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第二十一話 8月3日Another(2)



二撃、三撃。

雑木林の奥から雷光が走るごとく、ほとんど目視できないものがミラを撃つ。


「あぐっ!」


肩と腹部に、さらに脚にも受ける。生半可な威力ではない。ミラの鋼のような鱗が部分的に弾けて肌が見えている。


「……やはり増床に近いもの。表皮が内側に新しく生まれて、硬化部分がかさ上げされている」


声が響く。くぐもった低い声だ。覆面のためではなく意図的に低い声を出している、と感じる。

カメラの感度を上げて雑木林の奥を見れば、それは人間だ。夏だというのに真っ黒な服を着込み、眼の下までを覆う覆面で顔を隠している。

ワニの口に見えたのは武器のようだった。それは例えるなら死神の鎌のような、三日月型に湾曲した先端を持つ武器。

それを振るう瞬間、先端から何かが高速で打ち出される。


「投石器!」

「あぐうっ……!」


それはミラの爪先を直撃した。さすがにそこに厚い鱗は張れないのか、鱗が剥がれ落ちて出血している。雑木林から黒衣の人物が歩み出てくる。


「おとなしく……」

「やめなさい!」


その前に立ちふさがるのは伊吹奇。


「何者なの! こんな行為が許されるわけないわ! 顔を見せなさい!」


黒衣の人物は二人の脇をちらりと見て、そこに散乱した菓子パンの袋を見る。


「……その子に食事を与えたのか」

「そうよ! お腹すいてたんだもん! 人間なんだからお腹がすいたなら食べるわ! 当たり前でしょ!」

「……何も知らないからだ。やがて手がつけられなくなるぞ、その子は特殊な」


めき、と薄い金属板がへし折られるような音がする。

見れば、体を丸めたミラが激しく痙攣している。その全身で鱗が成長、目地を深くしながら分厚くなり、俯瞰したビル街のような眺めとなる。


そして腕の先が変異する。拳の部分で人差し指と中指、薬指と小指がくっつき、三本指のような眺めとなり、それが銀の鱗に覆われて三本爪のように伸長する。


「ミラ……どうしたの」

「そいつから離れろ!」


言葉と同時に飛来する影。もし高速度カメラの眼を持つ人間がいたなら、時速300キロオーバーで飛ぶ鋼鉄球を見ただろうか。

大理石だろうと砕くその球体を、ミラが一瞬だけ凝視し、そして三本指となった腕を振るう。鉄球が粉砕され、その破片のひとつが跳ね返って黒衣の人物を狙う。寸前で回避したが、革ジャケットの脇が大きく裂ける。


「ミラ……!」


見れば、出血していたはずの脚が再生している。鉤爪が生え、縦長に、猫科の猛獣のような脚になっている。それが地を蹴る。

爆発。そう思えるほどの衝撃。


地面に穴をうがってミラがその場から消失。かなり離れた場所で細かな枝が数本へし折れる音がする。藪に突っ込んだものか。黒衣の人物が前に踏み出す。


「くそ、追わねば」

「待ちなさい!」


言いつつ、伊吹奇が何かを示す。

それはメモリーカードのようだった。カメラ用のミニSDを、先刻パンを包んでいたラップでグルグル巻きにしている。


やおら、それを飲み込む。


「……!」

「あなたのことは撮影したわよ。ミラもたくさん撮った。このメモリーカード公表されたらまずいんじゃないの?」

「勝手にしろ」


言い捨てて、踵を返す。

ハッタリだ、と伊吹奇は判断する。もし本当に問題ないなら何も言わずに駆け出すはずだ。私が何か言い出すのを待っている。


「話せる限りでいいの、ミラは何者なの、あなたは誰」

「……政府の一機関が研究していた生体兵器。皮膚に特殊な因子を植え付けることで発現する特殊能力者。僕はそれを追跡している」

「あんな小さな子に……?」

「適合する因子の持ち主は極めて貴重らしい。しかし倫理的に許されることではない。その機関自体も何かに操られていたんだ。あの子の脱走を機にそれが発覚した。機関はすでに解体済みだ。あの子は僕が捕獲し、しかるべき施設に引き渡す」

「信用できない。私の手でマスコミに公表する」

「……僕は政府の人間ではない。何も困らない。だが君はただでは済まないぞ」

「もういいわ。私もついてく。ミラを探すなら私もいたほうがいいでしょ。この町には詳しいから」


黒衣の人物は、半分ほどは伊吹奇に分からせる形で困惑を見せる。


「危険だ……別系統の政府系機関も彼女を追っている。戦いにでもなれば……」

「ダメだと言ってもついてくわ。いいでしょ、ラジオさん・・・・・


今度こそ。

黒衣の人物――ラジオと呼ばれた女性が、はっきりと動揺を示した。そして伊吹奇に動揺を悟られたことをも理解する。

観念したように彼女は口元の布を外す。まだ若く、整った顔立ちだが、人目を引くような明確な特徴がない。薄味の顔とでもいうべきか。色素がかなり薄く、よく見れば瞳は青に近かった。髪も赤茶色が混ざっている。


