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第二十九話 12月31日 Another(1)


「やっと見つけた」


臨海商業地区には多くの人が詰めかけている。

県内でも有数のデートスポットであるこの場所は暖色のイルミネーションに彩られ、幻想的なプロムナード広告の間を縫って恋人たちが行き交う。


そのような場所でもその女性の服装は相変わらずの黒一色。やや厚みを増した黒のジャケットにスキニーのジーンズ、マフラーまで黒いとあってはもはやファッション的こだわりでやっているのかと疑わしくなる。

背中から突き出すのは、鳥のクチバシのような柄付きラケットである。


「伊吹奇くん……どうやってここが」


ラジオ氏は困惑した顔で言う。その手にはトランシーバーのような端末が握られ、どこか不安げに周囲を見回していた。


「噂を追ってきたの。なんだか探し方が分かってきたみたい」

「モキュメンタリーだったか……君の技術だろうね。だが僕を見つけるとは、やはり才能の発現はあったのか」


伊吹奇はラジオ氏の横に並ぶ。中性的で背の高いラジオ氏に並ぶと恋人同士のような風情に見えなくもない。年明けのカウントダウンが始まるまで二時間を切っている。そろそろ人々は港の突端。大型の野外ステージが組まれている場所に集まりつつあった。


「ここにターゲットがいるの?」

「噂を集めてここまで来た。確率は高い」


ラジオ氏はあまり断定的なことを言わない、もう数ヶ月になる付き合いの中で学んだことだ。

ラジオ氏はハンターとしてはきわめて慎重派であり、調査と作戦の練り上げに時間の大半を割く。彼女が直接動くときには、絶対に逃がさないという確信が持てた時だけだ。


「バックアップは?」

「この商業区の大きな出口は一つだけ。ミラースケイルが見張ってる。君は帰ったほうがいい」

「大丈夫よ、危険な相手じゃないんでしょう」

「おそらく戦闘能力を持たないというだけで、危険性がないわけじゃない。だから相手に気付かれる前に仕留める」


ラジオ氏の手の中で、携帯端末がノイズを放つ。


「来た、異常電界だ。僕から離れずに」


ラジオ氏がサーモゴークルをかける。大型の情報端末に接続されたその視界の中で、すべての人物が体温と外観によってナンバリングされていく。大勢が詰めかけているとはいっても、それぞれは目的をもって動いている。商店に向かう者、カウントダウンに向けて野外ステージに注目する者。ナンバリングされた人物は、動きによって整理され、そしてその中で、不自然に人ごみの中を動く影が。


「いた」


ラケットを振る。あまりの速度に真後ろにいた伊吹奇ですらほとんど認識できない。

ミットの中で加速された鋼球が300キロオーバーで打ち出され、群衆の隙間を塗って飛ぶ。何人かが風切りの気配に気付いたが、振り向く瞬間にはすでに目標に着弾。鋼球に仕込まれた針が数ミリだけターゲットに刺さり、極微量の薬剤を注入する。


「よし行こう」

「殺しちゃったの?」

「対人用麻酔弾だよ。キログラムあたり0.02mgの筋肉注射で8秒以内に眠る。麻酔弾はハーグ条約違反になるから、どの国も公式には開発してないけど、存在はする」


ターゲットが倒れたあたりからわずかな悲鳴。周囲の人間が騒いでいるのだろう。ラジオ氏が黒のジャケットを脱ぐと、その下から現れるのは濃藍色のコートと黄色い腕章。ここの警備スタッフの制服だ。


「どいてください! そこ、誰か倒れましたか!」


服の下からスチール製のロッドとシートまで取り出す。組み立てれば簡易的な担架となり、ターゲットを素早く運べる算段だ。抜け目がない。


「この人……急に倒れて」


見れば、それは男性である。アラブ系の有色人種、背は高くないがかなりの筋肉質。色の濃いサングラスをしていた。

ラジオ氏はその手を取り、脈を診る仕草をしつつ手の中に仕込んだキットを稼働。血液と皮膚の一部、服の繊維などもついでに採取する。


「大丈夫、脈はある。そこのあなた、担架で運ぶから反対側を持ってください」

「はい」


指名された伊吹奇は頷いて従う。まだ中学生の伊吹奇を指名するのは奇妙なことだが、それを感じさせない動作の自然さがある。これは伊吹奇の側の技術と言えた。


「どうかな、伊吹奇くん」


その人物を運びつつ、ラジオ氏が問う。


この人物は・・・・・君のお母さん・・・・・・かな・・


伊吹奇は力なく首を振る。


「いいえ、たぶん・・・違います」





「引き渡してきたよ、手続きは年明け以降になるけど、もう心配ない」


ビジネス街の一角。

年明けを目前に控え、町にはぽつぽつと人の姿がある。一年で最後の夜まで残業に追われていたのか、あるいはどこかの神社に二年参りにでも向かうのか。


「今回はどんなやつだったの」

「情報によれば精神感応能力者、テレパシストってやつだよ。恋人のいる女性を洗脳して、自分に惚れさせるのが趣味らしい。法では裁きにくいから、僕たちが捕獲して超法規的な施設に送るんだ」

