もう1つの『究極』
おまたせしました
ジャラッ…ズリッ…ズルッ…
「フーッ、フーッ、フーッ」
メギッ…ギギギガガッ…バギッ…ビギッ…
「ングァァァァァァッ!!」
バギャアッ!!
「ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ」
その晩、1匹の鬼が鎖をメギャンッと引き千切り、牢獄の檻をグジッとへし折り、闇の中をズルッズルッと引きずり歩いていた。光を失った目は獲物に飢え、目、嗅覚、音、痛み、舌の全ての感覚を研ぎ澄まさせ、食欲の赴くままに生肉を求めた。その口は耳まで裂け、隙間から覗くのは、血走った歯茎に生えた牙。それがぬらぬらと唾液を浴びて、肉を今にでも捕食してやろうと叫んでいる。
「ブフゥーッ! フファーッ!」
その瞳が闇の中に見つけたのは誰かが踏み潰したのか、深緑色の体液を全身から出して平べったくなっている蟲だった。
ガッ!
「アァア…ンッ、グァブゥッ!」
それを腕は拾い上げると、口を大きく開けて牙を突き立てた。
ブチブチッ!
肉を噛み千切り、体液をすすり、腑を胃袋へと押し込んでいく。舌は顔にこびり付いた血飛沫を舐め、牙に残った肉片を味わっていく。
しかしたったそれだけの肉ではまるで満たされない、むしろ喰ったことでさらに食欲が増し、更なる飢えが全身を巡る。
「ヴゥゥゥゥ…た、足リナい…コれだけデは…ぁあ」
ドタドタドタッ!
「止まれっ! 『受刑者番号2C0442-16』ッ!」
「早くロボさんを呼ぶんだッ、脱獄囚だっ!」
「最近なりを潜めてると思ったらやっぱりこれかっ!」
けれども、ちょうどいいところに新鮮な肉がやって来た。手に道具を握っているのが気に食わないが、腹に入れちまえば関係ないか。
ドンドンドンッ!!
騒ぎを駆け付け、足止めに来た処刑執行人達はひたすらに銃をぶっ放していく。だな放たれたその弾丸は当たれども体を怯ませることは出来ず、脚は真っ直ぐ処刑執行人へと向かって行く。そして口をガバッと開け牙を剥き出しにし、
ガブァッ!!
バヅンッ!! ブヂュッ!!
悲鳴を上げさせる間もなく、処刑執行人の体をただの肉片にしてみせた。どくどくと溢れる新鮮な血を溢さぬよう喉に喰らい付きブチブチと引き裂いては肉片を自らの喉を通していく。
「フゥハァー、ハァッ、ハァー…」
そしてついに全ての肉を喰らい尽くし、辺りには惨劇の跡として血の池が作られていた。その真ん中に凛と立つ脚は次なる獲物を求めて歩き出す。完全に味をしめた舌はそれ以上の味わいを求め、口は食べ甲斐のある肉を求め、腕は肉を引き裂く快楽を求めている。
その姿はまさに全てを呑み込む闇。そしてその荒々しさこそ『究極』の名にふさわしい。
しかし本人はそんな姿など知りもせず、空腹のままに肉を求めた。そして味を覚えた舌はもう歯止めが利かなくなって行く。ついには他の牢獄にいる受刑者にまで腕を伸ばしていく。
「ヴァアア…ッ!」
ガブッ! ブァグゥッ!!
鎖につながれ、逃げ道など無い受刑者の喉元に噛み付き、泣き声さえ上げさせぬまま肉を喰らっていく。目の前の肉がどんなやつなのか等、腹を満たせればどうでもいい。ただただ残忍に、他の受刑者を処刑して行く。そして闇が去った後には何も残らなかった。
そしてついに闇は未だかつて無い美味そうな肉の匂いを感じ取ると、美味いものを喰える喜びに震えながらその方向へと歩き出した。
バギッ!! メギゴギッ…!! ギャラァンッ!!
