうずくまり、何かを抱えている。


「伊吹奇!」


彼女はびくりと背中を震わす。薄闇のなかでその体はひどく小さく見える。薄黄色の部屋着、栗色の髪が庭園灯を受けてさらさらと光る。


彼女の持っていたものは、茶色の固まり、泥のついた、革の質感の……。


「それは……!」


弟のグローブ。大型犬に噛みしだかれてボロボロになって、さらに土中に埋まっていたために泥だらけだったが、間違いない。


埋めたのはグローブだったのか。

捨てたと言ってたのに、なぜ持っていたのか、なぜそれを埋めたのか、そしてなぜ、いま彼女はこれを掘り起こしたのか。


証拠を消すため。

そんな言葉が浮かぶ。


仔細はいい。

それを持ち出させるわけにはいかない。それだけを意識の念頭に置く。


「お前、だれだ」


伊吹奇の眼は震えている。それはとうとう何らかの真実が露見する畏れか。かりそめにも動き始めようとしていたいびつな家族、めちゃくちゃな位置にでたらめな歯車を嵌め込んだ機械。それが一気に弾けて砕けるのか。


「そのグローブをどこへ持っていく気だ、それは()のものだ、手を離せ」

「う、う……」


彼女は全身の筋肉を固めるかのように身を縮め、肩を小刻みに震わせる。


「な、何も……」


そしてある一瞬を境に、決然と眼を見開いて叫ぶ。


「何も知らないくせに!!」


妹はグローブを抱えたまま、頭を突きだして体当たりしてきた。


「ぐっ!」


がむしゃらな一撃、捕まえそこなって彼女の体が後方に流れる。そのまま門を出て家の外へ。


「まっ……待て!」


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