「うわサイテー、百年ぐらい閉じ込めといて」


ラジオ氏が缶コーヒーを差し出し、伊吹奇もかじかむ手を擦りながら受け取る。ラジオ氏はまた黒ずくめの姿に戻っており、その肩にたまに粉雪が落ちては溶けて消える。雪はまばらであったが、町全体を静かに凍てつかせるような、底冷えのする夜であった。


「ミラちゃんはどうしたの?」

「もう施設に返したよ。あの子はまだ不安定だからね、本来は一日に9時間の睡眠が必要なんだ」


つまり、まだ子供だから夜更かしはさせたくない、という意味だろうか。そう思って苦笑する。


「あの怪人については遺伝子検査も行った。まだ完全に結果は出てないけど、君のお母さんである可能性はなさそうだ」

「うん……前のお母さん、どこ行っちゃったのかなあ」


伊吹奇が「前のお母さん」という表現をすることに、ラジオ氏としては複雑な感情を目の端ににじませる。しかし声に出すことはなかった。


「仕方ない。キッドナッパーは30年以上誰も捕まえてない怪人だ。どんな能力を持つかもまったく分かってない。気長に探すしかないよ」

「こうしてる間にも、どこかで怪人を育ててるのかな」

「そうかもね……それが彼女の行動原理らしい」


伊吹奇は少しの沈黙をベンチの上に置いて、しかるのち口を開く。


「ねえラジオさん、私もハンターになろうと思うの」

「え、君が……?」


ラジオ氏は驚いた顔をしつつ、どこか予見していたような、悲しげな目を見せる。


「もちろん高校は行くし、映画の勉強もするけど、怪人についても学びたいの。ハンターって兼業してる人が多いんでしょう?」

「専業ではやれない、というだけだよ。国がかけてる懸賞金は微々たるものだし、費用もかかる。怪人の絶対数もそう多くはない。僕はほとんど専業のようなものだけど、基本的には引きこもりだからね」


それも分かってきた。ラジオ氏の主な収入源は金融であり、ハンターは個人的な義務感からの仕事らしい。怪人によって引き起こされる不幸を見過ごせない、八木アンテナに注がれる嘆きの声に耳を傾けずにおれない、そんな気質なのだ。


「前に教えてくれたでしょ、ハンターには二つの力が必要。怪人を探す力と、怪人を捕まえる力」

「言った、かな」

「探す方はできる気がする。力もきっと身に付けるよ、だからいいでしょう」

「僕が許可するようなことじゃない……両親とよく相談するんだ」

「お父さんは反対してるんだもん! 勝手だと思わない!? 自分はボディ換装までやってるのに。というか最近またお父さんオヤジ臭くなってきたんだよ! 布団の中でイカゲソ食べるし! 野球見ながら爆笑するし!」

「そ、そうかい……」


話が所帯じみてきた、と感じたのは伊吹奇も同じだったのか、それはともかくと話を切り替える。


「ハンターになって、いつか前のお母さんも見つけるの。だから怪人のことを教えて。怪人を捕まえてから懸賞金を受け取るまでの流れとか、他のハンターのこととかも」

「そうだね……君は怪人探しの才能があるし、戦闘はまだ早いけど、知識だけなら今からでも……」



「駄目でしょう、伊吹奇」



その声が耳に届き、伊吹奇ははっと振り返る。


誰もいない。

ここはビジネス街の真ん中にある公園。粉雪が芝の上にはらはらと落ち、そこを歩く人影がある。

違和感にはすぐに気付いた。他に人がいない。

冬の深夜とはいえ12月31日である。様々な理由で町に出ている人間がいたはずなのに。


それが人為的なことだとしたら。

誰かの手によって、すべての人間が異なる理由で公園から遠ざかったとしたら。

多くの運命を操る、神がかり的な力が行使されたとしたら。


――なぜ。


最初に疑問に思ったのはそのこと。


――この人物は、違うはずだ。


母親などではない。本能でそう確信できたし、簡易的とはいえ、ラジオ氏の行った遺伝子検査でも違うと判定されたはず。


――なのになぜ、今は。


ありありと感じる気配。よく知っている気配のはずなのに、天と地ほども違う。家の猫が、ある日を境に象の大きさになったような不自然さ。


歩いてくるのはアラブ系の男性。麻酔による昏睡などその名残もなく、歩き方にもかつての面影はない。

だが、感じる。まるで、耳元で大声で名乗られているかのような。


「人間って、直感で決めつける事があるわよね」


くたびれた中年女性ふうの声だった。男性の姿からその声が生まれる事への違和感。この人物には、外見など何の意味も持たないのか。


「本能で、血のうずきで肉親かどうか分かる。勝手な言い草だと思わない。他人の事なんて理解できるはずもないのに」


脚が震える。

心臓は早鐘を打ち、寒気の中でも背中が汗ばむ。


何よりも恐ろしいことは、背後にラジオ氏の気配がない・・ことだ。

まさか連れ去られたのか、いつの間に、今の一瞬で。

世界に自分と相手の二人しかいないような感覚。恐怖のあまり振り返ることもできない。


中条伊吹奇は震える唇で、かろうじて、一言だけを口にした。




「……お母さん」


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