牢獄の檻をへし折った先にいたのは、かつて穏雅に二度の敗北を味わわせ、同じ力をその身に宿した殺人鬼の世津徒だった。あの異変の後世津斗はこの牢獄に移され、無限の孤独という刑を受け続けていたのだ。
「…っ! 随分やばそうな怪物だな。俺を殺しにでも来たのか…っ!」
バギュァッ!
檻をへし折り、こちらにゆっくりと歩み寄る闇を前に、世津斗は鎖を引き千切って体を自由にする。彼の体には未だに魔神の力が健在であり、『金の瞳の戦士』には及ばずとも鎖を千切る程度のことなら出来るのだ。彼も央力同様、いつでも脱獄出来る身にあったのだ。
けれどもいざ脱獄しても外にはロボや穏雅という自分以上の存在がいるせいで、また牢獄に逆戻りされるのは目に見えていた。だから牢獄の中で自らを殺した恨みを募らせながら、反撃の機会を待っていたのだ。
しかしその前に怪物が檻を破って入って来た。その荒々しさを前に話しなどまるで通じないことを彷彿とさせる。
「…」
「チッ…やるしかねぇのか…」
闇の塊はピタピタとゆっくり肉に向かって歩いて来る。それを世津斗は迎え撃つため、手足に付いた鎖を持ち上げながら戦闘態勢を取った。
「来るなら来やがれ化物がっ!」
「…」
闇の塊は何も言わぬまま自分の影に目を落とす。
ズルッ…ビュルビュルビュルッ
「……あ? 何だテメッ…」
すると不思議なことに影は意思を持って動き出し、壁や天井、床という空間を自由自在に這い回る。しかし時刻はすでに夜、しかも牢獄の中には灯など無い暗闇と来たものだから、実際にその影の動きを世津斗が見ることは無かった。
しかし自分の体の異変には気付いていた。
「…っ!? な、何だこれッ……っ!?」
金縛りにあったかのように体が動かないのだ。髪の毛先から足のつま先まで、ほんの数mmさえも動かせない。次第に瞼を閉じることはおろか、開いた口さえも閉じない。
「……っ!!」
(こっ…この化物っ、俺に何を……っ!?)
グハァ…
バグゥァッ!!
「ーーっ!!」
(がぁあああああっ!!?)
その動けない肉に闇の塊は牙を突き立てる。しかし今まで喰らって来たやり方とはまるで違っていた。
ブギッ……ググッ…
「ーーっ!! ーーっ!!」
ブチッ…ブチッ…
すぐに肉を千切らず、ゆっくりゆっくり喰らっていく。何者かに肉の喰い方を見せつけるように、教え込むように、じわじわと苦痛と絶望を与えながら。
バヅァンッ…
「……っ」
クチャクチャッ…ゴグンッ
「ふぅ〜…はぁあ…」
闇はついに全ての肉を喰らい尽くした。究極と呼ばれるにふさわしき虐殺ぶりは、書物にその名を残すかつて史上最悪と謳われた破壊神と影を重ねてしまう。
もちろんそれは、その姿を見る者がその場に居合わせたらの話だが。
「はぁっ…はぁっ…ぐふぁ…?」
俺は意識を取り戻し、辺りをキョロキョロと見回す。
空腹に耐えられなかった俺は鎖を千切り檻を破った。そこまでは覚えているのだが、それからのことがどうしても思い出せない。気が付けばもう腹は減って無いし、体はびっくりするぐらい軽い。それに心を埋め尽くしていた闇の行方も分からない。いったい俺の身に何が起こっているのか、と俺は頭を掻こうとすると、
ガシャッ
「うわっ! えっ!? な、何だこりゃぁ!?」
驚き桃の木山椒の木、びっくり仰天震天動地、自分の髪の毛が以上なまでに伸びているのだ。いったいいつの間にこんな伸びていたのだろうか、と俺はその髪を手繰り寄せた。