「なぜ……」

「映画監督だもん。作ってる声ってのは見分けがつくの。あなたの背格好って見覚えがないし、私が直接見たことがなくて、声で判別できそうな人ってラジオさんぐらいでしょ」

「……僕は彼女を探す。名前……ミラだったか。ついてきてもいいが、怪我をしても責任は負わない」

「それでいいよ」


ラジオと呼ばれた女性は走り出し、そして伊吹奇も後を追った。


昼下がりの町を走る。

夏奥町は少しうらさびれた感のある地方都市だが、それなりに人通りはある。誰もが夏の暑さを避けるように足早に、汗を気にしながら歩いていた。

ラジオ氏の抱える武器はかなり目立つものに思われたが、堂々と背中に挿していると、変わった楽器か、あるいはスポーツ用品かと認識されるのか、振り返ってまで確認する者はいない。暗がりの中では黒マントのように思われたが、よく見れば黒シャツにブランド物の革ジャケット、黒のジーンズに黒のスニーカーという出で立ちである。特にバンドマンともオタクともつかない微妙な格好だ。ファッションに気を使う人間ではないのだろう。


「うん、そう。夕飯は友達のところでご馳走になるから、心配しないで、それじゃ」


家への連絡を終えて、前を行くラジオ氏に話しかける。


「その武器って何なの?」

「ハイアライという球技のラケット……それに柄をつけたものだ。この三日月型に湾曲したラケットでボールを加速させつつ打ち出す。初速は300キロ。ゴルフとバドミントンを除けば世界最速の球技だよ」

「私のカメラ狙撃したのってあなたね? 何が警告よ、あなたが警告してたんじゃないの」

「悪かったよ……僕もどうしたものか迷っていたんだ」


ラジオ氏と伊吹奇は町を歩き、ビニールハウスのそば、居酒屋のそばなどを通り過ぎる。


「人が多いところにはいないよ。ミラは怯えていたもの。町外れに隠れられそうな廃屋とか廃病院とかいくつかあるけど。廃ラブホなんかも」


伊吹奇がそう提案すると、ラジオ氏は口に手を当てて考える。


「大量の食料が確保できて、人目につかない場所にいそうなんだが……」

「食料って何か関係あるの? さっきもそんなこと言ってたような」

「僕も断片的な情報しか得ていないが、ミラに植え付けられている細胞は非常に大食いらしい。常に血中から糖分を奪い続けているため、彼女はいつも痩せぎすで低血糖気味になる。あれは彼女の能力というより、植え付けられた皮膚の能力なんだ。ミラに寄生しているような形らしい」

「……じゃあ、十分に食事ができたなら?」

「あの鱗が完全な形を得て暴走するとか……。実際にその状態まで持っていったことはないらしい。実験で活性化率50%に達したときは、鋼鉄製の実験ケージを大破させたと資料にあった」


ラジオ氏は早足で歩き回りつつ、ときどき双眼鏡で周囲を窺う。不審者めいて見えるのはその行動のためではなく、表情に不安が現れているからだと気づいた。


「そわそわしすぎ、あなたのほうが通報されるよ」

「不安なんだよ……情報が不完全なんだ。本来。僕はこんな段階で実戦まで行うべきじゃないんだ。この町には政府のエージェントもいるし、怪人もいる……」


ラジオ氏なりに無理をして来てくれたのか、と判断し、伊吹奇も若干トーンを落として言う。


「春先にもこの町にいたよね?」

「いたよ。怪人が出たって噂を聞きつけてね。調査と排除を行ってたんだ」

「それは仕事? 趣味?」

「役目だよ」


即答する、それはどうも用意されていた答えらしい。


「誰かがやらないといけない。僕の専門は情報収集なんだけど、怪人の存在を嗅ぎつける程度には鼻が効くんだ。それ以外は引きこもった生活を送ってるけどね」


なるほど、異様に肌が白いと思われたのは人種的な理由もあるのかも知れないが、引きこもっていて日光を浴びていないからか。そう理解する。


「怪人もいる、ってのは? 他にも何かいるの?」

「キッドナッパー……こちらはまったく情報がつかめない。ただ、とても強い。すべての事象の最奥にいるのかもしれない。そういう強い怪人がいる町にはいろいろとトラブルが起きるんだ、他の怪人や怪物が集まってきたり、不穏な噂が広がったり」


と、そこで不意に立ち止まり、周囲を見渡す。


「カラノスケくんがいる」

「え、お兄ちゃん? どこに?」

「どこに、とかじゃない。八木アンテナの近くにいる。この機械でそれを察知できる。アンテナの周辺で鳴っている全ての音を拾えるんだ。カラノスケくんの声紋を察知すると振動で分かるようにしておいた」


懐から取り出すのはトランシーバーのような機械。それを耳に当てて集中を見せる。


「誰かと会話している……キッドナッパーについて警告しておかないと……」

「……」


中条伊吹奇は微妙な表情でその様子を見る。

ラジオ氏、怪人を追ってきた女性。やってることはそれなりに大した技術力な気はするが、何だが行動の端々が小物っぽく思える。

狙撃にしろ、盗み聞きのような行為にしろそうだ。ミラだって取り逃がしている。

もし怪人にランクというものがあるとしたら、ラジオ氏はもしかしてかなり下位なのではないか、声には出さないが、そのように思った。



「カラノスケくん……カラノスケくん、そこにいるのかい」



「ああ、やはり君か、声が聞こえたから応答してみたんだよ……」


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