すると何とその長さは足のくるぶし近くまであったもんだからさらに度肝をぬかれてしまう。もう何が何だかさっぱり分からん。分かるのは胸がちょっと軽くなったのと、能力に近い何かが目覚めたっぽい程度だろうか。それも『あの馬鹿とまぁ殺り合えるくらいの力』と比べたら全然地味でちっぽけだけど。
しかしこのまま馬鹿みたいに立ってても仕方ないから、とりあえず別の場所に行こうと足を動かそうとすると…
「ようやくお目覚めですか、我らがご主人様」
「へぇっ!?」
背後から何処かで聞いたことのあるような、でもそれご何処か思い出せない女の声が聞こえて来た。その気配を全く感じなかったから、俺はらしくない声を上げてしまう。もしや敵かもしれないと思った俺はさっと身構え戦いの姿勢を取り、その声の方向に視線を定める。
「身構える必要はありません。私達は敵ではございませんので」
「…あっ?」
しかしその女は構えることなどせず、おしとやかな態度でいた。その隙だらけの立ち方にどうやら本当に敵では無いと感じつつも、俺はいまひとつその女を信用出来なかった。そもそも俺に味方なんていないし、いつまでも1人で戦って来た。他のやつらなんか邪魔でしか無い。
「ここで立ち話もなんですし…少し場所を変えましょう。ご主人様、何処かひらけた場所をご存知ありませんでしょうか。そちらで少々私達に付いてお話をさせていただきたいのです」
「…よく分かんねぇけど、まぁ、敵じゃねぇっつぅんなら信じてやるよ。ついて来な」
「では…」
そう言って俺は牢獄を出ると女はスタスタと俺の後ろを歩いた。背丈は俺よりもでかいけど、力は何か弱そうに見える。というか突然現れた女にこの態度。どうやら今日の俺はどうかしているらしい。でも夢とは思えないし、まぁいざとなったら殴り飛ばせばいいか。
そう思いながら俺はかつてあの馬鹿を超えるために努力していた場所へと向かった。
「ここでいいか? ひらけた場所って言ってたけどよ」
「ええ、流石は私達のご主人様」
「さっきから私達私達って、お前1人だろ」
案内を終えると女はペコリと頭を下げて褒めた。にしてもさっきからずっと『私達』っていう言い方に違和感しかない俺はそう突っ込んだ。
「…? いえ、私1人だけではございませんが…自覚は無いのですか?」
しかし女はキョトンと首を傾げてそう返す。口ぶりからしてどうやらこの女の他にもいるっぽそうだけど、でも自覚など無いものは無い。
「はぁ? んなもんねぇよ」
「そのようなことは無いはずですが…」
「んなこと言われても、俺は知るかとしか言えねぇよ。そもそもお前はどうやって現れたんだ。からかってんのなら今すぐやめたがいいぜ」
「…いえ、ご主人様が私をお呼びになられたので、その影から現れただけでございますが…」
ますますわけが分からない。俺の影から現れただと? そんなことがあるわけねぇだろって思いつつも、女の顔からしてどうやら本気で言ってるようだった。その表情に俺はその言葉を無下に出来なかったから、
「…しゃーねぇな。お前は俺の影から現れたってことだろ? じゃあ俺が呼べば他のやつらもこっから現れるってのか?」
と仕方なく言ってやった。すると女はコクコクと頷いて俺の影にどうぞと手を伸ばす。
俺は地面に伸びる自分の影に向かって、
「出て来たきゃ出て来ていいぞー」
と言ってやった。すると…
ゴボッ…ゴボボッ…
と影が水のように波打ち…
グググッ…
水面が持ち上がったと思えば…
ゴバァアアアアアアッ!!!
「「「「「「「ご主人様ぁあああっ!!」」」」」」」
と大歓声と共に多くの影達が飛び出して来た。
次回の投稿もお楽しみに




